第46話 ホラーゲームがリアルすぎるのは心臓に良くないと思います
ゾンビに占拠された宮殿領域の一角
廊下の非常灯が、赤い影を床に長く伸ばしている。
女帝様(結衣)は、みやび・ノア・レオンたちVTuberサバイバーと合流し、混乱と緊張で心臓の鼓動が高鳴っていた。
みやびが手を振って、女帝様に駆け寄る。
「女帝様、無事!? 一人で王座ルームに閉じ込められて大丈夫だった?」
結衣は、思わず叫ぶ。
「こ、こわい!ほんとに怖い……!みんな、もう私ここから動きたくないです……!」
ノアが息を切らしながら振り向く。
「女帝様、私も帰りたいです……。ここ絶対安全じゃない……」
レオンは冷静を装いながらも、眉間にしわを寄せている。
「とりあえず全員揃った。MAPを見る限り、左の廊下から非常階段に行けるはずだ。なるべく音を立てずに進もう」
みやびが肩をポンと叩いて励ます。
「大丈夫!女帝様の絶叫配信、見てるリスナーさんたちもみんな応援してるから!」
結衣は呼吸を整えながら、小声でつぶやく。
「ほぁ……ほんとに、リアルすぎて……あー、こわい、帰りたい……」
ノアも不安げに首をすくめる。
「このドアの向こう、絶対ゾンビいるよね? 足音が増えてる……」
みやびが笑いながらも警戒を怠らない。
「行くしかない!レオン、ドアお願い!」
レオンが手際よくドアノブを回し、廊下の奥を確認する。
「……クリアだ。ただ、奥の曲がり角に人影がある。おそらくゾンビだな」
結衣は無意識にみんなの背中に隠れるように立つ。
「うぅぅ……みんな、私、ここで待っててもいいですか?」
みやびが笑いながら首を振る。
「女帝様、全員一緒じゃないと進めないよ!」
ノアが必死で手を引く。
「女帝様、絶対離れないでください……私、置いていかれたら叫びますから!」
結衣はおずおずと一歩踏み出し、掛け声を上げる。
「よ、よし……がんばりましょう、みんな……ほぁー、怖いなー、かえりたいなー!」
「大丈夫、大丈夫、たぶん大丈夫……きっと大丈夫……」
「こ、ここ、リアルのお化け屋敷より怖い……やっぱり帰りたい……」
リスナー欄は爆笑と応援コメントで大賑わいだ。
”女帝様、声になってないw”
”ノアと女帝様の“帰りたい”合唱”
”みやびが頼もしすぎる!”
”レオンの冷静さでギリギリ成り立ってるパーティ”
レオンがみんなを促す。
「進もう。足音をできるだけ抑えて、ゾンビをやりすごす。次の角は俺が先行する」
結衣はドキドキしながら、それでも勇気を出してみやびの後ろについていく。
「お願い、みんな、絶対、絶対置いていかないでください……! もしゾンビ来たら、私先に……じゃなくて、みんなで守って……!」
みやびが振り返って親指を立てる。
「大丈夫!絶叫はまかせたよ!」
ノアは小さくガッツポーズ。
「怖いけど、女帝様と一緒ならがんばれる気がします……!」
結衣も小声で何度もつぶやく。
「ほぁー……こわい……うー……でも、がんばる……がんばる……!」
こうして、四人の“サバイバー”は廊下の闇に一歩ずつ足を踏み出した。
リアルすぎる恐怖と、笑いと、仲間の絆――リスナーも全力で彼女たちを見守っていた。
***
突然、曲がり角の向こうから重い足音が響いた。
みやびが身構える。
「来る! あれ、普通のゾンビじゃない――動きが、早い!」
ノアが悲鳴を上げる。
「いやだぁぁ! なんか、人間っぽい動きしてるって!」
レオンが即座に銃を構えてメタ的なことを叫ぶ。
「全員、後退しろ! これはAIじゃない、多分誰かが中にいる!」
結衣も慌てて叫ぶ。
「ほぁっ、ほぁっ、う、撃っていいんですか!?ほんとに……怖い、ほんとに無理……!」
みやびは手早くナイフを抜き、横に跳んだ。
「行くしかない、女帝様、ノア、下がって!」
銃声と、ナイフが空を切る音。
だがゾンビは、明らかに他のAIとは違う、異常なほど素早い身のこなしで迫ってくる。
時折、VTuberたちの動きに合わせてフェイントをかけたり、進路をふさいだり――
リスナーのコメント欄にも戦慄が走った。
"今の動き、完全に人間だろ……”
”ゾンビが避けた!?”
”運営やりすぎじゃない?w”
”リアルすぎて引いてきた”
結衣は仲間の背中越しに、必死で呼びかけた。
「み、みやびさん、ノアさん、レオンさん、下がって、下がって!誰か助けて……もう、やだ……!」
ノアは涙声で叫ぶ。
「こっち来ないでぇぇぇ!銃、当たってる?当たってるこれ!?」
みやびが必死に前に出て、ナイフでゾンビの腕を弾いた。
「女帝様、ノア、逃げて!レオン、援護お願い!」
レオンは銃を連射するが、高性能ゾンビは俊敏に左右にステップしながら距離を詰めてくる。
「おかしい、これAIの反応速度じゃない。運営、さすがに悪ノリが過ぎるぞ!」
画面越し、開発室の真壁慎一はモニターの前で大爆笑していた。
「最高だな……!これぞリアル・サバイバル配信!」
水谷リサが苦笑しつつ横でつぶやく。
「やりすぎ……いや、でもみんなめちゃくちゃ必死でリアルな絵が撮れてる……」
西園寺隼人も目を輝かせて呟く。
「やっぱり“有人ゾンビ”投入は正解ですね。反応が全然違う!」
リスナー欄もヒートアップする。
”撃っても全然怯まない!”
”ゾンビの“演技”がガチすぎ”
”女帝様の絶叫、ガチで心配になってきた”
”これ、18禁ホラー映画じゃ……”
結衣は半泣きで叫ぶ。
「もうやめて、ほんとに無理、私もう……帰る、絶対帰る……!」
だが、みやびが笑い混じりに力強く声を上げた。
「大丈夫、女帝様!絶対に守るから、みんなで生き残ろう!」
ノアは怯えながらも結衣の手を取る。
「うう……女帝様、お願い、置いてかないでください……!」
レオンがラストショットを撃ち込み、ついに高性能ゾンビは派手に倒れこむ。
その様子も、どこか“演技”にしか見えないほどリアルだった。
みやびは大きく息を吐き、本音を漏らす。
「っはー……これ、普通にやりすぎじゃない……?」
結衣はその場にへたり込み、力なく呟いた。
「も、もう無理、やばい、心臓止まるかと思った……」
リスナーのコメント欄にも安堵と戦慄、そして“運営やりすぎ”の文字が並んでいた。
***
そうしてしばらく進むと
廊下の奥――薄暗い非常灯の下で、震える小さな影が壁に身を寄せていた。
「……誰か、いますか……?」
その声はあまりにも生々しく、どこか哀しげだった。
みやびが警戒しつつも一歩前へ出る。「大丈夫、怖くないよ。私たちも今、逃げてるところなんだ」
ノアも恐る恐る、「こっちおいで、一緒に行こう?」と手を伸ばす。
少女はおそるおそる近づき、結衣の前で立ち止まった。
制服姿に、不安そうな瞳――中学生くらいだろうか。
結衣はそっとしゃがみこみ、優しく声をかける。
「……大丈夫だよ、もう怖くないから。みんなで出口を目指そう?」
少女は、結衣の袖をきゅっとつかんだ。
「……ありがとう、お姉さん。あの、私……あやかっていいます」
みやびが思わずほっとしたように微笑む。
「えらいね、あやかちゃん。ここ、暗くて怖かったでしょう」
レオンはMAPを確認しながら、警戒は崩さずに言った。
「まずはセーフエリアに向かおう。ゾンビの再配置に備えて、全員で動くべきだ」
みやびが小声で言う。
「女帝様、この娘NPCですよね? やたらリアルだけど」
結衣はどこか誇らしげに仲間とリスナーに説明した。
「すごいですよね。最近のメタバース用AIは会話も自然で……。私はこういう分野の研究もしていて……。この子は“お助けNPC”として用意されてるはずなんです」
”え、この娘、中にスタッフがいるわけじゃないの?すごすぎ”
”泣きそうな声リアル”
”守護らねば……!”
歩きながら、あやかはパーティの中心に溶け込んでいった。
「こっちの廊下、たぶん近道です」
みやびが驚く。
「ほんとだ、セキュリティパネルがある……。あやかちゃん、詳しいね!」
あやかは迷いなくパネルに手を伸ばし、数回タッチする。
「こういうの、学校のパソコン授業で練習したの。お姉さんたち、後ろ見てて!」
ガチャリ、とドアが開く。廊下には敵影がなく、次の安全地帯が広がっていた。
ノアが感嘆の声を上げる。
「すごい、完全に“お助けキャラ”だ……。女帝様より頼りになる……」
結衣は苦笑しながら、「そ、そんなこと……」と小声で言う。
「でも、ほんとにすごい……。AIの進歩って、人を守ったり、導いてくれたりする力にもなるんですね」
その後も、暗号パズル、センサー回避、時間制限のあるギミック――
どの場面でも、あやかは冷静沈着にみんなを助けた。
結衣がパニックで「う、うわぁ、無理、怖い、どっち!?」と迷っていると、
「あっちです、お姉さん!」と手を引っ張ってくれる。
みやびも「ほんとに頼りにならないなあ」と苦笑するばかり。
そんな時間が続くうちに、結衣達の中で不思議な感情が芽生えていった。
――この子を、絶対に守りたい。
そう強く思うようになっていた。
「ありがとう、あやかちゃん。君のおかげで、みんな無事に進めてるよ」
あやかは少しだけはにかみ、「私も、お姉さんたちと一緒だと安心するの」と言った。
そのやりとりに、リスナーもほっこりする。
”あやかちゃん守護回”
”女帝様がデレてて可愛い”
”みんな忘れるな、女帝様がサポートするはずだったんだぞ”
”運営……”
結衣は、本気であやかに心を許しはじめていた。
予想はできると思いますが運営に人の心は期待しないでください。