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第44話 女帝様のパワーポイント講義

 会議室の空気は張り詰めていた。

 壁一面の大画面には、ライトブルーホールディングスの「株主構成案」と大書されたエクセル表が映し出されている。


 主幹事証券の担当者が、指で資料をたどる。


「――創業者、つまり南野さんが30%。幹部持分が6%、グループ持ち合い21%。ストックオプション10%枠……合計で経営側が67%近い構成、ですね」


 柴田CFOが端的に答える。


「敵対的買収や過度な外圧リスクを徹底して排除します。上場後もこの構成を維持します」


 証券担当がメモを走らせながら尋ねる。


「SO枠10%は、この規模のIPOではかなり攻めた水準です。割当方針は?」


 結衣はすかさず答えた。


「プロジェクト責任者、次世代リーダー、AI開発チーム、海外戦略部門……縦割りじゃなく横断型。“全員主役”で夢を叶える会社にしたいというところで高めの水準に設定しています」


「なるほど。グループ持ち合い21%は複数の子会社やパートナー企業で分散、と。

 株式持合契約や相互監視条項も資料に盛り込んでください」


 主幹事証券の担当が改めて全員を見渡す。


「……この規模で主導権をしっかり押さえつつ、SOと持合で夢を見せる。

 日本の資本市場でも“現代的かつ攻めの経営”として注目されるはずです」


「市場・ファンド・銀行で33%――ここには海外ファンド、メガバンク、国内外の個人投資家をパッケージで組み込みます」


 結衣は深く頷いた。


「経営権を譲る気はありません。けれど、“新しい主役”をどんどん生み出す会社にしたい。これが私たちの“設計図”です」


 主幹事担当が静かに笑った。


「では、これで最終パッケージ。

 いよいよ本気の“社会的勝負”に挑む、ということでよろしいですね?」


 役員全員が黙って、力強くうなずいた。


***


 朝から証券取引所の周囲は人の波。

 報道陣が列をなし、テレビ局も大々的に「令和最大級の上場案件」を生中継していた。


 会場の記者席には、大手経済新聞、ビジネス誌、金融系メディア、そしてSNSで話題のインフルエンサーや専門家ブロガーまでが集結している。


 司会の案内のあと、ライトブルーホールディングスの社長が静かに登壇した。


「本日、私たちライトブルーホールディングスは、東京証券取引所プライム市場に上場いたします。

 上場時点での時価総額は、およそ1兆円――これは、日本市場で屈指の規模となります」


 社長は一礼し、会場がどよめく。


「私たちは、エンターテインメント、メタバース、AI、教育、地域連携――あらゆる分野で新しい価値を創ることを目指してきました。

 上場はゴールではなく、“より多くの仲間と挑戦を続けるためのスタートライン”です」


 壇上脇のスクリーンには、グループ各社の顔ぶれと、これから進める主要プロジェクトが映し出される。


「今回、公開市場で流通するのはおよそ三分の一――主に外部ファンド、銀行、個人投資家に新たな株主となっていただきます。

 残りは、創業者・経営陣・グループ各社が協力して会社を支える形を維持します」


 記者の質問が飛ぶ。「なぜ今、上場なのか?」「これからの投資先は?」「経営権は十分守られるのか?」


 社長は落ち着いた口調で答える。


「なぜ今か?――事業が広がり、挑戦が日々加速しているからです。

 この規模で上場することで、私たちの社会的責任も、成長のチャンスも、桁違いに大きくなります」


「今後は、既存事業の進化だけでなく、AI・デジタル技術、バーチャルと現実を繋ぐ新たなサービス、グローバル展開などにも積極的に投資します。

 経営権については、創業者や経営陣、グループ企業が連携し、責任ある運営を守ります」


 会見場の片隅で、記者がSNSに速報を流す――


 <ライトブルーHDがプライムに登場、時価総額は1兆円!>

 <新規公開株の需要は過去最大か>

 <「社会に新しい選択肢を」社長が強調>


 社長は最後に、柔らかな笑みでこう締めくくる。


「ここからが、本当の挑戦です。

 私たちは、世界のどこにもない未来を、この日本から作っていきます」


 会見場には、熱気と期待と、どこか爽快な空気が満ちていた。


***


 夜、配信ルームに映るのは、いつもより少しうれしそうな表情の結衣。


「こんばんは、女帝です。本日は“IPO直前Q&Aスペシャル”――たくさんのご質問、ありがとうございます」


 まずは落ち着いた声で注意喚起。


「最初に一つ、重要なご案内です。

 今、私はライトブルーホールディングスの経営陣として“IPO(新規上場)”に関わっています。

 証券取引所や法律の規定で、“インサイダー情報”――つまり、未公開情報や内部事情を配信で話すことは絶対にできません。

 今日も、話せる範囲で丁寧にお答えしますので、その点だけご了承くださいね」


 コメント欄には

 <インサイダー警戒助かる>

 <女帝様、やっぱガチだ>

 <IPO直前ってこうやって喋っていいんだ…>

 と盛り上がる声。


「それでは――今日はパワーポイントをご用意しました」

 結衣は画面を切り替え、手元のリモコンでスライドをめくる。


 タイトルは

 『IPOって何?~女帝様と学ぶ“上場”の基本~』


 <講義かよ!ww>

 <いつもより先生感すごい>

 <今日はやけに嬉しそうじゃない?>

 <ちょっと表情明るい…>


 結衣が、ほんの少しだけ照れたように笑う。


「え、そうですか? ……まあ、正直嬉しいです。みなさんのおかげで、ここまで来られましたから」


 アセットくん(マスコットのツッコミ役)が画面の片隅で大きくうなずく。


「女帝様、すごく楽しいそうに講義資料作ってたよ。完全にパワポ講義系Vtuberに転生するのかもね」


 結衣は肩をすくめ、

「すみません、職業病ですね。でも、せっかくなので今日は“ガチの公開資料”も使って説明します」


 スライドには、株主構成や時価総額の円グラフ、調達額、外部ファンドやSOストックオプションの説明まで入っている。

 チャートや図解が映えるスライド画面に載る2Dアバターが「ここがポイント」とアピールを忘れない。


「まず、“IPO”とは、Initial Public Offering――“株式公開”のことです。

 企業が証券取引所に上場し、一般の投資家にも株式を買っていただけるようになる。

 これにより新しい資金調達の道が開けたり、社会的な信用が高まったりするんです」


 <Q:なんで今上場するの?>

「事業の成長に合わせて、より大きな資本が必要になったからです。上場によって多くの仲間や投資家と“次のチャレンジ”に挑める。それが大きな理由ですね」


 <Q:女帝様の持ち株はどうなるの?>

「ご安心ください。創業者・経営陣・グループ企業で経営権をしっかり守る構成です。

 私個人の比率や、幹部のインセンティブ、ストックオプションなども公平性を持って設計しています」


 <Q:ストックオプション(SO)って何ですか?>

「ストックオプションは、社員や幹部に将来会社の株を一定の条件で買える権利です。

 『みんなで会社の成長を分かち合う“夢のチケット”』と考えてもらえれば分かりやすいかも」


 <Q:上場ゴールって言われるけど、女帝様はどう思う?>

「いえ、上場はあくまで新しいスタートです。会社も、私も、ここからが本当の勝負。

 “みなさんと一緒に未来を作る”ための第一歩だと思っています」


 リスナーのコメントがさらに賑やかに。


 "女帝様、説明上手すぎ”

 ”株買いたい勢ワラワラで草”

 ”なんで今日はそんなに嬉しそうなんですか”

「……やっぱり、うれしいんですよ。

 たくさんの人と、ここまで大きな物語を作れたことが。本当に、みなさんに感謝しています」


***


 スライドの説明がひと段落したところで、

 結衣は少し表情をほころばせる。


「そういえば……今日ちょっとだけ追加で新しいお知らせがありまして」


 コメント欄がざわつく。

 <え、何何?IPOだけでお腹いっぱいなんだけど>

 <まさかまた新企画?>


 結衣は、少し困ったようにマイクの向こうを振り返る。


 「えっと、裏で今確認してます。――大学名、これ、言って大丈夫ですよね?……はい、契約書、もう締結済み……あ、はい、OKみたいです」


 再びカメラに向き直る。


 「ということで、春から京都大学の経済学部で非常勤講師を務めることになりました」


 コメント欄が一気に爆発。


 <おいおい、京大……!?>

 <え、まって推しが教授……!?>

 <ちょっと俺京大入ってくる>

 <京都大学、なにしてるん>

 <うそだろ女帝様、あれ?でもリアルでトップクラスの若手経営者だから良いのか?>


 アセットくん(画面の端で)は「え、ほんとに?!」と目を丸くする。


「はい、ほんとです。

 講義では“経営論”も“理論経済”も、私が経験したリアルな話も、ちゃんと“ガチ”でやりますので、

 京大の皆さん、どうぞよろしくお願いします」


 リスナーからは「経済学部受け直すわ」「うちの大学にも来てほしい!」などの声も。


「京大さんはたまにこういう面白いチャレンジするんですよね。私自身も驚いてます。

 実際の講義の感想も配信やSNSでできる範囲でお話できるようにするつもりなので、ご安心ください」


 ほんのり照れくさそうな、でも誇らしさを隠しきれない結衣の表情に、配信はまたひときわ明るく盛り上がるのだった――。

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