第42話 蒼き箱庭が世界を繋ぎ、1つの仮面が役割を終える
この世界を変えられるのは、現実だけじゃない――
ずっと数字や資本の世界で戦ってきた私が、心のどこかでそんな幻想を抱いたのは、グループの拡大とともに「人間の熱狂」の力を目の当たりにしたからだった。
仲間たちが、現場の誰もが、「新しい場所を作ろう」と熱中していた。
誰もが夢見ては諦めてきた、“完璧な仮想都市”を、本当に作りたいと――本気で思った。
――だから、やった。
異常なまでの資本を、異常なまでの速さと規模で投下した。
あり得ないほどの超高性能サーバー群。
世界最先端の3Dエンジンとネットワーク。
天才エンジニアたちが、夜を徹して新しい「世界の物理法則」を設計し直していく。
現実の都市すら超える“美しさ”と“快適さ”を、私たちだけの箱庭に注ぎ込んだ。
開発フロアのど真ん中に置かれた巨大モニター。
日々生まれ変わる仮想都市――
実写かと見まごう質感の空、手を伸ばせば風が吹き抜けるような“空間知覚”。
「ここに人間の夢を全部詰め込んでやる」と、真壁さんはコードを書きながら吠えていた。
私も、仲間も、誰もが限界を超えていた。
この領域だけは、誰にも“真似できない”と信じていた。
失敗とやり直し、無数のサーバーダウン、海外技術者との徹夜会議。
だけど、資本の力がある限り、
「普通はここで諦める」という壁すら、どんどん壊して前へ進んだ。
そしてついに――
コンセプトモデル「ライトブルー宮殿」は、想像のはるか上をいく“現実逃避の箱舟”となって立ち上がった。
リリース初日からSNSは騒然となった。
”これ、ほんとに個人が作ったの?”
”MMOの革命どころじゃない。仮想都市国家の誕生だ”
投資家も、ゲーマーも、エンタメ関係者も、世界中の配信者が、その“完成度”と“異常な規模”に驚愕した。
メタバース内でライブイベントを開催すると、数万人単位で同接が爆発し、海外のトップVTuberや有名IPも「ぜひうちのアバターを」と参加を申し出てくる。
かつてなかった「空間を売る」「仮想都市の不動産取引」「バーチャル経済圏」――
すべてが一夜にして現実となり、
「この箱庭に、夢も、ビジネスも、現実逃避も、すべて許す」と私は宣言した。
――資本の力が、イマジネーションと狂気を結びつけた。
現実では成し得なかった“究極のエンタメ”が、この場所から始まる。
私たちは知っている。
これはまだ、始まりに過ぎないのだと。
***
“現実を超える箱庭”が誕生した瞬間、私たちのグループは、ひとつの“境界線”を越えた。
それまで――
私が投資の嗅覚で見抜いて買収し、経営再建に関わった会社たちは、それぞれが“点”としてグループの片隅に存在していた。
ITベンチャー、老舗メーカー、物流会社、不動産サービス、映像プロダクション、海外の翻訳会社、広告・PR専門の中小企業――
一つひとつは独立していて、時に連絡すら希薄なまま、個々の成長に任せてきた。
けれど、「異常なまでに作り込まれたメタバース」の出現が、すべてを変えた。
この新しい舞台で“必要不可欠”となる技術やノウハウ――
高精度の3Dモデリングからネットワークインフラ、バーチャルイベント運営、法務、翻訳、PR、現実世界の物流まで。
バラバラに見えた“歯車”たちが、このメタバースという巨大な時計仕掛けの中で、初めてガッチリ噛み合い始めた。
「これは、たんなる配信プラットフォームじゃない。
グループの全部署が、同じ地図の上で動いている感覚がありますね」
真壁さんは開発フロアで手を止め、プロジェクトボードを指し示す。
――それぞれの事業が、有機的に結びついて新しい“生態系”を生む。
現実世界の物流とバーチャル空間のインフラが繋がり、
国内向けのサービスが、メタバースを通じて一夜で世界へ拡散する。
「……そろそろ、“持株会社”に衣替えした方がいいかもしれませんね」
財務担当の柴田さんが静かに告げる。
私は役員会で「ライトブルーホールディングス設立」を宣言した。
各子会社・関連会社の経営陣が一堂に会し、 “ここからは個々の独立採算だけでなく、全体最適と“夢”の両立を本気で目指す”と、グループ憲章を発表した。
これまで「南野結衣という個人資本の拡張体」だった組織が、ようやく“自立する意志”を持った――そんな瞬間だった。
Slackのチャンネルは多国籍の会話で溢れ、仮想都市内ではリアルの社員とバーチャルアバターが一緒にプロジェクト会議を開く。
誰もが自分の役割以上に、「ここにしかない未来」を語り始めていた。
買収先の経営者たちも、最初は「吸収される」と身構えていたけれど、「ここなら、世界に挑める」と腹を括った表情に変わっていった。
群青色に染まるライトブルー宮殿の夜景。
そのすべての明かりが、私たちグループの“点”から“線”、そして“面”へと――一気に結びついていく。
「結衣さん、あんたやっぱり“異常”ですよ」
そう笑った真壁さんの声が、今も耳に残っている。
だけど私は、これが「自分ひとりでは決して辿り着けなかった景色」だと、心から思っている。
***
ライトブルーファンドが中小企業グループから、
ホールディングス体制へ移行したころ――
結衣のもとに、証券会社や大手ベンチャーキャピタル、銀行系ファンドからの“IPOの誘い”が相次いで届いた。
「今の成長スピードならマザーズ(現グロース市場)で上場可能です」
大手証券の担当者が資料を並べて語る。
「新興市場で勢いを見せてから本格上場するのが普通です」
と多くの専門家が助言した。
けれど結衣は、幹部たちとの小さな会議室で、静かに首を振る。
「私たちがやってきたことは“普通”じゃない。
“現実離れ”した成長と、社会現象の熱量。
だったら、目指すべきゴールも“前例”にこだわる必要はありません」
CFOの柴田が数字をたたきながら言う。
「純資産規模・収益性・知名度、どれをとってもプライム基準にすでに到達している。
“スタートアップの物語”から“本物のインフラ”へ――
堂々と“最上位市場”で戦う覚悟があるかどうか、だ」
真壁は、「むしろ中途半端な規模でグロースに行く方が、
“本気”で社会を変えたとは言えないよな」とニヤリと笑う。
結衣は、
「社会現象の熱量を、“瞬間のバズ”じゃなく“経済の土台”にする。
本気でこの国のルールを書き換えるつもりなら、最初から“メインステージ”に立つしかないと思う」
と、はっきり言った。
役員たちは互いに目配せし、
「社内もグループも、本気の覚悟を問われる上場だ」と、
しっかりうなずき合う。
こうして、
ライトブルーホールディングスは「日本の資本市場の頂点=プライム市場への直接上場」という
異例の道を歩み始めたのだった――
***
役員会議室で「プライム市場への直接上場」を決定した夜。
幹部たちが次々に書類をまとめ、窓の外では都市の灯りが静かに揺れている。
結衣は会議が終わったあと、誰もいない部屋に一人で残っていた。
その指先で、ゆっくりと自分の東都リアルティの社員証を撫でる。
(ここまで、よく普通の社員としていられたな)
――グループの大株主。
経営の意思決定者。
でも“現場”の空気が好きで、できればずっと、みんなと同じ目線で働きたかった。
だが、「プライム市場」の鐘を目指すなら、それはもう――許されない。
(東証ルールも、会社法も、この規模、この立場、この注目を浴びて――
もう“仮面”を被り続けるのは、限界だ)
「これからは、“女帝様”でも“地味な一般社員”でもなく――
南野結衣という“現実のオーナー”として、みんなと、未来と向き合うしかないんだ」
社員証を机にそっと置き、結衣は深く、静かに息を吐いた。
(寂しさも、不安も、全部ある。
でも、ここで一歩踏み出さなきゃ、あの時の自分に、胸を張れなくなる)
仮面を一枚外す。
もう“隠れ蓑”には頼らない。
それが、“資本の頂点”を目指す者としての誠実さだった。
こんな展開になってしまいました話としては大きな転換点になりますがついてきて頂けるとうれしいです。
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