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ライトブルーファンド~億り人がVTuberでやり過ぎる  作者: 桐谷アキラ
仮面の向こう、託された真実
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第34話 夜の座談会とみやびの思い

 夜――。


 静かな地方都市のビジネスホテル。

 会議室を借りて臨時の配信ブースに仕立てた部屋では、みやび・ノア・るり・メル・灯・しずくがテーブルを囲んでいた。

 昼間のロケの疲れもどこか残るが、みんなの表情は明るい。部屋の隅では機材スタッフが静かに見守り、端末画面の中では女帝様アバターの結衣も配信席に並ぶ。


「はーい、みんな、今日もお疲れさまでしたー!」


 司会の灯が元気よくオープニングを切る。


「本日の“地域発見!ゆる旅トーク”、現地から生放送でお届けします。結衣さん、今日のロケ、どうでした?」


 結衣のアバターが軽く手を振る。


「皆さん、本当にお疲れ様でした。現地の空気、画面越しでもすごく伝わってきました。

 しずくさんの食レポ、すごく美味しそうだったし、るりさんのイラスト企画も街の皆さんに喜ばれていましたね」


 みやびは隣のノアと視線を交わし、少しだけ緊張をほぐすように深呼吸した。


「私も……すごく楽しかった。ロケって大変だけど、みんなと一緒だと全然違う。“現場の熱”っていうか……なんか、リアルで感じるものってあるよね」

「私、女将さんと話してて思った。VTuberがこうやって現地を盛り上げるなんて、数年前じゃ考えられなかったもん」


 ノアがしみじみ言う。

 るりが、楽しげにノートPCを開いて見せる。


「さっき商店街の子どもたちが描いてくれたイラスト!ほら、私の似顔絵とか“女帝様”のアバターもあるよ~」

「すごい!うちのママも見てたってLINEきた。あの町歩き、うちの家族みんなで観てたんだって」


 メルが目を輝かせて叫ぶ。

 灯が進行台本をちらりと見て、


「本当は“企画会議”って堅苦しくやる予定だったけど、今日はちょっと砕けた雰囲気でいこうよ。

みんなで話したいこと、思ってること、今夜は何でも言って大丈夫」


 少しの沈黙のあと、しずくが口を開く。


「こうして集まるの、初めてだけど……結衣さんが“全部経費出します”って言ってくれたから、思い切って来られました。

 正直、普段の案件だと現地まで行くのはなかなか難しい。

 でも今日みたいに、ちゃんとしたサポートがあると、私たちも“本気”を出せる。ありがたいです」


 るりが頷く。


「そうだね。私、結衣さんみたいな人になりたいって本気で思った」


 結衣のアバターは一瞬だけ困ったように小さく笑う。


「私は皆さんみたいにみんなで外に出て動くことがなかなかできません。

 でも、バーチャルでもリアルでも、信頼できる仲間と一緒にプロジェクトを作ることが、今の私にとっては一番の“夢”なんです。

 みやびさん、今日はどうでしたか?」


 みやびはしばらく考えてから、まっすぐカメラを見た。


「結衣さんが“夢”って言ってくれたの、なんかちょっとうれしい。

 私たちって結局、バーチャルの世界で生きてるようで、現実でもこうやって人と人が繋がってる。

 私も、もっといろんな現場に行って、現地の人たちやファンのみんなに“楽しい”とか“勇気もらった”って言われる存在になりたいな。

 ……結衣さん、次は一緒に現場行こうよ!」


 その言葉に、みんなが「いや、いつか絶対!」と笑う。


 灯が、ふっと優しくまとめた。


「いつかみんなで現地に立てる日が来るかもね。

 でも今日は、こうして一緒に過ごせただけで十分、特別な一日だったと思う。

 これからも、仲間として頑張ろう!」


 カメラの外、スタッフたちが静かに拍手を送る。

 配信の終わり、画面には女帝様のアバターがもう一度、穏やかに微笑んでいた。


「皆さん、本当にありがとう。

 この場所から、また新しい一歩を始めましょう。

 ライトブルーファンドとしても、皆さんと一緒に地域を元気にできること、心から誇りに思います」


 ――バーチャルと現実、仲間と信頼。

 彼女たちの物語は、また新しい未来に向かって静かに動き出していた。


***

 ホテルの一室、急ごしらえの配信ブースにはまだみんなの笑い声が残っている。


「はいっ、今日もお疲れさまでしたー!」


 灯の明るい声とともに、座談会配信は大盛況で幕を下ろした。


 ノアは「打ち上げ行こうよ!」と腕を振り、メルはさっそく地元スイーツの検索を始めている。

 るりはホテルのロビーで描いた商店街の似顔絵をスタッフに自慢し、しずくは「明日は朝からグルメ特集だよ~!」とちょっとワクワク顔。


 そんな中、モニター越しの結衣アバターも“満足げな笑み”で配信ブースを見守っていた。


「皆さん、本当にありがとう。ロケも座談会も大成功でしたね」

「結衣さん、次は絶対一緒に温泉行こ!」

「女帝様が現地に来たら、街がパニックになりそうだけどな~」

「それはそれで伝説ですよ伝説!」


 夜空に響くみんなの声に混じって、

 窓の外には、どこか誇らしげにネオンが瞬いていた。


 (でも、きっと――)


 この場所にいた全員が、今夜の“特別な一体感”を忘れないだろう。

 配信の画面越しにも、現場の空気が伝わってきた。

 小さな地方都市の夜に、ひとつの“輪”がまた静かに広がった気がした。


***

 部屋に戻ったみやびは、ベッドに寝転がりながら天井をぼんやりと見上げる。

 今日のロケは本当に楽しかった――けれど、どこか満たされないものが心の奥に残っている。


 (やっぱり……私、本当は結衣さんと一緒に現地を歩きたかったな)


 思えば今日の現場でも、結衣はいつも画面越しだった。

 もちろんアバターの女帝様は完璧で、どんな質問にも即座に答えてくれる。

 経費もスタッフも、結衣の「采配」で何ひとつ困ることはない。

 それでも、

 ――自分で現地に立つよりも、人に「任せる」ことの方がきっと難しいはずなのに。

 結衣さんは、ためらいなく私たちに全てを委ねてくれた。


 (私、そこまで人を信じて任せること、まだできないな)


 正直、誰かにすべてを任せるなんて、怖くてできない。

 どこかで「自分が動かなきゃ」と無意識に力んでしまう。

 けれど結衣は、自分が表に出られないぶん、私たちを“主役”に立ててくれた。


 (……すごい人だな、本当に)


 でも――

 最後の座談会でふと、結衣の声がほんの少しだけ寂しそうに響いた気がした。


 (結衣さん、本当は私たちと一緒に現地を歩きたかったんだろうな)


 思えば、画面の向こうの結衣は、ほんの少しだけ口調がゆるかった。

 他のみんながはしゃいでいる間、画面の隅で静かにこちらを見守るその姿には、言葉にできない想いが滲んでいた。


 (きっと、すごく寂しかったよね……。

 でもそれでも、私たちの背中を押してくれてたんだ)


 ――自分も、もっと人を信じて、仲間を頼る勇気が欲しい。

 結衣のように、大きなものを背負いながら、誰かの力を信じて委ねる強さが欲しい。


 みやびは、スマホを手に取り、結衣とのトークルームをそっと開く。

 画面には、


「今日は本当にありがとう。

 また一緒に何かやろうね」


 とだけ短く打ち込み、送信した。

 しばらくして、


「こちらこそ。本当に助けられました。

 今度は一緒に現地歩きましょう」


 と返事が届く。

 みやびは、静かに微笑んだ。

 

 (今度こそ――絶対、一緒に)


 夜のホテル、窓の外の街灯が滲む。

 胸の中の小さな寂しさが、ほんの少しだけ優しいものに変わった気がした。

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