第33話 地方ロケ みやびと仲間たち
オンライン配信のスケジュールは、ふと気づけば「女帝様」と「みやび」のコラボで埋まりつつあった。
きっかけは何気ないゲーム配信だった。
「結衣さん、今日も解説ありがとう。やっぱり話わかりやすい!」
みやびは笑顔でそう声をかける。リスナーも「この組み合わせ最高」「またやって!」とコメントが溢れる。
次は、トークテーマを変えての深夜配信。
ノア、るり、メルらが加わり、各事務所の垣根を超えた「座談会」企画が続く。
「自分が苦手なジャンルって…やっぱり怖いと思う人多いよね」
「私、正直めっちゃビビりだから、結衣さんが隣にいてくれると安心しちゃう」
「いや、るりちゃん、それ甘えすぎ(笑)」
メルの茶化しに、場が和む。
結衣はあくまで笑顔で受け流しつつ、ときどき核心を突くコメントを差し挟む。
とあるコラボ企画終わり。配信裏の通話では、普段のキャラクターを脱ぎ捨てて素の自分に戻った声が響く。
「…ねえ結衣さん、この前話してた、このメンバーでのロケみたいな企画やるとしたら、どんな感じになるのかな」
みやびがふと切り出す。
「VTuberって、普通はそういうの全部自腹なんだよ。機材も交通費も…正直、経費だけで胃が痛くなるときある(笑)」
「ライトブルーファンド案件として、そのへんは全部私が出せるので安心していいよ。実際、今回の企画は“経済教育と地域創生”で、むしろ本気で“投資”する場面だから」
結衣は柔らかく、しかしブレない口調で答える。
「うれしいけど…やっぱりちょっと申し訳ない気持ちもあるな。私も業界トップ勢で稼いでると思うのに、結衣さんにそこまでしてもらって…」
「みやびさんが案件で最高のパフォーマンスをしてくれること、それ自体が投資効果だよ。仲間の挑戦にお金を出すのは、信頼へのリターンでもあるんだから」
「結衣さんって、ほんとに“女帝様”だよね。なんか、私の尺度じゃ測れないや」
みやびは少し照れたように笑い、
「でも…ありがたく甘えちゃいます!」
そう言って、場の空気が明るくなる。
ノアがすかさず「じゃあ、ロケは私が段取り担当するから!現地交渉も任せて」
るりは「グルメ取材パートやりたい~!」と無邪気に手を挙げ、
灯は「全体の進行と台本まとめは私が仕切るね」とまとめ役に回る。
結衣はスタッフに各メンバーのサポートをして連絡先を共有する。
「みんなで現地行ったら楽しそうだね」
しずくが癒し系の微笑みでつぶやき、和やかな雰囲気に。
配信が終わるころには、
「私たちの“次の一歩”って、すごいことになるかも」
そんな高揚感と、どこか心地よい緊張感が仲間の間に生まれていた。
彼女たちの友情と信頼は、バーチャルの壁を超えて現実に広がりつつあった。
そして、それはやがて地方を舞台にした本格的なコラボ――
結衣にしか作れない「資本と夢の現場」へと繋がっていく。
***
地方都市――澄んだ空気と、まだ残る山桜の花びらが舞う、静かな駅前広場。
朝早くから集まったのは、みやび、ノア、るり、メル、灯、しずくの六人。みんなバーチャルではおなじみの顔ぶれだが、今日は“本当に”同じ場所に立っている。
スーツケースや大きな機材バッグを抱え、みやびは周囲を見回す。
ノアが大きく伸びをして「集合写真、あとで撮ろうね!」と笑う。
「いつもは画面の向こうの皆が、今日は一緒にいるって……ちょっと不思議」
「えへへ、私、実はロケ初めてかも……。こうやってみんなで移動するのって、遠足みたいだね」
と小声でるりがつぶやく。
「メル、スーツケースでかくない? 何入ってるの?」
「いやー、衣装と小道具でパンパン。みやびちゃん、グルメレポ頼むからね!」
みんなのやりとりが自然と弾む。
灯が全体を見渡し、
「結衣さんはアバターでビデオ通話だったよね」
「うん、現場中継みたいに繋ぐって。さっきから待機してくれてるって連絡きてた」
改札を出てすぐのカフェ。
タブレット端末の画面には「女帝様」――青髪ショートボブのアバターが、笑みを浮かべて待っていた。
「皆さん、お疲れさまです。長旅、本当にお疲れ様」
モニター越しの結衣の声は、アバター特有の加工をかけつつも、どこか柔らかく温かい。
みやびは画面に向かって手を振る。
「結衣さん、今日は遠隔だけど一緒にロケ頑張ろうね!」
「もちろん。現地のみんなに任せる部分が多いけど、何かあればすぐ連絡して。
ライトブルーホールディングスが全力でサポートしますから」
ノアはマイク付きのピンバッジを確認しつつ、
「こういう形で地方回るの、業界でもすごく珍しいよね。
正直、ここまで手厚いサポートは初めて。――結衣さん、すごいよ」
アバターの結衣が少しだけ照れたように微笑む。
「大事な現地案件ですから。皆さんを信じて任せます。
みやびさん、今日の主役よろしくね」
みやびは小さく頷いた。
駅前から歩いて5分ほどの古い商店街。
このまちのロケ地は「地域の魅力再発見」をコンセプトに選ばれた。
昔ながらの和菓子屋や、洒落たカフェ、空き家リノベ施設――
歩きながら、配信用のカメラがみんなを追う。
灯が進行表を片手に声をかける。
「次のパートはしずくちゃんのグルメレポート。るりちゃんは商店街のお店取材。ノアとメルは“体験”系コーナーね」
「みやびさん、どこ行きたい?」
「うーん、あの古い銭湯とかどうかな?女将さんと話してみたい」
「OK!そしたら、結衣さん、現地の資料まとめお願いできます?」
「すぐ用意します。女将さんにも事前に連絡済みです。
――皆さん、遠慮せず楽しんでくださいね。今回の経費も全部プロジェクト負担。遠慮は無用です」
みやびは、どこか複雑な表情で画面を見る。
「……ありがたいけど、本当にいいのかな。結衣さん、私たちのためにここまでしてもらって」
結衣は優しく微笑む。
「必要経費って言ったでしょ。
みやびさん達が全力を出せることで次に繋げる、それがプロジェクトの価値ですから」
ノアが「かっこよ!」とちゃかして、みんなで笑う。
数時間後。
各パートの収録が終わり、みやびたちは現地の公園で軽くランチタイム。
遠隔で結衣も交えて、反省会を兼ねた作戦会議となる。
「ねえ、今日の配信、どこが一番“推し”だった?」
「しずくちゃんの食レポ、最高だった!」
「るりのイラスト企画、地元の子どもたちも喜んでた」
「ノアの街歩き、まじでプロリポーター!」
みんなの話題が尽きない。
ふと、みやびが画面越しの結衣にそっと言う。
「結衣さん、今日は本当にありがとう。
私は現地で走り回るだけだけど、こうやってサポートしてくれる人がいるから頑張れるんだなって……。
経費も、本当にありがたい。でもそれ以上に、結衣さんの“信じて任せてくれる感じ”、すごく心強いよ」
結衣は少しだけ言葉に詰まり、
「……現実の私はこういう場面でなかなか外に出られない。だからこそ、信頼できる仲間に動いてもらうのはすごく大事なんです」
「私、もっと頑張ろうって思う!
だって結衣さんが“私たちなら大丈夫”って信じてくれてるんだもん」
画面の向こうの結衣が、静かに、嬉しそうに頷いた。
これから各自のパートや夜の座談会配信も待っている。
それぞれがバーチャルとリアルの“壁”を越え、
友情とプロの誇り、そして資本と夢の可能性を胸に、
新たな一歩を踏み出していく――。