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第32話 素顔と仮面の向こう側

 その夜のみやび宅―― 


 コラボ配信が終わった後の部屋は、妙に静かだった。

 モニターの明かりだけが、暗いワンルームにやわらかい光を落としている。

 みやびはまだ、椅子に座ったまま動けずにいた。


 指先には、配信中に握りしめていたマウスのぬくもりが残っている。

 心臓はドクンドクンとうるさくて、まださっきの絶叫や笑い声が、耳の奥でリフレインしていた。


「……終わった、んだよね」

 

 仕事用Discordの通知が鳴る。

 事務所マネージャーから「お疲れ様!本当にすごかったね!」とテキストが届いていた。

 みやびは反射的に「ありがとうございます、今日は本気で楽しかったです!」と返す。


 でも、それだけじゃ収まらない。

 ふいにプライベートLINEの通知も鳴る。

 今度は少し柔らかい文面。


『今日は本音でどうだった?ぶっちゃけ、緊張した?』


 みやびは、スマホを両手で包み込んで少し考える。

 「そりゃあ、緊張しましたよ」とだけ打とうとして、

 でもやめた。


 画面の向こうで叫び、泣きそうになっていた結衣ちゃんの顔。

 あれは演技じゃなくて、まぎれもなく“素”だった。


『めちゃくちゃ緊張したし、正直ちょっと怖かった(笑)

 でも、女帝様、すごく普通に可愛い人でホッとしたよ。

 たぶん私、今日のコラボでまた少し好きになっちゃったかも』


 メッセージを送信したあと、思わず自分で笑ってしまう。

 画面に映る“女帝様”――あの南野結衣。

 社会的には、あまりにも大きな存在。

 企業オーナーであり、投資家であり、

 ニュースでも、SNSでも、話題にされない日はない。


 けれどその“仮面”の向こう側で、

 叫び、笑い、迷ってくれる“普通の女の子”の部分があること。

 そして、その素顔を同じ舞台で分かち合えたこと。

 それが、何よりも嬉しかった。


 みやび自身だって、胸を張れるくらいの成功者だと思っている。

 事務所は大手、配信だって安定して数字が出ている。

 ファンも多いし、企業案件だってそこそこ来る。

 自分の努力と、支えてくれる人たちへの感謝――

 だからこそ「私はこの職業に誇りを持っている」と、はっきり思える。


 けれど、どこかで“社会の枠の外”にいる自覚もあった。

 世間一般の目線では、VTuberはまだ「本名も顔も明かさない、ちょっと不思議な存在」だ。

 家族や地元の友達に「本当は何やってるの?」と聞かれても、曖昧に笑ってごまかすしかない。


 だからこそ――

 南野結衣という、表も裏も“社会的成功の象徴”でありながら、

 彼女もまた「女帝様」として“仮面”をかぶり、

 素顔を守りながら配信していることに、不思議な親近感を覚えた。


「私も、結衣ちゃんも、どっちも“隠してる側”なんだよね……」


 LINEのやりとりは、いつの間にか仕事の話から、

 「次は何しようか」「またみんなで集まろうね」という素のトーンに切り替わっていた。

 マネージャーからは「みやびの空気作りに感謝」「うちの子たち、また一緒にやれるといいな」と、

 本音のこもったスタンプも届く。


 ディスコードでは、社内会議用のスレッドがにぎやかになってきた。

 PR担当が「トレンド1位」「SNS大反響」と報告し、

 若手スタッフが「女帝様、思ったより親しみやすくてホッとしました!」と書き込む。

 上層部も「今後も安心してコラボ進めてください」と、いつになく柔らかいコメントを残している。


 みやびは、仕事用のモニターと、私用のスマホを交互に見つめながら思う。

 自分は確かに“社会の主流”からは少し外れているかもしれない。

 でも、それを選んだ自分に誇りがあるし――

 仲間やファン、今日のコラボで見せてくれた“素顔の結衣ちゃん”が、

 本当は自分とそんなに違わないことも知っている。


 SNSではファンや切り抜き職人が「#みやびのおかげ」「#素顔の女帝様」に熱いコメントを連投していた。

 DMには「最高の夜でした!」「またこのメンバーで見たい!」と

 たくさんのありがとうが届いている。


 ふと、マネージャーから「またみやび主導で次のコラボ、考えてみて」という一言がLINEで届く。

 「じゃあ、今度はもっと“私らしい”夜をつくろう」

 みやびは笑ってスマホを握りしめ、新しいアイディアノートを開いた。


***

ユニバーサル・ドリーマーズ本社――会議室

 

会議室には、社長の朝比奈ルイ、プロデューサー羽月ひより、現場マネージャー陣、そして広報・PR戦略担当の村上詩織がそろっていた。大画面には昨夜の「女帝様」コラボのハイライト映像。業界の話題が集まっている。


「みやびの絶叫もノアのサポートも見事だったけど、あの南野結衣さん……いや、“女帝様”は本当に只者じゃないですね」


プロデューサー羽月が、冗談交じりにため息をつく。


「彼女が桁違いの大人物だって知ってはいたけど、まさかこんなに親しみやすいとは思わなかったな」


マネージャーたちもうなずき合う。事前には事務所上層部まで「相手の素行とSNS動向は常にモニタリング」「不用意な発言はNG」など堅い指示が出ていた。だが、終わってみれば肩の力が抜けたような、ホッとした空気が支配的だった。


「わざと“素”を出していたのかな? それとも本当に怖かったのか。どっちにしろ、あれだけ等身大で全力で取り乱せるの、逆にすごいですよ」


社長の朝比奈がにやりと笑う。画面の中、女帝様は細目で叫び、時に泣きそうな声で仲間を頼っていた。それが奇跡の一体感を生んだ。


「SNSの盛り上がりも過去最高クラス。スポンサーも“このまま第二弾やってくれ”だそうだ」


PR戦略の村上も、穏やかな笑みで報告した。


「配信直後から“親しみやすい女帝様”という新しいタグが定着してましたよ。あの夜を見て、初めて本気で推し始めた人も多かったみたいです」


現場のマネージャーがふと真顔になる。


「もしまたコラボするなら、事前会議は丁寧に。でも、今回のチームは全員信頼できます。あの空気なら、みやびもノアもレオンも、等身大で勝負できるはずです」


会議の結論は明るかった。


「一見“異世界”の存在みたいな彼女だけど、実際はすごく仲間思い。今回は安心して見ていられたよ」


みやびの成長にも、事務所内に温かい拍手が広がった。


***

ライトブルーファンド IT部門 “裏オフ”実況チャット

 

同じ頃――結衣の本業、ライトブルーファンドのオフィスでは、IT部門リーダー真壁慎一と若手エンジニア水谷リサを中心に、チーム全員が“観客モード”だった。


「いやー、こういう自分が何もしないけど裏を知ってる立場って めっちゃ楽しいな」


真壁がコーヒー片手にSlackの実況チャンネルへメッセージを投げる。


「細目絶叫スタンプ、公式で作ります?なんならもう発注できますよ」

水谷リサのコメントに、爆笑のリアクションが飛び交う。


「Live2Dモデルに“ヘッドホン投げver.”追加要望入りました」

「女帝様、ビビリ芸も天下一品」

「本気で震えてたな……あれ絶対ガチでしょ」


ゆるい空気の中にも、皆どこか嬉しそうだった。


「次のコラボはIT部メンバーもVの者として乱入させてください」

「結衣さん、なんだかんだで結構楽しんでたと思うよ」


Slackのスタンプ提案スレッドはすぐ“細目ver.”“絶叫ver.”で溢れ、誰もがまるで部活のような気持ちで参加していた。

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