第29話 VTuber投資チャレンジ!
リハーサルが始まった。
本番用の台本と進行をひとつずつ確認しながら、
みやびが台本を見て小さく首をかしげる。
「えっと……あ、ここ、どこを読めばよかったんだっけ……?」
すぐに女帝様・結衣がやわらかく微笑み、
「大丈夫ですよ。ここはみやびさんが最初に話して、そのあと私が少し補足を入れる形ですね」
ノアが途中で台詞が飛んで、顔を上げる。
「……あれ?これ私で合ってますか?」
結衣は頷いて、優しく声をかける。
「はい、そのままで合ってますよ。もし分からなくなったら私がフォローしますね」
レオンは苦笑しながら肩を回す。
「ここ、緊張して何回も噛みそうなんだけど……」
結衣はそのまま笑いかける。
「噛んでも全然平気です。リスナーさんも“親近感がわく”って、きっと思ってくれますよ」
その一言に、みやびたちの肩の力がふっと抜けた。
少し間が空くと、結衣が自然に流れをつなぐ。
スタッフ席でも小声がもれる。
「この現場、いつもよりやりやすいな」
「フォローが自然すぎて台本の進行ミスにも気づかなかったよ」
そして収録当日。
「本番前なのに、なぜか安心感があるなあ」
「女帝様がいるだけで落ち着くって、ほんとなんだ……」
「この空気、なんかクセになりそうだな」
ほんの短い間に、現場全体が“やりやすさ”と“妙な安心感”で包まれていく。
***
そのままカメラの赤いランプが灯り、いよいよ「VTuber投資チャレンジ」本番収録――各コーナーの幕が開く。
結衣は、変わらぬ微笑みでカメラの向こうを見つめていた。彼女の画面には膨大な資料や整理済みリストが静かに開かれているが、その指先は何も動かさない。
◆オープニング・自己紹介
進行役の本間さんが、明るい声で宣言する。
「それでは、VTuber投資チャレンジ第1回、いよいよスタートです!」
みやびが一歩前に出て、はにかみながらも真っ直ぐに言う。
「知識ゼロからの挑戦ですが、皆さんと一緒にがんばります!」
続いてノアが、少し緊張気味に言葉を紡ぐ。
「ほんとに初心者なので、分からないことばかりですが……失敗しても前向きにやっていきます!」
レオンは苦笑しつつ、マイクを握った。
「正直ドキドキですが、皆さんの質問に助けられながら、自分も学んでいきたいです!」
そして女帝様・結衣が、ふんわりと優しい声で続く。
「私も独学の初心者です。分からないことや不安もたくさんありますが、みなさんと一緒に学べるのが楽しみです」
その一言が、緊張していたメンバーの肩から力を抜かせた。
***
◆質問コーナー
進行役の本間さんが、朗らかな声で告げる。
「事前にリスナーの皆さんからいただいた質問に答えていきます!」
最初にノアが、素直に手を挙げる。
「投資って、始めるのが怖くて……。少額からでいいのか、すごく悩みます」
みやびも、自分の不安を隠さずに口にした。
「情報が多すぎて、どれを信じていいか分からなくなるんです」
レオンは、ちょっと真剣な顔で尋ねる。
「“推し企業”に投資するのって、本当にアリなんですか?」
一瞬、スタジオの空気が静かになる。そのなかで、女帝様・結衣が、ほわんと優しく微笑んだ。
「私も最初は何も分からず、不安な気持ちばかりでした。でも、分からないことがあれば、一つずつメモにして後から調べています」
そこまでは、ごく普通の初心者の一言。
だが、結衣はふっと視線を上げて続けた。
「ちなみに、“投資が怖い”と感じる時期は、社会的なニュースや制度改正の直後に質問が集中しやすいみたいです。NISAの話題が出た週や、株価が大きく動いたとき、SNS上で“怖い”というキーワードの出現率が約三割増えていました」
さらに、何気ない口調でぽろりと続ける。
「……あと、実は去年、ミーム株が話題になったときは、Redditのスレッド更新頻度や投稿数もリアルタイムで収集して、本当に参考にしましたよ。SNSで何が“盛り上がる瞬間”なのかを知っておくのは、結構大事かもしれません」
ほんわかした声のまま、さらりと過去の分析を披露する。
みやびもノアもレオンも、本間さんでさえも、思わず顔を見合わせてしまう。
「それ、普通リアルタイムでやる!?」
それでも結衣は、ごく自然体で微笑んでいた。
空気はふっと、奇妙な間を孕んだ。
ごく普通の顔でデータ分析をさらりと語る結衣に、みやびもノアもレオンも、思わず返す言葉を失っていた。
ほんの数秒、誰も声を出せない“静かなざわめき”。
だが結衣だけは、何事もなかったように、穏やかにカメラの向こうを見つめていた。
***
◆実践ワーク「銘柄調査チャレンジ」
番組後半、実践ワークの時間がやってきた。
進行役の本間さんがみんなにお題を出す。。
「それぞれ、気になる企業をひとつ選んで、初心者視点で調べてみましょう」
みやびは、少し照れたように口を開く。
「営業利益が増えてるから良さそうって思ったんですけど……他にどこを見ればいいか分からなくて」
ノアも、迷いながら質問する。
「配当が高い企業って、何が違うんですか?数字だけじゃ分からなくて……」
レオンは苦笑いしつつ本音を漏らした。
「AI企業の情報量が多すぎて、調べるだけで一日が終わっちゃいそうでした」
三人の素直な戸惑いと迷いが、番組の“初心者らしさ”を映していた。
その空気の中で――
結衣は、いつものほんわかした口調で雑談に加わりながら、自分のデスクトップでは、目にも留まらぬ速度でウィンドウを切り替えていく。
業界紙、企業IR、自治体公報、SNSトレンド……
何十ものブラウザタブと資料が次々と開き、要点だけを一瞬で読み取り、頭の中で鮮やかに分類されていく。
会話しながらも、その手元のメモアプリには、
「売上高成長率:+12%」「特許出願:前年比1.6倍」「SNS注目度:今週4位」――
と、まるで計算過程のメモ書き程度に最低限の数値だけが並ぶ。
結衣はみんなに話を振りつつ、「これ、面白いデータですね」「なるほど、AI分野のIRも最近多いですよね」とさりげない合いの手を挟む。
その裏で、情報のパズルが高速で完成していく。
まずは、みやびが自分の“調査結果”を簡潔に披露した。
「私、直近の決算資料を見てみたんです。営業利益が前期より増えてるし、SNSでも好感度が高そうな会社だったから“買い”かなって思ったけど……やっぱり他にどこを見ればいいかは分からなくて。財務分析は、まだ勉強中です」
ノアは、初心者らしく素直な困惑と発見をそのまま口にする。
「私は配当が高い企業を探してみたんですけど、どれが本当にお得なのか、計算がややこしくて……。IR資料って読むの大変ですね。結局、配当利回りしか分からなかったです」
レオンは苦笑いしながら、
「自分はAI関連の企業を調べたんですけど、ネット記事もSNSも情報が多すぎて、何が本当なのか分からなくなりました。公式サイトの沿革だけ読んで終わっちゃった感じです」
みやびは“少しかじっている”だけあって、他の二人より一歩踏み込んだ内容だったが、全体的にはみんな“初心者代表”の戸惑いとリアルさがそのまま滲み出ている。
そのあと、女帝様・結衣の番が回ってくる。
「私はB社の今朝のIR資料と、直近の業界紙・自治体公報を突き合わせて見てみました。特許出願件数や売上高成長率、SNSの話題トレンドも合わせて分析したんですが――
この分野をあまり知らない私のような初心者目線でも、“意外とパターンが見える”と感じました。
……ちなみに投資判断のスコアを簡単に付けてみると、今週のB社は“75点”。
分散投資なら一部保有、長期目線なら今は“見送り”寄りかも……という感じです。
もしよければ、さっきスライドにもまとめてみたので、後で皆さんに共有しますね」
みやびやノア、レオンがあっけにとられたまま見つめる中、
結衣は当たり前のように付け加える。
「大体合ってるはずですけど、細かい数字はいつもそこまでしっかりチェックしてないんです。
普段なら、後でスタッフさんに確認してもらってますし……」
さらりと口にしたその言葉に、スタジオにはまた一瞬、不思議な間が生まれる。
ノアが驚いた声をあげる。
「……それ、全部今ここでやったんですか?」
結衣は、首をすくめて微笑んだ。
「はい。雑談しながらだと、このくらいのスピードが限界なので……。
だから本当は“ざっくり”しかできていません。
いつもは後でスタッフさんに細かい数字を確認してもらってますし――
普段の配信でも、チェックはけっこう任せちゃうことが多いんです」
レオンは思わず声を漏らす。
「……“ざっくり”だからそんなに速いのか。でも、その“ざっくり”の範囲、普通じゃないですよ?」
ノアも半ば呆れたように頷く。
「結衣さんの“ざっくり”、私たちの本気以上ですよ……」
結衣は首をかしげながら、
「本当ですか? みなさんと同じで、最初は何を見ればいいか分からなかったので……。
雑談しながらだと細かい計算はできないから、大体のところだけ、ぱっとまとめてるだけなんです」
スタッフも思わずつぶやく。
「……これが基準値だったら、うちの台本班、みんな泣いちゃうよ」
それでも結衣は、やっぱり自然体のまま笑う。
「もし何か抜けてたら、後でしっかり直しますので」
“普通”を装う結衣の“ざっくり”したまとめは、誰が見ても、そのまま番組の「完成形」に近かった。
淡々と「雑談しながら、ぱっとまとめただけです」と言う女帝様――
その手から生まれた情報の厚みに、その場にいる者は静かに息を呑んだ。
***
◆アフタートーク
収録を終えたバーチャル控室には、リラックスした笑い声が満ちていた。
みやびが手を振りながら明るく言う。
「今日の配信、音声トラブル一回もなかったよね? 珍しい~!」
ノアがその隣で目を丸くする。
「ほんとだ。私、毎回どこかでマイクの調子崩すからびっくり!」
レオンは肩をすくめて小さく苦笑い。
「コメント欄、流れ早すぎて絶対拾いきれてない……。でも、裏であとから全部見返すの、もう習慣だよな」
ノアは少し照れたように天井を見上げて、深いため息。
「自分のセリフ、絶対噛んでた気がする……編集さん、本当にお願いします!」
レオンは大きく伸びをしながら笑った。
「明日からまた資料の山かぁ。リスナーのみんな、ほんと元気だよな~」
みやびはスマホ片手にタグ検索しながら、「次はバラエティトーク会やろうね!」とウキウキ。
控室は、すっかりいつもの雑談ムードだ。
その賑やかな輪の少し後ろで、結衣がほんわか微笑んで、ひと言だけ。
「楽しかったですね。また、みんなで一緒に配信できるのを楽しみにしています!」
明るくて、なんだかクセになる空気が、控室いっぱいに広がっていた。