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第28話 教育番組って本当ですか?ほんわりバグる、女帝様の整理術

 ある日の午後、ライトブルーファンドのVtuber用アカウントに新しい通知が届いた。


 ――新日証券「新番組企画会議」

 オンラインミーティングのURLには、

 親日証券の本間さんと、Vメンバーたちのアイコンが並ぶ。


 画面越しに集まったのは、みやび、ノア、レオン――

 そして、“女帝様”として知られる結衣だった。


 本間さんは柔らかな笑みで切り出す。


「このたび、新日証券主催で“VTuber投資チャレンジ”という新しい企画を立ち上げます。

 配信の形は“学生役”VTuberたちが投資の世界に挑戦――という教育エンタメ番組です。

 SNSやYouTubeなどで“投資はこわい”という声が多い中、初心者代表の皆さんが体当たりで挑戦していく様子を、分かりやすく、楽しく伝えたいと思っています」


「学生役、ですか……。社会人になってからそういうの、ちょっと新鮮です」


「ほんとに何も分からない初心者なんですけど、みんなでなら頑張れるかな」


 みやびは目を細め、ノアも小さくガッツポーズ。


「僕も投資なんて用語だけ聞いたことがあるくらい。

 でも、番組で一から勉強できるのは素直に楽しみです」


 レオンは明るく返した。

 そこで、本間さんが画面の向こうの結衣に目を向ける。


「南野さん――“女帝様”にも、ぜひ“初心者代表”の学生役として出演していただきたいのですが……」


 結衣は、一瞬だけ戸惑いを浮かべ、それからふんわりと笑った。


「私も、投資は基本は独学です。“教わる側”として参加できるなら、初心者の皆さんの気持ちも、一緒に学ぶことも、たくさん経験できると思います」


「独学派のリアル初心者視点――まさにこの番組のテーマにぴったりです」

 

 と本間さんは頷いた。


 その言葉に、みやびも「女帝様が学生役!?」と半分驚き、半分ホッとしたような顔。

 ノアも「わたしでも分からないこと、いっぱい質問できそう」とワクワクがにじむ。


 画面の中には、自然な期待と不安、そして「新しいことが始まる」静かな高揚が漂っていた。


「番組は録画・編集のうえで配信し、事前にリスナーの皆さんから投資に関する質問を募集します。

 “分からない”や“失敗”も、そのまま番組の魅力として伝えていきたい。

 皆さんの素直な感想や発見、迷いも全部、きっと誰かの勇気になります」


 その日、ライトブルーファンドの春は、新しい番組とともに、またひとつ大きな“始まり”を迎えていた。


***


 新日証券とライトブルーファンドが連名で発表した新番組の告知が、ネットの世界に静かな衝撃を投げ込んだ。


「VTuber投資チャレンジ――学生役VTuberたちが投資の世界に挑戦!」


 そんなキャッチコピーが躍る公式バナーには、みやび、ノア、レオン、そして“女帝様”の柔らかなイラスト。

 普段は違う場所で生きているファンや投資クラスタ、会社員や学生まで――不思議なほど多様な人々の心をざわつかせた。


 ”学生役……女帝様が……!?”

 ”これはもう事件”


 SNSのタイムラインは瞬く間に色めき立ち、


 ”女帝様、学生役やったら絶対バグる”

 ”初心者のフリしても解説バグるやつ”

 ”みやびさんの焦り顔見たい”

 ”投資の質問、何でも送っていいなら私も送ろう!”


 無邪気な熱意といたずらっぽい期待が、タグごと春の夜を彩っていく。


 公式サイトに設けられた質問フォームには、


 ”投資っていくらから始めればいいんですか?”

 ”自分が好きな商品出してる企業に投資するのはありですか?”

 ”配当って何?”

 "初心者がまず見るといいものありますか?”


 素朴なものからちょっと鋭い疑問まで、止まらない勢いで投稿が積み重なっていった。


 その夜、会社から帰宅した芽衣は、着替えもそこそこにスマホを手に取り、

 公式フォームに小さくガッツポーズをしながらログインする。


 (女帝様の番組に、ファンとして質問を送れるなんて最高!)


 まずは真面目に――

「投資ってなんだか難しそうで、やっぱり最初の一歩が怖いです」

「証券口座を作ったんですが、最初はどれくらいから始めたらいいですか?」


 だが、興奮が高まるにつれ芽衣の文章はだんだん本音混じりになり、

「会社のお給料とボーナスで初めて株を買いました!勢いで1000株買っちゃったんですけど大丈夫ですか?」

「たまに先輩と投資の話ができたらいいな、なんて思ってます」


 いつもの癖で語尾は明るく跳ね、

 “応援してます!”“分からなくてすみません!”“これからも頑張ります!”

 そんな素直さがどの投稿にもにじんでいた。


 芽衣自身は「女帝様」も「VTuber」も、画面の向こうの別世界の人だと思い込んでいる。

 会社の同僚である南野先輩のことは大好きだが、まさか自分の“推し”と結びつけて想像することは一度もなかった。


 そのころ、結衣は静かに自室のデスクで、公式フォームに届く質問を一つずつスクロールしていた。

 メモアプリには「質問傾向」や「頻出ワード」を淡々と記録する指先。

 しかしその中で、ふと目に留まる一連の投稿があった。


(……このテンション、この言葉の選び方……)


 “たまに先輩と投資の話ができたらいいな”

 “応援してます!頑張ります!”


 (……まさかね。でも、ちょっとだけ……)


 「身バレ、気をつけてね」


 心の中でそう呟き、ほんのりと微笑む。


 彼女の後輩、平川芽衣の文章には、

 普段から“頑張ります!”“楽しみです!”と、どこか弾む明るさと、ちょっぴり抜けた無防備さがあった。

 結衣は、もし自分が女帝様でなかったとしても「こういう子が後輩にいたら絶対かわいいな」と思ってしまうような、素直な文体をスクリーン越しに追いかけていた。


 翌朝、芽衣はオフィスのデスクで、「もしかして自分の質問、番組で答えてもらえるかも……」と、そわそわしながらスマホを何度も覗いている。


 結衣は静かにその様子を横目で見守りながら、


「質問、答える時は“会社のこと”や“個人が特定されそうなこと”は少し控えめにしてあげてほしいな」


 と、まだ芽衣本人には何も言わず、そっと心の中で願っていた。


***


 質問選定――舞台裏の静かな“魔法”


 証券会社のプロジェクトルームには、モニター越しにVTuberメンバーたちのアバターと、現実世界のスタッフたちの姿があった。

 会議のスピーカーからは「フリーテキスト欄の熱量すごいですね」「推し企業の話題だけで長文エピソード送る人も」と現場スタッフの困惑まじりの笑いが漏れ、

 机上には分厚いプリント、ノートパソコン、スタッフの「分類地獄だ……」という小さな呻きが響く。


 Web会議では、みやび、ノア、レオンがそれぞれ自宅や配信ブースのバーチャル背景から参加していた。

 みやびが「女帝様って普段も整理好きなんですか?」と屈託なく問いかける。


 結衣は一見、ただにこやかに画面を見つめている。


「あんまり意識してないんですよ。みんなと話してると“つい”手が動いちゃって……」


 そう返しながら、彼女の目と手元だけは異様な速度で動き続けていた。


 キーボードのタッチは静かだが凄まじく速く、複数モニターに質問データが滝のように流れ、その指先で次々にカテゴリごと、日付ごと、傾向ごとにファイルやメモが並び替えられていく。

 ショートカットとマウス操作が連携し、画面上で質問がどんどん「01_初心者の不安」「02_推し企業」「03_制度用語」「04_失敗談」「05_実践ワーク」…と色分けされていく。


 一方で、


「そういえば、みやびさんの配信で“推し株プレゼン”ってありましたよね」

「投資の話、最初は緊張しますけど、好きな会社の話だとつい盛り上がっちゃいますよね」


 会話の内容はどこまでも“いつもの穏やかで優しい結衣”。

 画面の中だけ見ていれば、のんびり雑談に加わっているようにしか見えなかった。


 しかし、ノアやレオンがふと「あれ、女帝様……手元、すごいスピードで動いてません?」と顔を見合わせる。


「会話してるのに、ずっとタイピングしてる音が聞こえる気が……」

「話してる間に仕事終わらせてるって、どういう脳の構造……」


 みやびも思わず苦笑する。

 結衣はそんな声にも悪びれず笑い、


「これ、いつもの癖なんです。

 雑談してると、逆に頭が整理される気がして……」


 そのまま画面共有のアイコンをクリックした。


「……あ、こんな感じでまとめてみたんですけど、どうですか?」


 スタッフ席の大型モニターに、

 カテゴリごとに整理され、色分けされたフォルダツリーと、各フォルダに“元データ”が原文付きで格納されているリストが一斉に表示された。


「えっ? これ……さっき元データ配ったばかりですよね!?」


 ディレクターが思わず本気で驚く。


「リアルタイムで、ここまで……?」

「20分で“データ図書館”ができてる……」

「しかもファイル名もタグも全部……」


 みやびやノア、レオンも呆然と画面を見つめる。


「絶対“ついで”のレベルじゃない……」

「雑談中にこれ……?」


 結衣はどこまでも穏やかに微笑み、


「ちょっとだけ、みなさんが困らないようにと思って。

 あと、生の声も大事だから、元データもカテゴリごとにフォルダにまとめて返してあります。

 必要なときは原文もすぐ見られますよ」


 と、変わらぬ声で言った。


 スタッフの間に静かなざわめきが広がる。


「この人、何をやらせても“普通”に終わらせてくれない……」

「バグ女帝様……マジで救世主」


「皆さんが送ってくれた言葉、一つ一つが本当に大切ですから。

 どんなに数が多くても、無駄にしたくなくて――」


 結衣はそう言ってまた柔らかく笑い、手元のウィンドウをそっと閉じる。


 現実世界とバーチャル空間――

 その“壁”さえも、女帝様の“ほんわかバグ”は軽やかに超えていく。

データベースのフリーテキスト欄は集計する際に事実上使えないデータになってしまいます。

でも大事なことをそこに書いてしまう人が多いのでこんな能力あったらいいなって思います。

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