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第26話 輪の始まり――ホールディングス誕生と仲間の選択

2021年春――ホールディングス設立の決断


 コロナ禍の渦中、南野結衣は資本運用の新たな壁に直面していた。

ライトブルーファンドは経済危機の最中、資産家の個人事業と合同会社の枠を超えて、急拡大を続けていた。

 全国から、苦境に立つ企業や事業の救済要請が相次ぎ、もはや単体での資本管理では立ちゆかなくなっていた。


「このまま資本だけを注ぎ込む時代は終わった。

 “輪”を作り、グループとして全体を束ねる――新しい器が必要だ」


 結衣は並ぶ財務・法務資料を前に静かに考えていた。

 社外の顧問たちからも「ガバナンス強化と透明性の確立が急務です」と何度も忠告が届いていた。


 ここで結衣は、自身の“もう一つの顔”を活かす決断を下す。

「ライトブルーホールディングス」という新たな持株会社を設立。

 自身は「実質オーナー」として全体戦略と意思決定のみを担い、表向きの経営には出ず、実務は信頼できる現場責任者――五十代半ばの実務家、小田桐浩一を「雇われ社長」として据える形をとった。


「小田桐さん、グループ全体の顔はあなたに任せます。


 私は“資本の裏方”として、輪の設計と最終承認に専念します」


 小田桐は一度は辞退を申し出たものの、結衣の強い覚悟に静かに手を差し伸べた。


「分かりました。“目立たない社長”が一番の役割だと心得ます。

 あなたの設計図を、現場で形にしてみせます」


 こうして、ライトブルーホールディングスの中核に“ライトブルーファンド”が資金コントロール中枢として組み込まれた。

 ファンドは各グループ企業の資金供給や経営判断の心臓部となり、弁護士・会計士・投資銀行出身者らで本部が組織された。


 結衣は「オーナー」として、資本の流れ、意思決定、人事といった全体戦略を握りつつ、

自身の名や素顔を前面に出さず、裏方としてプロジェクト全体を動かしていく。


 ビル群の夜明けを見つめながら、結衣は新たな一歩を静かに踏み出した。


***

 動き出す“輪”のダイナミズム

 ホールディングス新体制発足の週――。

 中枢本部の一室には、グループ企業のリーダー、実務役員、そして資金を握るファンド運営チームが次々と集まってきた。


「今期の候補は十五社。各社の将来性、現場力、グループシナジー――全部まとめて、“輪”でどこまで化けるかだ」


 そう宣言した小田桐浩一社長は、地味で寡黙、だがその言葉には現場の信頼が宿る。

会議室に広がる緊張感と期待のなか、ひとりの経営幹部がファイルを差し出した。


「千寿庵は伝統とブランド力は抜群ですが、販路の拡大が命題です。

他社のEC部隊と組ませれば……この一年で全国展開も夢じゃない」


「アイソライトAIは資金ショート直前。でも技術は本物。

タイミングを見て行政案件を獲得すれば、黒字転換も視野に入るはずです」


 各担当者は、現場から吸い上げた一次情報や、肌感覚のリスクも包み隠さず提示する。

 それを一つひとつ、会議の隅で結衣オーナーが黙々と受け取り、ノートPCの前で指を走らせる。


 膨大なデータ、現場の声、経済の波。

 結衣のモニターには、財務グラフも人事ネットワーク図も、SNSの匿名口コミさえも縦横無尽に踊る。


 (……千寿庵のEC連携を先行、ベンチャーと職人の合同PJを走らせれば技能継承も一気に進む。

 アイソライトAIは、来月の行政入札情報と現行プロジェクトのクロスを即座に押さえれば、ファンド支援で“底”を作れる。

 町工場とNPOの技能交換は、この人材流動の波を活用……今なら一斉に動かせる)


 結衣の頭の中では、まるでAIが未来シミュレーションを実行しているように、“最適解”が秒速で組み上がっていく。


「千寿庵はECプロジェクトと技能継承、合同で即時着手。

 アイソライトAIには来週から技術顧問を投入。町工場とNPOは人材シェアリングの先行実験を始めてください」


 その決裁の速さに、役員たちは一瞬だけ驚き、すぐに顔をほころばせる。


「……また結衣さんの“秒”判断」

「ここまで見えてるの、ちょっとずるいですね」


 だが、結衣は大まかな指針だけ示すと、各現場の詳細や進め方までは口を挟まない。


「施策の具体案や現場運営は、各自の判断に一任します。

 一番可能性を広げられる方法を、あなたたちの目で見て、動いて決めてください」


 現場のマネージャーたちは一斉にうなずき、ファンド担当は新規プロジェクトの資金配分を即座に調整し始める。


 小田桐社長はにこやかに、けれど引き締まった声でまとめる。


「本部は全体の未来を見ている――その上で我々は自分の領域で“最高の仕事”をしてみせましょう」


 会議の空気は一気に熱を帯びる。


「それならやれるぞ」

「やっと全体が動き出す!」


 決定リストに赤いラインが引かれた瞬間――

 グループ全体に“何かが始まる”予感が走った。


 その夜、結衣は静かにディスプレイを閉じ、ほっと一息つく。


 (全部を自分でやる必要はない、“最適”な設計して、私の最強の仲間たちに任せよう)


 外はまだ夜明け前。

 だがそのビルの中で、新しい時代の“輪”が確かに動き出していた。


 翌朝。東都リアルティの社員フロア。

 結衣はコーヒーカップ片手にデスクへ向かう。


「おはようございます、南野先輩! 今日のスーツもやっぱりきれいですね」


 芽衣が弾む声で駆け寄る。


「おはよう、芽衣ちゃん。昨日の資料、とても助かりました。ありがとう」


「ぜんぜん! あれくらい全然余裕です~。そうだ、今度またみんなでランチしません? 野間さんも誘って!」


「ああ、それなら……」


「お、南野さん、今日も朝から爽やかだね」


 野間がカップを片手に加わってくる。


 結衣はごく自然に二人の会話に入り、控えめに微笑む。


 ――だが、その表情の奥で。


 (千寿庵ECプロジェクトは第一弾商品案が十時まで、アイソライトAIは技術顧問配置の進捗70%、町工場×NPO連携は本日午後のオンライン会議がクリティカル。各部門からの夜間レポートによるとリスクは二箇所、ただ担当役員がすでにカバーに動いている。資金配分も午前中に修正案を…)


 会話をしながら、頭の中では同時に十以上のプロジェクトの進行状況と最適化フローが並列で回り続けている。


 職場の誰もそんなことを知る由もないが、本人の内側では、まるで高度なAIの演算システムのように“現実の未来設計図”がノンストップで更新されている。


 それでも――


「ランチ、いいですね。芽衣ちゃん、野間くん、またスケジュール決めておいて」


 ごく自然に“普通”を演じながら、人間的な温かさと、底知れぬ情報処理のスピードが同時に息づく。


 日常と異能、二つの顔を同時に持つ結衣の一日は、静かに、けれど絶えず動き続けていた。


***


 物語は静かに“今”へと戻る。


 バーチャル配信スタジオのきらびやかな照明が、画面いっぱいに光の輪を描く。


「今夜の配信は、“輪”の誕生うらばなしSP!」


 大型ディスプレイには、リアルタイムのコメントが流れ続ける。

「#AIオーナー説」「#資本主義の魔女」「#選別腹黒資本家」――

 ネットの噂と本音トークが熱を帯びている。


 アセットくんが、今日も元気にスタジオへ飛び出してきた。


「さてさて女帝様、今ネットでは“女帝はAIなんじゃないか”説が盛り上がってるよ。

 同時並列でプロジェクト回して雑談してるとか、“人間やめてる”都市伝説までテンプレ入り!」


 結衣はステージ上で涼しく微笑む。


「ネットの噂は面白いですね。でも、本当に私は特別なことはしていないつもりなんだけど」


 アセットくんは続けてツッコミ。


「“腹黒い資本家”説も定番だよ。“選ぶ”ってことは、結局役に立つところだけ拾ってるってまとめスレでもネタにされてるよ?」


 女帝様は少し肩をすくめ、堂々と応じる。


「当たり前のことじゃない?本当に未来を作れる仲間しか選ばなかった――

 例え腹黒と言われたとしても私はいつも同じことをすると思う」


 コメント欄がさらに沸騰する。


”AI説さらに加速”

”選別腹黒カッコよすぎ”

”腹黒で未来を選ぶ女帝”


 アセットくんがやや皮肉っぽく、でも敬意をにじませて頷く。


「情で全員救ってたら、”今”の形はなかった。

 結果がすべて。未来が上手く回るなら問題ないよね」


 女帝様はウインクしてまとめる。


「スタッフの皆さんのおかげで私は全体最適に集中できている。

 都市伝説も噂も、どこまで本当かはご想像にお任せします」


 バーチャル宮殿の夜――

 噂も現実もごちゃまぜにして、“今”の輪は次の未来へ回り続けていく。

この人は半分くらい人間じゃないのかなと思って書いています。

書き溜めがつきつつあります、

ニッチな内容だとはわかっていますが感想や評価などがあると大変うれしいです。

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