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第20話 夢と資本の境界を越えて――女帝様×大手V公式コラボ

「本日、21時から。ユニバーサル・ドリーマーズさんとコラボ配信をします。お時間がありましたら、ぜひ覗いてみてください」


 SNSはすぐに祭りの空気に変わる。

#ライトブルー宮殿 #資本主義と推し活の夜

 【開放祭】【現実上書き】【推しと資本と夢の夜】

 青字の住人やライブ2爺たちがあれこれ語り合い、スレッドは勢いよく伸びていく。


 「女帝様とUDがついに並ぶ夜」「現象そのものに乾杯」

 タイムラインもコメントも、夜に向けてどんどん熱を帯びていった。


――


 オフィスの夕方、静かなフロア。

 結衣が資料を片付けていると、野間がデスク越しに声をかけてくる。


「今日は早めに帰るの? “宮殿”の配信、見ます?」


「うん、急ぎの分だけ終わったら帰るつもり。野間くんは?」


「僕も今日は早めに上がろうかな。そういえば芽衣ちゃんが“今夜はリアタイしたいです!”って、朝からずっと楽しみにしてたよ」


「いいね。芽衣ちゃん、推し活だと本当に生き生きしてるし。後でちょっと声かけてみる」


「お願いします。今日は本当に仕事も集中してくれてたし、楽しみがあるって大事ですね」


「うん。芽衣ちゃんが笑ってると、なんだか元気になる」


 野間が軽く笑って続ける。


「南野さんも、たまには祭り気分でいいと思いますよ」


「ありがとう。賑やかなのは得意じゃないけど、盛り上がってる空気は好き」


「やっぱり南野さんらしいな」


――


 ライトブルーファンド本社の会議室では、夕方になってもスタッフたちの動きが途切れない。

 モニターには配信プラットフォームの管理画面、進捗を示すチャット、控室の映像がずらりと並ぶ。


「配信リレー、最終チェック入りました。現場の負荷分散も順調です」


 IT部門の真壁が落ち着いた声で報告する。


「リサさん、こっちはどう?」

「大丈夫です。追加のトラフィックも想定通り。もしもの時は切り替えプランもあります」


 水谷はマニュアル片手に即答し、淡々とタスクを積み上げていく。


 その様子を見守る村上は、スタッフ全体に声をかける。


「今日は想像以上にアクセスが来そうだけど、焦らず現場優先で。何かあればすぐ連絡ください」


 彼女の柔らかながらも要点を押さえた一言に、メンバーたちは次々と頷く。


 一方、結衣はガラス越しにチームの様子を見守っていた。

 自身のスマホにも、告知投稿への通知やリプライがひっきりなしに流れ込む。

 「推しと資本主義の夜、全力で参加します!」「夢の舞台をありがとう」――

 ファンの言葉が次々と浮かび上がる。


 そんななか、控室のドアがノックされる。


「南野さん、配信リハの最終確認入ります」


「はい、分かりました。お願いします」


 リハーサル用のブースに入ると、真壁が軽くうなずいた。


「今日も落ち着いてますね」


「いつも通りやるだけですから」


 モニターの隅で、村上が配信用SNSのトレンド状況をチェックしていた。


「さっきから“#宮殿で夢を見る夜”がトレンド入りしてます。皆さん期待してますよ」


「そうですか……ありがとうございます」


 結衣は静かに目を閉じ、短く深呼吸する。

 今日という日は、偶然でも、与えられたわけでもない。ここまで来たのは、自分とみんなが本気で積み上げてきた“現実”だ。


 リハを終え、スタッフたちに一通り声をかけると、


「本番、よろしくお願いします」


 と丁寧に頭を下げる。スタッフも緊張感と高揚感が入り混じった表情で、「こちらこそ、よろしくお願いします」と一斉に返した。


 本番の開始時刻が、静かに近づいていた。


***

 バーチャル宮殿のステージでは、女帝様とユニバーサル・ドリーマーズのVtuber――

 天ヶ瀬みやび、夜明ノア、燈坂レオンが華やかに並んでいる。


「改めまして今夜のスペシャルコラボ、皆さんどうぞよろしくお願いします!」


 みやびが礼儀正しくも笑顔で切り出し、和装の袖をふわりと振る。


「女帝様、ひとつだけ業界的な質問いいですか?」

「はい、どうぞ」

「結局――女帝様って企業Vですか? 個人Vですか?」


 ノアがすかさず乗る。


「どっちのタグでまとめればいいんですか?“公式”なのに“個人”って、どゆこと!?」


 レオンも首をかしげてみせる。


「ここまで本格的な企画、ふつう個人じゃ無理っすよ。でも会社公式にしては自由すぎるし…」


 会場はざわめき、コメント欄やSNSには無数の声があふれる。


 ”これ結局どっちなの!?”

 ”分類不能って新ジャンル?”

 ”#メタいメタい”

 ”確かに専業Vtuberじゃないよな”

 ”会社の金で遊ぶ個人V最強説”

 ”ガチでメタ過ぎて草”

 “お金持ちの道楽の最終形”

 ”女帝様の中の人=会社広報”

 ”ぜんぶ好きだからどっちでもいい”

 ”公式の顔して好き放題やりやがって”


 結衣は、少し困ったような顔で


「正直、私にもよくわからないんです。顔を隠してインタビューに出た後会社に帰ったら『ネットで評判になっていたので”顔と身体”創りました!』って技術部のトップが興奮しながら報告してきて、なんか無理させすぎておかしくなっちゃったのかと」


「私も“仕方なく”乗ったら、なぜか個人資産からもどんどん予算が出て……気がついたらなんかもうあっという間に準備が整えられてスタッフさんがどんどん盛り上がってくれて、このありさまです」


 と肩をすくめる。

 みやびが当惑しつつ


「え?会社のお金じゃないんですか?」


 ノアが手を大きく広げて


「意味わからん、今日だけは“概念V”タグで良いんじゃないですか? もう何でもアリだし!」


 レオンも笑いながら


「自由すぎてまとめ役も追いつかないっす…!」


 アセットくんが袖の端からぬっと登場し、ぽつりとつぶやく。


「女帝様、僕的には“メタV”で登録しておきますね」


 女帝様は苦笑い。


「どうまとめられても全然平気です。全部、楽しいので」


 SNSの声がまた波のように広がる。


 ”新ジャンルきた”

 ”#分類不能V”

 ”アンチも信者も大集合で草”

 ”とりあえず今夜は全員で夢を見ようぜ”


 賑やかな掛け合いとネットのざわめきに包まれて、楽しむ夜が続いていく。


***


 朝の社内には、昨日のコラボ配信の余韻が柔らかく漂っていた。

 「女帝様のコラボ、ニュースになってたな」「芽衣ちゃん、今日もハイテンションだね」

 そんな会話が飛び交うなか、芽衣はスマホ片手に結衣のもとへ。


「南野さん、昨日のコラボ本当にすごかったです!会社でもああいうプロジェクト、いつかやってみたいなって」


「うん、芽衣ちゃんなら絶対できるよ。やりたいって声に出してれば、ちゃんと仲間が集まるから」


「ありがとうございます!今日も頑張ります!」


 野間もコーヒー片手に「芽衣ちゃん、元気すごいな」と笑い、結衣も「ほんとに、見てるだけで元気もらえる」と返す。


 そんな明るい日常の裏で、結衣のスマホには次々とSNSの通知、取材依頼、事業提携の連絡が舞い込んでいた。


 ”大手Vすら個人資産で上回る”

 ”会社の金じゃなくて私財!?”

 ”女帝様、お財布バグってる”


 ネットも相変わらずの大騒ぎだ。

 結衣は自分のデスクに戻ると、ふと笑みがこぼれる。


 (正直、資金や規模じゃ負ける気はしない。大手Vのグループごと食おうと思えばできる。

 でも、それをやるつもりはない。たぶん、今が一番楽しいから――

 ……いや、本当は、自分が全部を買い集めたら、面白いものまで全部消えてしまう。

 業界は、多様で変なやつが入り乱れてるからこそ、次の“お祭り”が生まれる。

 巨大な傘の下で一色に染めてしまったら、つまらなくなるのは目に見えてる。

 だから私は、みんなが勝手に盛り上がる舞台を楽しみたいんだ。)


 そんな思考を巡らせていると、

 スマホが「家族グループ」の通知で震える。


 母のアイコン(桜並木で微笑む写真)から、


「昨日お魚のグラタン作ったから冷凍してあるの。週末に送るね」

「お茶請けに“○○軒”の和菓子も同梱しておくわ。リクエストある?」


 着物うさぎの“ほっと一息”スタンプつき。

 父(ゴルフ場でのんびり立つ写真)は


「朝晩は冷えるな。体冷やさないようにな」

「いいワイン届いたから今度持っていく」


 渋い“乾杯”スタンプもぽん。

 兄・拓真(愛犬を抱いた無表情ショット)は


「今朝ニュースで南野の名前見たって知人から連絡きた。無理せずやれ」

「今度帰ったら家族で飯な」


 結衣は画面を見て小さく息をつく。


「お母さん、グラタンと和菓子楽しみにしてるね。お父さん、ワインは週末に一緒に。お兄ちゃんも都合ついたら連絡して」


 母から「和菓子セットで送るね」スタンプ、

 父から「体調第一、無理しないように」

 兄から「了解」の短文、既読はいつも一番。


 (大きなことを仕掛けて、世間で名前が躍っても、家族のやりとりだけは、いつも通りで、ゆっくりで、穏やか。

 肩の力を抜いて“普通”に戻れる、私のホームだ)


 夢も資本も、ビジネスもお祭りも、ぜんぶ欲張って楽しみながら、この日常だけは絶対に手放さない。


 (さて、次はどんな遊びを仕掛けようかな)


 スマホをしまい、結衣は肩の力を抜いて、新しい一日をまた歩き出すのだった。

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