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第14話 ライトブルー宮殿、千の扉が開く夜

 ”女帝様、ルームツアーやって!”

 ”ソファどんなのか見たい!”


 いつもの配信のコメント欄は、“おうち見せて”の声でにぎやかだった。

 結衣はカメラ越しに苦笑いしながら、小さくウインクを送る。


「ごめんね、リアルの家は本当に秘密。でも、もしバーチャルで“宮殿”作ったら……案内しちゃうかも?」


 画面の向こうでは冗談のようなコメントが飛び交う。「宮殿w」「また壁紙替えただけでしょ」「女帝様ならやると言ったら本気でやる」。

 だが、その裏側では、ファンドIT部門の会議室が密やかな熱で満ちていた。


「今なら本気で“歩ける宮殿”作れます。うちの技術と資本、本気で組めば可能ですよ」

「背景CGでごまかすなんて、うちのプライドが許さない。やるなら全力で、ですよね?」


 年長のリーダーが静かにまとめる。


「本気でやろう。未来の資本家が作る夢の舞台、今だからこそ形にしよう。これは遊び心と“世界を動かす先行投資”の両立だ」


 企画は想像を超える速度で動き始める。「じゃあ、あとは頼むね」と結衣は笑顔で背中を押した。


***

 ライトブルー宮殿プロジェクトは、最初こそ“配信の冗談”だった。


 ホワイトボードの隅に誰かがふざけて描いた「歩ける宮殿」のスケッチ。


「女帝様、本気でやるって言いましたよ」

「いや、さすがに無理でしょ……」


 最初は半信半疑だったが、


「本気でやったら“リアルなマイクラ”になるんじゃないか」


 若手エンジニアのつぶやきが、静かに火をつけた。


「子供の頃、マイクラで夜更かししたよな」


「それが今、“本物”を作る側になってるって……正直、ワクワクする」


 会議室に響くキーボード音。


「うちの技術なら、どこまでも拡張できる。女帝様が“やれるだけやれ”って直々に――」


 そんな中、サーバー担当がノートPCを抱えて真顔で現れた。


「これ、次のステージの宮殿サーバーですが……、今回“ゼタフロップス級”のスパコン環境、うちのプロジェクト専用で回すことになりました」


 一瞬、場が静まり返る。


「は? ゼタフロップス? それ、国立研究機関の大規模シミュレーションとかのやつじゃ……」


「グループの空き枠全部まとめて融通してもらったそうです。“本気でやるなら世界一の計算力を”って、女帝様がひと言で通しました」


「マジで資本主義の暴力……!」


「でも、それなら、同時接続も超高精細モデルも現実にできる。リアルタイム経済シミュレーションも、宮殿内の物理演算も全部“本物”になるぞ」


「もうこれ、ただの開発じゃなくて現実世界のMMO運営だな」


 深夜の進行チャットも異様な盛り上がりを見せた。


『女帝様、サーバー側余裕で動いてます! 実験で同時接続数、世界記録抜けそうです!』

『マジか……これ、バグ出して止めたら歴史に名が残るやつ』


 テストリーダーが苦笑しつつ宣言する。


「さあ、今日はスパコンと戦う日だ!」


 プロトタイプのテストが進む開発フロアでは、

 「バグった! 天井に埋まった!」「重力壊れて宮殿が浮いた!」と、“リアルなゲーム実況”さながらの騒ぎ。

 だが皆の目はどこか少年のように輝いていた。


「小学生のころ作ったマイクラの城、今こうして本当に世界に見せられるんだな……」


 徹夜明け、エンジニアたちは大型モニターに映る“歩ける宮殿”とサーバー負荷グラフを眺める。


「女帝様の“やれるだけやれ”が、ついに世界記録レベルに……俺たち、どこまで行くんだろうな」


 緊張とワクワクが混じる、夜明け前のスタッフルーム。


「……まさかマイクラで育った世代が、こんな世界作るとは思わなかったよ」


 その瞬間、静かに“夢が現実になる”空気が、チーム全体に満ちていた。


***

 やがて、「ライトブルー宮殿」配信の日がやってくる。


「今日は特別な場所から……みんなを“宮殿”にご招待します!」


 画面に現れたのは、女帝アバターが歩く本気の3Dメタバース空間。

 大理石の回廊、きらめくシャンデリア、資本ホール、アセットくん像――現実さながらのスケールと美しさだった。

 コメント欄は一瞬静まり返り、そして爆発するように感嘆と興奮が流れ込む。


「……いや、誰がここまでやれって言った」

「本気でやれとは言ったが、限度があるだろw」

「バーチャル資本家の悪ノリ×技術力=社会現象ってこういうことか」


 SNSも「#ライトブルー宮殿」で埋め尽くされ、専門家も“もはや社会現象”と評するほどの熱狂だった。

 結衣はその熱気を静かに見守り、コーヒーをひとくち飲む。


(本気でやってよかった。冗談みたいな夢でも、本気の大人が集まれば“現実”にできる)


「ねえ、これが“資本家の夢の続き”だよ」


***


 バーチャル宮殿配信の夜が明け、世間がざわつく中――

 朝のオフィスも、いつもとは少し違う空気に包まれていた。


 営業部フロアの一角、資料やマグカップが並ぶ机の間で、数人の社員たちがバーチャル宮殿の話題で盛り上がっている。


「昨日の“女帝”配信、見た? バーチャル宮殿、まじで歩ける空間でさ……画面越しに鳥肌立ったよ」

「ああ、見た見た! “#ライトブルー宮殿”がずっとトレンド入りしてたし、ニュース番組で専門家まで出てきて解説してたな」


「しかもニュースで、“国内外のIT企業が協力”ってやってたけど、あれ、普通のバーチャル配信と全然レベル違うよな」


「俺も最初“メタバース”って言葉だけでピンと来なかったけど、なんか動きが異次元だった。モデルの数も同時参加も、リアルタイム処理も、既存の配信サービスと段違いじゃない?」


「うちの弟がそういうの好きなんだけど、『あれ、たぶん裏で業務用の大型エンジン動かしてる』って言ってた。普通の3Dチャットじゃ、あんなスムーズに動かないらしい」


「やっぱり本気で資本と技術つぎ込んだら、ああいう世界になるんだな……。夢がでかすぎる」


 他愛もない驚きと興奮が、普段は静かなオフィスの朝に不思議な熱気を残していた。


「SNSでも“もし一般開放されたら参加したい!”ってコメント、すごかったぞ。有名Vtuberも“いつか宮殿イベントでコラボしたい”って盛り上がってるし。世界がどんどん広がっていく感じだな」


 芽衣も興奮気味に加わる。


「本当に世界が広がる予感しかないですよね。推しも“次は自分も参加したい”って盛り上がってて……。もし一般ファンも入れる日が来たら、絶対応募します!」


 隣で静かにデスクワークをしていた結衣も、そんな芽衣に微笑みかける。


「本当に、すごい熱気だね。バーチャルでいろんな人が一緒になれたら、新しい出会いも増えるんだろうな」


 それだけ言うと、結衣はそっと視線を手元の資料に戻す。

 彼女の表情には、穏やかさと、どこか達観したような影が混じる。


「南野さんも……そういうの、興味あったりしません?」


 芽衣は期待に満ちたまなざしで問いかけたが、


「うーん、私はみんなほど詳しくないから……でも、いろんな人が夢中になる気持ちは分かるな」


 淡く微笑んで、結衣は会話を自然に受け流した。


 ――そのやりとりの向こうで、別のデスクの一群が冗談めかして盛り上がっていた。


「それにしても、女帝って“どこかの星の人”って感じだよな」


「現実に資産家でネットのカリスマで……バーチャルもリアルも支配してるみたいなもんだし。

 俺たちの人生、一生交わらなさそうな世界線だな」


「でもさ、いいとこのお嬢さんやボンボンって、案外どこかで大物と親戚だったりしない?」


「南野さんとか、前から実家太いって噂だったよな」


「うん、“ご令嬢”っぽいし、もしかしたら裏で業界の大物とかと知り合いだったりしてな!」


 みんなが冗談めかして笑うが、すぐさま「それはないって」「さすがに漫画じゃないんだから」とツッコミが入り、場が和んでいく。


「まあ、身近な人が裏でバズってたら漫画の世界だよな~」


 当の結衣は、その空気を柔らかく受け止めていた。

 自分の名前が出ると、無意識に姿勢を正す。けれども誰も彼女の「もうひとつの顔」に気づくはずもなく、ただ“地味で落ち着いた、ご令嬢タイプの先輩”として受け入れられている。


 昼休み、ランチルームにもざわめきが続く。


 カップを手に結衣は窓際に立ち、

 流れる雲とビル群の彼方、バーチャルで熱狂する世界と、静かな現実との狭間を感じていた。


 (どれだけ世界が騒いでも、私の毎日はこのまま。

 “誰にも気づかれない”という日常が、今は一番の幸せなんだと思う)


 午後になると、職場の熱気も次第に落ち着きを取り戻し、社員たちはまた現実の業務と締切に追われていく。

 結衣も、変わらぬ穏やかな表情でパソコンの画面に向かい、静かな日常に戻っていくのだった――。


***


 そして、その余波が落ち着く間もなく、さらなるニュースが舞い込む。


 【速報】

 「#ライトブルー宮殿」バーチャルワールド

 参加者1000人限定・一般開放決定――“夢の宮殿に、みんなで集まろう”


 女帝様自らのメッセージ動画も添えられた。


「現実のおうちのルームツアーはできないけど、この宮殿はみんなの夢が叶う場所にしたいと思います。

Vtuberさんも、ファンの皆さんも、一緒に新しい世界を体験しましょう」


 ネットは再び熱を帯び、「ここまでやるって誰が言ったw」「推しが本気で“世界”作った」と絶賛と困惑が交錯する。

 参加案内ページには3Dモデル・Live2D勢のサポート告知、公式チャンネルは「企業Vも個人Vも関係なし!」と熱気が渦巻いた。


 DMやタグ付きツイートが殺到し、現役企業Vtuberも堂々参戦。


 ”経済系Vですが、女帝様の宮殿でコラボ経済講座やりたいです!”

 ”弱小Vの私にも新しいファンができるかも……夢のステージ本当にありがとう!”


 結衣は穏やかに語る。


「この空間が“誰かの新しい夢の一歩”になってくれたら嬉しいです。

 3Dも2Dも関係なく、みんなで経済や暮らしの未来を“遊び”ながら考えたり、新しい“つながり”が生まれたら……それこそ資本家として最高の幸せです」


 宮殿内は“経済のフェスティバル”さながら。

 コラボ経済講座、交流会、投資シミュレーション、アセットくんMCの配信など、企業Vtuberも弱小Vも一般ファンも混ざり合う。


 ”推しも個人も公式も、みんな等しく輝ける空間”

 ”経済もエンタメも、ここで境界が消えた”

 ”女帝ファンドの宮殿、経済のディズ◯ーランド説”


 SNSの熱狂を背に、結衣はひとり静かに配信裏を見つめる。


(バーチャルの宮殿も、現実の社会も。

 壁を取り払って、誰もが“新しい自分”になれる場所を作れたなら――

 それが、私にできる一番の贈り物かもしれない)


 春の夜、ライトブルー宮殿の扉は、

 千の夢と希望を乗せて、未来へと開かれていくのだった。

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