第12話 自分だけの場所、自分だけの道――資本家の素顔と仮面
春も深まり、街の景色がどこか明るくなってきた頃。
南野結衣のもとには、さまざまな変化が訪れていた。
「南野結衣、推し活資本家モデルを牽引」
「女帝Vtuber、応援投資で社会に新旋風」
――ニュースの見出しは、現実とバーチャルが混じり合うこの時代の象徴だ。
最近はテレビや雑誌でも“女帝Vtuber=南野結衣”の姿が映し出され、「本名で資本家を名乗る令和のカリスマ」として彼女の名前もアバターの顔も全国区になってきた。
SNSのタイムラインには、
”推し活から投資家になった”
”ファンドに共感して参加できた”
”名前と顔が一致する資本家がこんなに透明感あるとは”
といった声があふれている一方で、
”投資ってやっぱりギャンブル”
”お金持ちばかり得をする世界なんじゃないの?”
批判やアンチの声も目立ってきた。
現実とバーチャル、その“顔”と“名前”が直結した時代。
資本家の責任とは何か――
そんな問いが結衣の心にも深く残る。
ある夜、家族が集まるリビングで、結衣は引っ越しを報告した。
「実は――引っ越すことにしたんだ。
警備員さんが24時間常駐してて、オートロックも何重にもなってる大型マンション。
思い切って4LDKにしたの。仕事部屋も配信用のスタジオ部屋も、生活スペースも全部分けられるし、セキュリティの観点でも一番安心できそうなところを選んだ」
母は驚きつつも安心した顔を見せる。
「そこまでしっかり準備してくれたなら、私たちも本当に安心できるわね。
一人暮らしは寂しくなるけど……あなたの決断なら応援するよ」
「警備員常駐の大型マンションなら、セキュリティ面でも文句なしだな。自分で調べて決めて、行動できるのは立派だ」
父も穏やかに声をかける。
「本格的すぎて驚いたけど……さすがは妹だな。スタジオ部屋まであるなんて、プロっぽいぞ」
どこか誇らしげに兄が笑う。
「ありがとう。みんなに何かあったらすぐ連絡してほしいし、私も困ったときはちゃんと頼る。でも、まずは自分ができることでみんなを守りたいと思ったんだ」
家族の優しさと決意を胸に、新生活の準備を進めていく。
週末。新しいマンションの契約と内覧を終えた結衣は、高層階の広い4LDKに足を踏み入れる。
制服姿の警備員が巡回し、エントランスには顔認証と二重オートロック、各階には防犯カメラ。
部屋の一つは書斎、もう一つは完全防音の配信用スタジオ。
他の二部屋はゲストルームと収納・予備室に。広いリビングとダイニングキッチンは明るく、窓の外には夜景が広がる。
「これなら、どんな活動にも集中できるし、家族や仲間が来ても大丈夫。何より、何かあったときの備えも万全。自分の居場所を守れる気がする」
結衣は新しい鍵を手のひらで握りしめた。
ファンド内部でも第三者監査や外部アドバイザー導入、情報開示の基準も強化され、「みんなの声を拾う」リアル&バーチャルイベントの準備も進めている。
「透明性って、本当に面倒だな。でも、私たち自身が“社会に認められる資本家”にならないと意味がない」
結衣はそう自分に言い聞かせる。
新生活が始まって数日。高層マンションのリビングに朝の光が差し込む。会社に新住所を届けた日から、また新たな波が訪れる。
昼休み、社員食堂で野間と芽衣が結衣を囲む。
「南野さん、引っ越したって本当? 『総務で高級レジデンスの申請書を見た』って言ってる人がいて…」
「え、あのタワマン? 芸能人も住んでるとこじゃん!」
「南野さん、まさか結婚…?」
「えっ、寿退社!?」
畳みかけるような質問に思わず箸が止まる。
「違う違う、特にそういう予定はないよ。ただちょっと一人暮らしの条件を厳しくしただけで…」
と苦笑いしながら返すと、野間が冗談めかして
「彼氏と同棲? 資産家のお嬢様説もあるな~」
「南野さんってプライベート全然話してくれないから謎なんですよね」「私たち、なんでも相談乗りますよ?」
みんな悪気はない。ただ、「新しい自分」が世間から切り離されていくような孤独も感じていた。
その夜、キッチンで紅茶を淹れていると母からLINEが届く。
「新しいお家、ちゃんと落ち着いた? 引っ越ししてから無理してない?」
「大丈夫、ちゃんと防犯も備えてるし、落ち着いてるよ」
と返しながら、家族を守るために選んだこの場所を、改めて自分の選択として受け止めた。
週末の女子会LINEもにぎやかだった。
「南野、ついに彼氏できたって噂流れてるよ!」
「まさかの電撃入籍…!?」
「いや、実は家柄がすごい説あるよね」
通知が鳴るたび、現実と虚構の境界がぼんやりにじむ。
新しい部屋で資料を広げ、配信ブースの防音扉を開ける。夜景を眺めながら「自分だけの場所」がくれる落ち着きと誇りをかみしめる。
「結婚しない人生は寂しいのか。でも私は、家族を守るためにここに来た。自分の選択をしている」と静かに思う。
配信の日、女帝Vtuber=南野結衣としてファンと投資家に語りかける。
「実は、少し前に新しい家に引っ越しました。最近“結婚ですか?”“誰かと一緒ですか?”とよくコメントをいただきますが、今は“自分の場所”を持つことにしたんです。いろんな幸せの形がある時代。誰かと一緒にいる幸せも素敵だし、一人で守るべきもののために頑張る日々も、私はすごく大事だと思っています」
配信での発表は引っ越しから十分時間が経った“事後報告”として行っている。
ファンからは「一人暮らしって自立の象徴だよね」「結婚しない人生もアリ!」「自分の幸せは自分で選びたい」と共感のコメントがあふれる。
アセットくんが画面で元気に跳ね回る。「みんなも“自分の道”を選べる時代だよ! 今度、ちょっとだけ部屋を紹介しちゃうかも!」
会社の休憩スペースでも、結婚や同棲の話題は続く。「南野さん、実は有名人だったりして」「副業でバズってるとか?」
結衣は微笑んで、「普通の会社員ですよ」と流す。だが「本当に素顔をさらけ出せる相手は、まだ限られているのかもしれない」とも思っていた。
ある夜、高級マンションの共用ラウンジで、同年代の住人と「ここ、静かで落ち着くよね」「自分で選んだ場所が一番安心できる」と他愛もない話。
「この場所から新しい出会いや未来が少しずつ広がっていくのかもしれない」そんな予感もあった。
夜景のきらめくリビングで静かに紅茶を口にする。「現実の顔も、バーチャルの顔も、どんな選択も――全部、私の約束。」
“結婚”という言葉の外側にある“自分の幸せ”も、これからも大切にしていこう。
明日もまた、新しい自分と向き合いながら、結衣は前を向いて歩き出した。
***
一人で暮らす日々にも慣れ、リビングの隅の配信ブースでパソコンを起動する手つきにも、リズムが出てきた。
会社での噂は日に日に過熱する。「南野さん、実は資産家の令嬢らしい」「結婚じゃないらしいよ、副業でバズってるんだって」「いや、あのタワマン住みは芸能界関係かも」
同期や後輩の軽口を受け流しながらも、「素顔バレ」への不安と孤独を感じていた。
一方で、バーチャルの世界では新たなつながりが生まれていた。
女帝Vtuberとしての活動は、現役弁護士Vtuber、税理士Vtuber、カウンセラーVtuber、理系研究者Vtuber、アイドル系やお笑い系、個人系配信者まで幅広い。
彼女のDMやコラボを通じ、驚くほど多様な相談が舞い込む。
”機材が壊れて新しいのが買えません。副業だけじゃ生活も不安です”
”初めて確定申告をするんですが、何から始めていいかわからなくて……”
”アンチコメントでメンタルが持ちません。配信続ける意味ってあるんでしょうか”
”事務所を辞めた後、個人勢でやっていく方法、教えてほしいです”
冗談や軽い話も多いが、切実な現実と悩みがあることも結衣はよく知っている。
「真面目にやるなら相談のるよ?」
そんな一言をSNSでつぶやいた日、DMは一気に増えた。
本気で頑張る仲間を助けたい――その想いは、自然と「資本家」としての責任と重なる。
一人で悩むVtuberや配信者たちに、結衣は丁寧に返答しはじめた。
資産形成や生活防衛、夢を守るための予算管理。
「お金だけじゃなく、応援してくれるファンや仲間との関係も大切に」
「困ったらプロの手を借りる勇気も持って」
――どんなアドバイスも、その人の未来を本気で考えて送った。
その輪はどんどん広がっていく。
「もし法律で困ったら、信頼できる弁護士さんを紹介できるよ」
「税金や契約は税理士さんに聞くのが一番だけど税務署でも教えてもらえるよ」
「配信やSNSで疲れたら、カウンセラーVtuberさんのグループが相談に乗ってくれるはず」
「医療や健康系のアドバイスも、うちの仲間でシェアしてるから気軽に言ってね」
“相談の窓口”や“つなぎ役”となり、業界を横断した専門家コミュニティが静かに生まれていく。
匿名チャットや限定通話で「バーチャル相談会」や「駆け込み配信者ホットライン」も開催。
小さな悩みも大きな問題も、「ひとりで抱え込まない世界」を目指し、みんなで支え合う。
そんな日々のなか、印象に残る相談があった。
「地方で子育てしながらVtuberやってます。夢はあるけど、現実は生活ギリギリ。投げ銭や収益化だけに頼らず、どうやって家計を守ったらいいでしょうか」
結衣は画面の向こうで静かに考える。「日々の暮らしを少しずつ良くしていく力」を伝えるべきだと。
「小さくてもいい、自分のペースで“守りの資産”を作って。急がなくていい。あなたの夢も生活も、ちゃんと両立できる道はある。私も仲間も応援するから一緒に考えていこう」
その返事に「涙が出ました」と返ってくる。
バーチャルなつながりだけど、画面の奥の“誰か”に、ほんの少しでも光が届いたなら――それは結衣にとって、かけがえのないやりがいだった。
専門職Vtuberの仲間もまた、結衣にとって「もうひとつの家族」のような存在になりつつある。
「いつかみんなでバーチャル相談所を開こうよ」
「個人勢でも安心して活動できる世の中にしたいね」
そんな夢も自然と語り合うようになった。
アイドル系やお笑い系、エンタメ勢とのコラボも増え、「経済のお姉さん」としてバラエティ配信に呼ばれたり、推し活ガチ勢ファン層から「資産運用の講座もっとやって!」とリクエストされることも。
専門知識や支援のネットワークをエンタメの明るさとつながりで包み込み、女帝Vtuberとして自分が“業界の架け橋”になっていく。
夜、リビングの大きな窓から街を見下ろす。会社でも、配信でも、家族にも、「素顔」と「仮面」のあいだで揺れながら、自分にできることが少しずつ広がっているのを実感する。
「お金も、知恵も、仲間も。誰かが“夢を諦めないための支点”になれるなら――私はこの道を進みたい」
新しい仲間と相談会の予定を立てながら、結衣は小さく笑った。
バーチャルと現実、両方の世界で“誰かの役に立つ自分”を誇らしく感じていた。