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第11話 虚像と現実の境界――“女帝様”が市民権を得た?

 昼休み、オフィスの広いランチスペース。窓際の長テーブルには、同期や後輩たちが持ち寄ったコンビニ弁当とサラダ、紙コップのコーヒーが並び、ひときわにぎやかな笑い声が響いていた。


 その輪の外、結衣はひとり離れた端の席で、パソコンを開きながら食事をとっていた。

 ノートの脇に置かれたスマートフォンには、新着のSNS通知が途切れることなく届く。

 ――けれど今は“会社の南野さん”として、ごく普通の昼休みを過ごすことだけに集中する。


「ねえ、昨日のVtuber配信、観た?」

「配信後のSNSもすごかったよ。“会社のトップがVTuber”とか、経済誌まで特集してたし」


 一人の女性社員が画面を見せながら盛り上がっている。


「しかもさ、うちの社にも“南野結衣”っているんだよねって話で。」


 同期らしい社員が笑いながら、「本人だったら逆に怖いわ!」と突っ込むと、同僚たちも一斉に「絶対ないない!」と大騒ぎ。


「そもそもうちの南野さん、地味でしっかり者って感じで、あの女帝様みたいなギラギラ感ゼロだし」


「うんうん。女帝様はカリスマって感じだけど、南野さんは“癒し枠”だよね。推しのタイプが違うっていうか」


「本名がわかったっていっても、実際に同じ名前の人なんて山ほどいるし」

「ネットの“顔”とリアルの“顔”は別物って、今の子はみんな思ってるよね」


 結衣は会話の輪には加わらず、静かに微笑みながら自分のランチに戻った。その手のひらの内側には、ほんの少しだけ汗をかいている。


***


 配信前の画面に現れるのは、青髪の女帝Vtuber――南野結衣。だが実際の結衣本人は裏方として、AIボイスとスタッフの連携で“本物以上”の存在感を演出していた。


 配信本番直前の夜。ファンドの新しい会議室には、ノートパソコンや大型モニター、AI解析用のサーバーラックが並び、オペレーターやスタッフたちがキーボードを素早く叩いていた。


「今日の配信は“株主総会大喜利”がテーマ。コメント監視AI、ネガティブワードは即時フィルターでお願いします」

「女帝様のボイス、3パターン切り替えで。教育トーンとエンタメ寄せ、AI側も臨機応変に頼む」

「アセットくんのモーション、チャット盛り上がったら“ジャンプ&拍手”自動演出発動で!」


 スタッフ同士の緊張感あるやりとりが続く。配信チームのリーダーが指示を出し、結衣もその一角でイヤホン越しに状況をモニターしている。


「AI変換ボイス、微妙に遅延出てるけど大丈夫?」

「問題ありません、予備回線つなぎました」

「アセットくんの掛け合いタイミングは…OK!視聴者のコメント流れも良好」


 配信直前、結衣はスタッフ一人一人に目を合わせる。「今日も“本物以上”のリアル感、お願いします」

 誰かが「お任せください、女帝様は私たちのスターですから」と冗談交じりに返し、室内に小さな笑いが起きる。


 そしてカウントダウン――


 “3、2、1――配信スタート!”


 大きなモニターに、青髪の女帝Vtuberが現れる。スタッフたちの手とAIの連携が、リアルタイムで“本物以上”の臨場感を作り上げていく。

 コメント欄が爆発的に流れ、会議室の緊張も最高潮になる。


 結衣はその様子を見つめながら、(この顔も、この舞台も、決してひとりで成り立っているわけじゃない――)と実感していた。

 プロフェッショナルなスタッフとAI、そして自分の“二つの顔”が共鳴し合い、一夜限りの“奇跡”を作り出している。


 配信は始まったばかり。裏方の現場にもまた、“資本家の推し活”の熱気が、確かに息づいていた。

 その隣で、ライトブルー色のまん丸キャラ・アセットくんがのびのびと座り、コメント欄をにぎわせる。


「今日の特集テーマは“Vtuber業界と投資家目線”です!みんな盛り上がってる?」


 アセットくんが元気にタイトルコール。女帝Vtuberは少し真面目な表情で語り始める。


「バーチャルYouTuberは、キャラクターそのものが“タレント”となり、演者もデザインも時に流動的。芸能事務所タレントと違って、“IP資産”としての強さが投資家にも注目されています」


 画面には華やかな図解が表示され、アセットくんは楽しそうに「キャラ推しも分散投資だよ!」とおどけてみせる。すると配信の話題はさらに広がっていく。


「最近は、Vtuber業界だけじゃなくて、なんと上場企業の株主総会まで“オンライン限定・メンバーシップ配信”に移行してるケースもあるんだよ」


 アセットくんの一言に、コメント欄もざわめく。


 ”マジで!? 株主総会までサブスク時代か”

 ”うちの社長、今度の総会もメンバー限定でVtuber配信するとか言い出したぞw”

 ”会社の株主総会、ガチで投げ銭システム導入したら笑うしかない”


 結衣もユーモアを込めて返す。


「私たちも“ライトブルーファンド株主総会”をバーチャルでやったらどうなるんでしょうね。アセットくんと一緒に“限定スタンプ”で承認・否認とか、チャットで拍手とか……」


 アセットくんが両手を上げて大げさに反応する。


「株主総会って、本来は大人の世界のはずなのに、ぼくが“承認のハンコ”持って登場したら、一気にキッズパーティーみたいになっちゃうよ!」


 配信はだんだん“未来の総会大喜利”となってきた。


“アセットくん承認スタンプほしい”

”社長がかわいい音声合成で答弁したらクレーム入れにくそうw”

"リアル株主がバ美肉アバターで登壇する未来は…ありだな”


 と、コメントが止まらない。


 結衣は真剣な眼差しで語る。


「けれど、資本主義も社会もどんどんデジタルで透明化され、誰でも参加しやすくなっている――それは本当に良い時代だと思います。“会社のリアル総会に私たちがそのまま出る”って言われたら、ちょっとソワソワしちゃいますけど……バーチャルならどこか“勇気”も出ますよね」


 配信の後半は投資教育に戻り、「このチャンネルではリアルタイムで個別株推奨や“これ買っとけ!”は絶対にやりません」と強調。教育目的・法令順守・投資は自己判断――とテロップも流れる。アナリストや法務担当も登場し、失敗談のエピソードが重ねられた。


「これからは“参加型経営”“オープンな情報発信”がどんどん普通になる。誰もが“資本家の目線”を持てる時代が来ている」と力説され、ネットの反応も賑やかだ。


”バーチャル限定総会、うちもやってほしい”

”アセットくんの拍手スタンプで経営方針決める時代が来るぞ”


 週末の経済教育フェスでは、女帝Vtuberとアセットくんがバーチャル出演し、「総会はみんなで楽しく!でも議題はシビアに!」と冗談めかして語る。アセットくんが「決算説明も“分散投資クイズ”にしちゃえば全員寝ない!」と張り切れば、女帝Vtuberも「本当にこの世界、どこまで冗談が現実になるか分からなくなってきました」と苦笑する。会場とネットには、いつもの何倍もの“いいね”があふれていた。


***


 一方、ネットの世界では“Vtuberの顔”と“本名”の関係がさらに別の盛り上がりを見せていた。


《南野結衣って本名で公式やってるのになんだか中の人とイメージが一致しないのって現代っぽいよな》

《リアルの顔は誰も知らないのに、みんな“青髪アバターの女帝様”で認識しちゃうもんな》

《名前はガチ本名、でも“顔”は女帝のバーチャルアバター。その組み合わせが“現代資本家”なの、なんか不思議》

《現実に南野結衣は存在するはずなのに、バーチャルの世界だとあぁ、あの人ねって青髪モザイクアバターにイメージが集約されてるのおもしろい》


 本人の素顔は世間には知られていないが、“南野結衣”という本名と女帝Vtuberアバターの顔は、今や金融・経済メディアでも社会的に“直結”して認知されていた。

 ニュース番組でも解説者が「リアルの顔も声も公開されていないのに、法人代表も金融商品取引業者も“南野結衣”という本名。そして画面にはバーチャルの“青髪アバター”。なんともいえない人物像なんですね」と笑い交じりに語る。


 ライトブルーファンドの公式サイトには金融商品取引業者の登録を行ったことが明記され、メンバーシップ限定で女帝Vtuberのアバター――“青髪の顔”から直接投資報告を聞ける権利を手にすることになった。

 メンバー限定配信の当日、画面に登場するのは現実の南野結衣の素顔ではなく、“青髪アバター”の女帝Vtuberだ。


 チャット欄は一気にヒートアップする。


”推しアバターの顔で投資説明って、時代来たな”

”本名公開はガチなのに、顔はアバターなの好き”

”推しリターン>配当リターン!”

”リアル顔は謎だけど、“会社の顔”がバーチャル公認になったの面白い”


 女帝Vtuberは落ち着いた声で語る。


「みなさんのおかげで、ライトブルーファンドは今期も順調です。リスクもきちんと説明しますので、ご自身の判断で無理のない投資を。推し活も資産形成も、健全に楽しく――」


 アセットくんも画面に登場して元気に盛り上げる。


「これからは“推し活投資”が主流だよ! 会社の顔だって、バーチャルでOKの時代だね!」


***


 その夜、自宅のPC画面をぼんやり眺めながら、配信アーカイブに流れるコメントを、静かに見つめていた。


 窓の外には春の夜風。“素顔”の自分も、“バーチャルの顔”も、どちらも南野結衣。顔の意味が多重化したこの時代に、「本名だからしょうがない」とネットで冗談めかして流れるその言葉を、少しだけ誇らしい気持ちで受け止める。


 どんな形でも、誰かの未来の力になれるなら――。

 ライトブルーファンドの新しい物語は、今日もまた、世界と未来をつなげていく。

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