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ライトブルーファンド~億り人がVTuberでやり過ぎる  作者: 桐谷アキラ
静かなる成り上がり――“普通”の隣に生まれる伝説
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第10話 資本の奔流とモザイク女帝

 2023年春。AIブームの只中で、世界の株式市場はかつてない熱狂に包まれていた。

 南野結衣の運営するライトブルーファンドも、その波の真っ只中にあった。だが、そのスケールと異質さは、どこまでも“個人ファンド”の範疇を逸脱していた。


「NVDAが連日高値更新、SMCIも信じられないスピードで上昇しています」


 アナリストがPCの画面を指さす。


「米国AI関連、AIサーバ・クラウドの全体が加熱しっぱなし。AIテーマに全力で賭けた我々のポートフォリオ、もう利益率が常識外です」


 財務担当も、現実感のない数字を口にした。


「今朝時点で、純資産は1000億円超。この短期間で個人がここまで資産を膨らませるなんて、日本はもちろん、世界でもまず見ない規模です」


 PR担当が、静かにディスプレイのネットニュースを示した。


「……ここまで来ると、SNSやまとめサイトの盛り上がり方も異常です」


 ノートPCの画面には、「個人投資家が“AIバブル”で1000億円突破か?」「ライトブルーファンド伝説」といった見出しが次々と並んでいた。


 スレッドの一つを結衣がクリックする。


「これ、機関投資家やヘッジファンドじゃなくて“個人”ってマジ?」

「日本のヤバい億り人、ついに桁が違いすぎて草」

「絶対どこかの財閥か外資のフロントじゃないの?」

「AIブームの神……何者だよ」

「女の名前だけど本当か?チーム制?それとも実はAIだったりしてw」

「ここから世界取るつもりだろw 伝説作りすぎだろ」


 PR担当が、半分呆れたように苦笑する。


「すごいですね……もはや都市伝説化してます」


 アナリストが肩をすくめる。


「でも、ネットの“夢”や“憧れ”も全部一人で背負ってる感じだな」


 財務担当も頷いた。


「羨望と陰謀論と賞賛と嫉妬と……全部が入り交じってますね」


 結衣は静かに画面を閉じた。


「たしかに機関投資家ならこの数字も珍しくはない。でも“個人”でここまで来るのは、異常で、ある意味、孤独でもある」


「だからこそ、見せてやりたい。個人の資本が社会を変えられるということを」


 会議室の空気が一段と引き締まる。AI関連株はまさに“青天井”のように上昇し、ファンドの資産は膨張し続けていた。


 PR担当がぽつりと言う。


「AIセクターの資本流入、世界中の機関投資家が動いていますが――それを“個人”がこの規模で制覇している事実こそ、ネットも経済誌も熱狂してる理由でしょう」


 結衣はほんの少し笑い、


「この自由と重圧――どちらも個人ファンドだから味わえることかもね」と呟いた。


 夜、ひとりオフィスを出ると、春の空気はいつもより生ぬるかった。

 この数年、ミーム株の奇跡で得た350億円が、AIバブルという時代の大波に乗り、あっという間に「個人の限界」を超えていく。そのすべてが、結衣ひとりに集約されている現実。


 SNSでは一夜にして“現代の錬金術師”などと祭り上げられ、金融フォーラムでは「新時代の個人資本主義」「資本の民主化」などの議論も巻き起こっていた。

 一方で、「AIファンドは国家レベルのマネーロンダリング」「実は外資の隠れ蓑」など陰謀論も後を絶たなかった。


 結衣はスマホで“自分”のまとめ記事を眺め、苦笑する。


「面白がられても、疑われても、どうせこの資本は隠しようがない。だったら真正面から“使い方”で勝負するしかない」


 翌朝、ファンドチームのミーティング。

 PR担当が最新のスクラップを配る。


「国内外のメディアで“ライトブルーファンド=個人資本家の象徴”と連日特集されています」


アナリストが真剣な目で言う。


「誰もが、個人ファンドがここまで社会を動かせると思っていなかった。……けど、いま私たちの資本が本当に“現場の風”を変え始めてます」


 財務担当が問いかける。


「次はどう動きますか?」


 結衣は、夜明けの窓から差し込む光を見つめながら、静かに答えた。


「この1000億――“個人”で持つ資本だからこそ、どこの組織にもできない形で、社会や現場に“新しい追い風”を起こす。その一手を、次は見せよう」


 その決意の先にあるもの――

 “個人資本家”としての歓喜と責任、そして、社会の本流に正面から挑む新しい物語の始まりだった。


 春の昼下がり、オフィスのフリーアドレス席。

 いつも通り淡々と仕事をこなしているはずなのに、なぜか空気がざわついている。

 隣の席で、後輩がタブレット画面を覗き込んで歓声を上げる。


「これ見てよ、“モザイク女帝”のインタビュー! 全身モザイク・声変換なのに“南野結衣”って本名出てるんだよ?!」


「ネットのネタにしか見えないw」「逆に伝説級でしょ」「素顔ゼロなのに名前丸出しは新しいわ」

「登記もIRも全部そのまま出てるって、どこまで潔いんだろ」


 動画は、会議室らしき背景に全身モザイク、声は電子加工で性別も年齢も判別不能。

 テロップだけは「南野結衣(ライトブルーファンド代表)」と堂々表示されている。


 インタビュー内容も、ネット民の妄想と現実感の絶妙な狭間を突いていた。


「もともと自分と家族の資産を管理していただけです。大きな組織の代表として社会に出るつもりはありませんでした。プライバシーと安全を守るため顔や私生活の詳細は出していません。名前やオフィスの所在地は公開情報ですが、それ以外は完全非公開です」


「今後は社会的説明責任も求められるのでは?」


「……どうしていくか自分でも決めきれていません。ここまで組織が大きくなって注目されるとは思わなかったので。ただ、大きな資本を動かす以上、社会的責任も無視できないのは確かです。より開かれた形で社会に資本を還元することも必要かもしれません。今は模索中です」


 動画が公開されるや、ネットは一瞬でお祭り状態に突入した。


「匿名のくせに名前はそのまんまなの草」

「顔も声もゼロで“南野結衣”名義とかギャグかよw」

「女帝モザイクで伝説入り」「正体不明すぎて逆に夢ある」

「pixivで女帝化イラスト量産中」

「コラ画像、AIイラスト、全部“青×モザイク”が基本で流行ってるの草」

「次はVtuber化待ったなし」

「本名系資本家=都市伝説の時代、来たな」


 SNSでは「モザイク女帝」イラスト投稿が爆増、pixivには一夜で数百件のファンアートが並び、

 まとめサイトや掲示板は「南野結衣Vtuber化希望」「二次元化してほしい資本家ランキング」などで持ち切りとなった。


 YouTubeには「南野結衣イメージAIイラストメイキング」「Vtuberモデル予想動画」まで上がり、

 Twitterでは「#モザイク女帝」「#南野結衣推し」「#匿名資本家が二次元化」などがトレンド上位を独占した。


***


 翌日の昼休み、社内カフェスペース。


「昨日のインタビュー見た? “匿名って言ってるけど、南野結衣”ってそのまま本名なんでしょ。なんか逆にかっこいいわ」


「pixivで“女帝化”してるやつ見た? あの青と白のマント姿とか完全に二次元で、ちょっと真似したいくらい可愛い(笑)」


「これ、うちの会社の南野さんにも、一回あの格好で会議に出てほしいよな~」


「さすがにあの格好の人が会議にいたら笑わないで耐える自信ないよ」


 周囲が茶化し半分で盛り上がる。

 結衣は「リアルでやったら怒られるって(笑)」と苦笑いで返し、

 「ネットはネット、現実は現実」と軽く受け流すが、内心では“このまま拡散しすぎると怖いかも……”という複雑な気持ちがわいていた。


「でも南野さん、次の会社イベントでその格好どうです? 絶対バズるって!」


「無理無理、私は地味なスーツが一番落ち着きます!」


 笑いながら、みんなでスマホを見せ合い、社内のノリはどこまでもゆるく、そして日常的だった。


 その日の夜、ファンド専属のITメンバーがSlackにドヤ顔で投稿した。


「世間が盛り上がってるから作ってみました!

“南野結衣・モザイク女帝Vtuberモデル”、AIボイス&リアルタイム表情変化つき!」


 貼られている動画には、青と白のセーラースタイル+マント、軽やかに揺れるモザイクエフェクト。

 AI合成音声で「こんにちは、ライトブルーファンドの南野です」と流暢にしゃべり、ウィンクや手振りまで完璧。


 運用チームのチャットも大騒ぎ。


「これはガチでプロの仕事」

「本物より可愛いぞ」

「このまま公式キャラで推していきましょう!」


「スタンプにもなってるし、ファンド広報部も“バーチャル南野さん”で売り出す案に前向きらしい」


「動画配信イベントやれば絶対バズる! 新卒採用もVtuberでいこう!」


 チャット欄は“Vtuber南野”のGIFやコラ画像で溢れかえり、みんなが自由に「次のバージョンこれで」「必殺技追加しよう」など大盛り上がり。


 その夜、自宅でSlackを開いた結衣は、画面いっぱいのVtuberモデルと、賑やかすぎるチャットに絶句した。


「……本当に私が元ネタなの? どこまで時代の先を行ってるの…」


 “二つの顔”どころか“三つ目の顔”までできてしまった現実に、困惑と戸惑い、ほんの少しのくすぐったさ、そして“これが現代社会の匿名資本家ってことか”という妙な納得。


 翌朝、出社すると、職場の誰かが「そういえば、昨日Vtuber版の南野結衣、見た?」と冗談交じりに話していた。


「もうリアルも二次元もSNSもごちゃ混ぜだね」

「実は本人がうちにいたりして…?」


 結衣は「まさか~」と笑い、“本名がバレていじられ、ネットと現実とバーチャルで“分身”が増え続ける”――

 そんな不可思議な現実を、少しだけ楽しんでみようかと思った。

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