最初の登頂者
山について知識がないので、間違っている部分があるかもしれませんが、楽しんで読んでくれれば嬉しいです。
辛い。
今の気分を一言で現すと、真っ先にこの言葉が浮かんでくる。
けれども、その次に来るのは、「嬉しい」という言葉だ。
烈は重装備で、つんけんした山肌を登っていた。縦から横から、石つぶてのような雪が、吹き荒れる風に乗って烈に当たる。
「あと少しで頂上だ」
先をリードしていた先輩が言う。その声は期待に満ちていて、やっと終わる、という石が読み取れる。
その声を聞き、烈の心は深く沈んでいく。心が沈んだ所は、酷く濁っていて、しかし、不釣り合いな程綺麗な光が満ちている。それは、通常の人にはあってはならないモノだと、烈は理解している。
理解しているからこそ、心の声を素直に聞く。
烈はピッケルを持つ手に力を込め、腕を振り上げる。
目の前を歩いている先輩に恨みはない。むしろ、自分の夢が叶うのは彼がいたからこそだ。いや、利用させてもらった。
けれども、この夢は自分一人の為の夢である。
「先輩は邪魔だ」
烈は振り上げたピッケルを彼の脳天に突き刺す。
先輩は、ただ前のめりに倒れただけだ。
声を出したのかもしれないが、吹雪の中では聞けるはずもない。
夢を叶えることが出来るのは彼のおかげなので、最後の声ぐらい聞こう、と思って先輩をひっくり返す。多少、苦労したけれど、なんとか仰向けに出来た。
「これじゃ聞けないな」
先輩は、はたと見て分かる程に絶命していた。血が止まったことにより、熱を失った顔は青くなっている。
見ている間にも、その上に雪が積もっていく。
烈は最後の声を聞くのを諦めて、自分の夢を叶える為に頂上を目指す。
誰も足を踏み入れていない山に一番最初に登頂する。
それは、一人でなきゃ駄目なのだ。
最初の名誉を独り占めする。
これは、子供の頃からの夢だ。何故、この様な夢を抱いたのか忘れてしまった。テレビか本で山に登る人を見て憧れたのか。それとも、最初の一人、というのになりたくて、山を選んだのか。
けれども、今の時代には未開の山などそうそうない。
夢を諦めかけた時、未登頂の山が見つかった。
それが、今登っている山だ。
だれもがこの未開の山に登っているが、ここまでこれたのは自分達だけだ。他の者は、途中のクレバスや雪崩で登頂を諦めている。
これは神が自分に与えたチャンスだと、烈は感じている。
子供の頃から願い続け、祈っていた自分に、神が奇跡を起こしたのだと。
だから、ためらいなく先輩を殺せた。
自分の心の底を照らしているのは、神なのだ。
「……登った。登りきった」
山の頂上に、烈は立っている。
周りには登るための地面がなく、空中があるだけだ。
胸の底の光が、体の中を埋めていく。
幸せ。
今の気分を一言で表すのなら、これだ。
登ってきた方を見ると、すでに辺り一面真っ白になっていて、先輩の体は雪で埋まっている。
ありがとう、と心の中で感謝の言葉を告げる。
「……?」
ふと、地面に白に馴染まない色があった。その物体は、半分が雪で埋まっている。吹雪で雪が積もると、吹雪が雪をどけていく。そうして、馴染まない色は顔を出している。
手に取ると、指すような冷たさが手袋越しに伝わってくる。
その冷気が、体の中の光を凍らした。
物体は、あっけなく抜けた。
そして、それを見て、体を満たしていた光が、黒く染まる。
「鉄の……剣……?」
明らかに、人工物であった。鉄を加工して作ってある剣。
人工物があるということは、ここに人が来たことあるということだ。
それが、いつのことか分からない。けれど、自分が初めての登頂者でないと分かる。
「先輩を殺して……ここに来たのに……」
神だと思っていたものは、悪魔だった。
その後、彼の名前は新聞やテレビを賑わすことになる。
歴史の遺物を発見し、人を殺した人物として。
そして、彼の名前の前には「最初」という言葉が飾られていた。
最初に遺物を発見し、謎多き山で最初に人を殺した人物として。
おわり