八
離島警察署。
0445時。
駐在所の木村巡査部長は、非常用無線機を何度も確認していた。通常の警察無線は完全に使用不能。携帯電話の通信も著しく不安定になっている。
「木村さん!」
背後から声がかかり、振り返る。漁協組合長の古谷だった。
「港に不審な動きが」
木村は瞬時に判断する。通信が遮断された今、情報収集と住民の安全確保が最優先だった。
「古谷さん、漁協の無線は?」
「だめだ。あちらも妨害されている」古谷の声に焦りが混じる。「でも、漁師たちが目撃している。小型ボートが接近してきているって」
木村はため息をつく。27年の離島勤務で、こんな事態は初めてだった。
「避難の準備を」
***
陸上自衛隊第15旅団指令室。
0450時。
「第一波、輸送機に搭乗完了」
指令室には、緊張が満ちていた。離島への展開命令が下されてから、わずか15分。部隊は驚異的な速さで対応を開始していた。
「気象条件は?」旅団長の織田が問う。
「風速8メートル、視界良好」参謀が報告。「航空運用に支障なし」
しかし、問題は別にあった。
「離島の現状は?」
「通信が遮断されています」参謀が続ける。「警察署との直接連絡は取れず。最後の通信では、港付近に不審な動きが報告されました」
織田は地図を見つめる。港から警察署、そして戦略的に重要な高台まで。相手の動きを予測しようとしているかのように。
「第一波の主目標は?」
「警察署との合流、および高台の確保です」
織田は黙って頷いた。
***
技術研究本部、第三実験室。
0455時。
「新たな通信パターンを検出」田村美咲の声が響く。「海底装置が...待って、これは...」
画面上のデータが急激に変化する。
「不審船との通信が活発化」システムエンジニアが報告。「まるで...何かの開始を告げるシグナルのような...」
佐々木課長が前に進み出る。「解読は?」
「断片的ですが」田村の指がキーボードを叩く。「"開始"という意味の暗号と、時刻らしき数値を検出。それと...」
彼女の声が途切れる。
「何か?」
「小型ボートの位置情報。そして...」彼女は息を呑む。「目標地点の座標」
***
離島警察署。
0500時。
木村は双眼鏡を下ろした。港の周辺で、確かに人影が動いていた。全員が黒い作業服のような服装。そして、何かの機材を運んでいる。
「木村さん」古谷が懸念を込めた声で言う。「あいつら、漁協の倉庫に向かっているみたいだ」
その時、遠くでエンジン音が響いた。
木村は空を見上げる。輸送機の轟音。自衛隊の到着を告げる音だ。
しかし同時に、港の方からも新たな音が聞こえ始めていた。
小型船舶のエンジン音。そして、複数の人間の声。彼らも、また、何かの開始を告げているかのようだった。
(続く)