六
巡視船「はまゆき」艦橋。
0330時。
「小型ボート、計四隻を確認」古賀航海士の声が、暗闇を切り裂く。「各ボートに作業員らしき人影、約六名ずつ」
夜間撮影装置を通して見える映像は鮮明だった。不審船から展開された小型ボートは、明確な意図を持って動いているように見える。全てのボートが、同じ方向—離島に向かって進路を取っていた。
「那覇、那覇」山本当直司令が通信を入れる。「不審船からの小型ボート展開を確認。離島への上陸を企図している可能性あり。指示を仰ぐ」
通信機からのノイズ。そして、明確な指示。
「はまゆき、警告を発して接近。要すれば放水銃使用可」
山本は深く息を吸う。
「了解、那覇」
***
首相官邸地下、緊急事態対処室。
0335時。
「全海域で同様の展開が確認されています」
防衛大臣の声が、重く響く。
「二十八隻の不審船から、合計約百隻の小型ボートが展開。推定乗員数、総計約六百名」
官房長官が資料に目を落とす。「目標は?」
「複数の離島です」安全保障局長が地図を指す。「特に、重要施設のある島々への接近を試みています」
首相は黙って画面を見つめていた。
「海上保安庁の対応は?」
「巡視船による警告と接近阻止を実施中です」海上保安庁長官が答える。「しかし、数が...」
その時、通信将校が新たな報告を持って入室してきた。
「那覇から緊急報告。小型ボート、警告を無視。そのまま進行を続けています」
室内の空気が、一瞬で凍りついた。
***
技術研究本部、第三実験室。
0340時。
「通信量が急増!」田村美咲が叫ぶ。「全ての観測地点で同時に」
スクリーンには、複雑な暗号通信のパターンが次々と表示される。
「解読できる?」佐々木課長が問う。
「待ってください...」田村の指が、狂ったようにキーボードを叩く。「これは...」
突如、彼女の動きが止まった。
「田村君?」
「課長」彼女の声が震える。「これは...作戦開始の信号です」
***
巡視船「はまゆき」艦橋。
0345時。
「放水銃、準備!」
山本の声が響く中、甲板では乗組員たちが対応を急いでいた。
しかし、小型ボートの動きは止まらない。むしろ、スピードを上げているようにさえ見える。
「距離200メートル」古賀が報告する。「彼らの姿が...待って、これは...」
双眼鏡を通して見える映像に、古賀は思わず息を呑んだ。
「報告を」山本が促す。
「乗員全員が、特殊な装備を...」
その時、通信機が緊急信号を発した。
***
首相官邸地下。
0350時。
「首相」防衛大臣が前に進み出る。「自衛隊の出動について、決断を」
首相は目を閉じた。開かれた目には、明確な決意が宿っている。
「海上警備行動を発令する」
その声は、静かではあったが、揺るぎない意志に満ちていた。
部屋の空気が一変する。全ての出席者が、この瞬間の重みを感じていた。
しかし、事態は既に動き出していた。
(続く)