四
防衛省地下作戦室、深夜0200時。
「複数の音響信号源、確認継続中」
大型スクリーンには、日本近海の詳細な海図が投影されている。赤い点が、新たに検出された信号源を示していた。その数、七カ所。整然と配置された位置関係が、これが偶然ではないことを物語っている。
統合幕僚長の織田実は、目の前の報告書に目を通しながら、時折スクリーンを見上げる。全ての信号源が、重要な海上交通路の近傍に位置している。まるで、海上交通路を監視するように。
「第一発見の装置と、同型ですか」
技術班からの報告が続く。「はい。周波数特性から判断して、ほぼ間違いありません。特に注目すべきは、通信の暗号化パターンです。極めて高度な技術水準を示しています」
織田は眉を寄せる。「設置時期は?」
「個々の装置からの信号パターンを分析すると...」技術将校が資料をめくる。「最も古いもので約六ヶ月前。最も新しいものは、約一ヶ月前と推定されます。明らかに計画的な配置です」
計画的な配置。長期的な準備。そして、突然の一斉起動。全てが、何かの前触れだった。
「海上保安庁との連携は?」
「はい。既に情報を共有。各装置付近の警戒を強化しています」
織田は艦艇の展開図に目を移す。
「では、我々の...」
通信将校の声が、彼の言葉を遮った。
「緊急通信!はまゆきから!」
***
同時刻、那覇海上保安部指令室。
「はまゆきからの映像、入ります」
壁面のスクリーンに、夜間撮影用カメラの映像が映し出される。波静かな海面。その中に、微かな航跡が見えていた。
「不審船、確認」
指令長の声が張り詰める。画面の中で、小型の漁船らしき影が映し出されている。
***
はまゆき艦橋にて。
「距離800メートル」古賀航海士の声が、緊張に震えている。「速度、約12ノット」
「映像記録、継続」
山本当直司令は、冷静さを保とうと努めていた。目の前の船舶は、一見すると普通の漁船に見える。しかし、何かが違った。
「無線応答なし」通信士が報告。「国際VHF、漁業無線、全て応答がありません」
「船体番号は?」
「確認できません。塗り消された跡があります」
山本は双眼鏡を手に取る。月明かりの下、船影をより詳しく観察する。
「あれは...」
甲板上の不自然な突起物。通常の漁具には見えない。
***
防衛省作戦室。
「映像、受信中」
織田統合幕僚長は、息を詰めて画面を見つめていた。
「外観は漁船」分析官が報告。「しかし、甲板上の装備が通常と異なります。また、航行パターンも...」
「他の信号源地点は?」
「確認中です。類似の...」
通信将校の声が上ずる。
「各地から同時報告!全ての地点付近で、同様の不審船を確認!」
織田は、ゆっくりと立ち上がった。
「内閣官房に連絡」彼の声は、不自然なほど冷静だった。「海上警備行動の発令を進言。同時に、A級警戒態勢への移行を準備」
作戦室の空気が、より重くなる。
時計は、0215時を指していた。この時間以降、日本の領海は、新たな局面を迎えることになる。複数の不審船。そして、その背後にある周到な準備。全てが、より大きな作戦の一部であることは明らかだった。
(続く)