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錬オレンジジュース術

作者: 清水進ノ介

錬オレンジジュース術


 千年以上の昔、一人の錬金術師がいた。彼、あるいは彼女の素性はよく知られていない。記録がほとんど残されていないのだ。しかしその錬金術師が創り出した、不思議な道具だけは、現在まで残り続けていた。


「王様、ついにかの錬金術師が創ったという、不思議なコップを手に入れましたぞ」

「おぉそうか、よくやったぞ大臣」

「森の奥深くに隠された、とある遺跡の地下に眠っていたのです。わたくしの部下が発掘しました。お手柄です」


 どこかの国の大臣が、どこかの国の王様に、一つのコップを渡した。何の変哲もない、ガラス製の小さなコップだ。桐の箱の中に、丁重に入れられたそのコップを見て、初老の王様と大臣は、年甲斐もなくはしゃいでいた。

「大臣よ、例の羊皮紙を持ってまいれ」

「はい、すぐに」

 大臣は数分後、王様に命じられたとおりに、一つの羊皮紙を持ってきた。それは数年前に発掘された、錬金術師が残したメモ書きで、そこにはこう書かれていた。

『ついに私は…………黄金…………を、無限に生み……コップを創り……ぞ!』

 文字がところどころかすれて、読めなくなっているが、このメモ書きこそ、王様と大臣がコップを探し求めていた理由だった。

「大臣よ、このコップこそ、黄金を無限に生みだす奇跡のコップなのだな?」

「メモ書きには、コップを隠した場所も記されていました。このコップで間違いないはずです」


 王様と大臣は早速黄金を生み出そうとしたが、その方法が分からなかった。振ってみたりつついてみたり、コップの前で歌ってみたり、踊ってみたりしたが、コップはなんの反応も示さない。

「王様、わたくしめに名案が浮かびましたぞ」

「申してみよ」

「このコップに水を注げばよろしいのでは?きっとその水は、砂金に姿を変えることでしょう」 

「なるほど、よし、試してみよう」

 大臣は小走りで、桶に水を汲んできた。王様は桶から水をすくい、それをゆっくりと丁寧に、コップに注ぐ。すると不思議なことに、コップの中の水が輝き、オレンジ色に変わっていく。王様はきゃあと歓喜の声を上げたが、すぐにそれが砂金ではないことに気付いた。

「大臣よ、これは黄金ではないな。わたしにはオレンジジュースに見える」

「まるで黄金のようにいい色をしてはいますが、オレンジジュースですな」

「大臣よ、これを飲んでみろ」

「えぇ!?……わ、分かりました。飲んでみましょう」


 大臣はおそるおそる、コップの中の液体を飲んでみた。

「どうだ大臣」

「とても美味しい、オレンジジュースでございます。おかわりをいただいても?」

「そんなにうまいのか。どれ、わたしも一口……」

 王様はオレンジジュースを一口飲み、これはうまいと唸った後、そのまま三杯分のオレンジジュースを作って飲んだ。

「こんなにうまいオレンジジュースが世にあったとは。しかしこれは、黄金ではないな」

「では水以外のものも入れてみましょう。きっとそのうち、砂金に変わるものが見つかるでしょう」


 王様と大臣は、召し使い・研究者・料理人を呼んで、なんでもいいから水以外の液体を持ってこいと命令した。数分後、召し使いは牛乳を、研究者は水銀を、料理人はワインを持ってきた。

「ではまず、牛乳を注ぐぞ」

「オレンジジュースに変化しました」

「次は水銀を注ぐぞ」

「オレンジジュースに変化しました」

「最後にワインだ」

「オレンジジュースに変化しました」

「畜生、全部オレンジジュースではないか!」


 王様は怒りながら、全てのオレンジジュースを飲み干した。そしてふうと息をつき冷静になった後、大臣にこう言った。

「大臣よ、どうやら我々は、錬金術師に試されているようだ」

「どういうことですか?」

「見つけ出してみせろと、錬金術師はそう言っているのだろう。黄金に変化する液体を、見つけられるものならとな」

「なんと、意地悪な錬金術師がいたものですな」

「やってやろうではないか。必ず黄金に変わる液体を、探し当ててやろうぞ」


 それから王様と大臣は、何年もの歳月をかけて、実験を繰り返した。片っ端から様々な液体をコップに注ぐが、出来上がるものは結局オレンジジュースだった。では入れる量に問題があるのか、はたまた温度に条件があるのか。もしや、複数の液体を混ぜ合わせたものが、答えなのか。ありとあらゆる可能性を追求したが、とうとう黄金は生み出せず、王様は老いによって倒れてしまった。


「大臣よ、結局黄金は生み出せなかったな」

「なにを弱気なことを。少し休めば、元気になりましょうぞ」

「いいや、わたしはもうじき死ぬ。分かるのだ」

「王様……」

 するとそこに、一人の召し使いがやって来て、大臣に一枚の羊皮紙を渡し、足早に去っていった。

「大臣よ、なんだ、その羊皮紙は?」

「これは、錬金術師のメモ書きです!文字がかすれていた部分の、復元に成功したのです!」

「なんだと、読めなかった部分には、なんと書かれていたのだ?」


 復元された羊皮紙には、こう書かれていた。

『ついに私は、私の大好物である、黄金のように輝くオレンジジュースを、無限に生み出すコップを創り出したぞ!』


おわり

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