1. 嫌われ者
「アンノ君かい。良い名前だね」
金髪の男_____ロックさんは、そう言うと座り込んでいた俺を結構な力で引っ張り上げた。見た目は細いのだが、まったく人は見かけによらない。というかロック「さん」で良いだろうか。年上っぽいし、身分も高そうだし、「様」とつけて呼んだ方が_____。
「好きに呼んでくれたまえ。気にしないよ。僕も、ダルラも」
心を読んだかのように彼はそう言った。では、お言葉に甘えて「さん」付けで呼ばせていただくとしよう。
ロックさんに引っ張り上げられ、俺は彼の隣に座った。ダルラさんと向き合う形である。
「改めてありがとうございます、お二人とも。ところで、俺は今からロックさんの家に向かうんですかね?」
先ほどのロックさんの言葉を思い出しながら言葉を紡ぐ。確か馬車がどうとか言っていたし、ここは馬車の中で、現在ロックさんの家に向かって進行中といったところだろう。
「あぁ、そうだ。さっきも言った通りまだ時間がかかるがね」
「この男の家はへんぴなところにあるからな。申し訳ないがしばらく待ってくれ」
「こう見えて俺は待つのが結構好きなんで気にしないでください!」
とは言ったものの、会話がないのも気まずい。俺は人見知りではないが、初対面の人間と楽しく会話ができるほど話力が優れているわけでもない。
「あの、ちょっといいですか」
沈黙の重みに耐えきれなかった俺は、二人にいろいろ聞いてみることにした。幸い、わからないことなら山ほどある。記憶喪失も功を成す時があるんだな。
「俺、なんで襲われたんですかね」
「それは君の顔が原因だろう」
間髪入れず、ダルラさんが答える。相変わらずフードを被っているせいで表情は見えないが_____もしかして極度の恥ずかしがり屋なんだろうか、この人。
いや、今はそんなことより...。
「ちょっと待ってください! 俺の顔ってそんなに酷いんですか!」
迫害されるほど酷い顔って、それは最早人間じゃないだろう。というか俺は自分の顔すら覚えていない。早急に鏡を見つけたいところだ。
動揺していると、ロックさんが宥めるように俺の肩を叩いた。
「そういう意味ではなくてだね。____君、目の下に深い隈があるだろ?」
「く、隈?」
もちろん覚えはない。そうか、俺は目の下に深い隈があるのか。ただの睡眠不足か、生まれつきか。
「で、その深い隈がね、『世界の破壊者』のボスのそれとまったく同じなのだよ」
「世界の、破壊者...」
その言葉は以前も聞いたことがある。先ほど襲撃を受けた時、誰かが口にしていたはずだ。もちろん知らない言葉ではあるが、文脈から察するに『世界の破壊者』とは恐らく何らかの組織なのだろう。
すなわち、その『世界の破壊者』という組織のボスが俺に似ていると、そういうわけか。
「くッ、なんて迷惑な組織だ!」
「まぁ僕から見てもそっくりだしね、彼と君は。勘違いされるのも無理はないというわけだ」
その話が本当なら、俺は指名手配されているのと同じようなものだ。記憶を無くしたうえにこんな理不尽、俺は前世で何かとんでもないことをやったに違いない。
「記憶喪失、ね」
ロックさんの言葉に俺の体が跳ねる。この人、まさか心が読めるんじゃないだろうな...。
「あぁ、そう警戒することはない。アンノ君が記憶喪失だということは大体予想がついていたさ。なぁ、ダルラ」
「...そうだな。『世界の破壊者』を知らない者はいない。なぜ襲われたのか、などと聞いてくる時点で記憶を失っていることはわかっていた」
そういう、ことか。『世界の破壊者』という組織はそれほどまでに知名度のある組織なのか。だとしたら、なおさら不味い。俺はほぼ全人類を敵に回したことになる。
「でも、あなたたちはそんな俺を助けてくれました。一体、なぜ?」
「もちろん、君が『世界の破壊者』ではないということを知っていたからだよ、諸君」
「余りにも巨大な濡れ衣_____見逃すわけにもいかないだろう」
当たり前のようにそう言う二人が、俺にはとても頼もしく見えた。
俺はなんて甘っちょろい人間なのだろう。あれだけのことがあったのに、もうこの二人のことを信じてしまいそうになっている。この二人なら、頼ってもいいのではないかと______。
「あ、そうそう」
と、俺の思考を遮るかのようにロックさんが口を開く。
「アンノ君に言っておかないといけないことが_____」
いかにも重要そうなその言葉を、俺は最後まで聞くことができなかった。その原因は、突如として発生した大きな揺れ。まるで地震でも起きたかのようなその揺れは、ロックさんの言葉を遮るには十分すぎた。
悲鳴をあげる暇もない。次の瞬間、凄まじい爆発音とともに俺は意識を失った。
「ッ!」
どれくらい意識を失っていただろうか。俺は慌てて周りを見渡す。確か、馬車から放り出されたところまでは覚えているのだが...。
「あ、ロックさん! ダルラさん!!」
前方に二人を発見し、俺は急いで駆け寄った。
「アンノ君、無事で何より。いや、無事ではなかったか」
「そうだな、俺の回復魔法がなければ四肢欠損、いや____」
「怖いこと言わないでくれません!? 冗談ですよね!!」
冗談とは言い切れないところが本当に怖い。というか、それが本当ならその致命傷を一瞬で治せるダルラさんが一番怖いだろう。言うまでもなく俺の体は五体満足だ。
そんな不穏な会話を繰り広げる二人には先ほどまでの温和な雰囲気を感じない。ロックさんは素人の俺でもわかるほどの物凄いプレッシャーを放っているし、ダルラさんに至っては背中の大剣を抜いている。やはり、先ほどの揺れと爆発は誰かの策略だったのか。となれば、その原因は______。
「俺、か」
先ほどの会話によれば、俺は『世界の破壊者』なる組織の長と瓜二つであるらしい。記憶を失ってから最初に受けた襲撃と、今の襲撃が同じ人々によるものかはわからないが、どちらにせよ原因は俺だ。
「その隈、やはり間違いないようだねぇ」
何処からともなく声が聞こえてくる。周囲は木々が生い茂っており視界が悪い。この声の主の姿も当然見えなかった。
「馬車が爆破され、君を連れて見通しの悪い森へと逃げてきたのだが...。どうやらバレてしまったようだ」
身を隠すためのこの森も、見つかってしまえばもはやデメリットでしかないね、とロックさんは付け加える。
「投降するなら今のうちにどうぞ。『世界の破壊者』を差し出すなら他の者は見逃してやってもいい」
再び、何処からともなく声が聞こえる。その声には明らかに殺意が滲んでおり、俺は思わず身震いした。
しかし、ロックさんとダルラさんに物怖じする様子はない。それどころか、二人は挑発するかのように言葉を紡いだ。
「『世界の破壊者』の見分けもつかない奴が偉そうに何を言っているんだか。なぁ、ダルラ」
「関係ない。濡れ衣は切るのみだ」
二人の殺気も負けたものではなかった。彼らの挑発の言葉に、何処にいるかもわからない襲撃者は一瞬押し黙る。
が、一瞬は一瞬。襲撃者はすぐに次の行動を起こしてくる。
「仕方ない_____皆殺しだ」
その言葉とともに、複数の人間が俺たちの周りを囲んだ。
「いつの間に...!?」
思わず叫ぶが、叫んだところで状況は変わらない。彼らは全員覆面を被っており、手には短刀を持っていた。ざっと数えて10人以上はいる。いかにも暗殺者ですと言わんばかりの人間に囲まれている現状は明らかに不味い。
「さて、やるしかないようだね」
「一人頭七人といったところか?」
この状況でも物怖じしないなんて、この二人は一体何者なのか。方や俺は何処にでもいる一般人。せめて足手まといにならないように見ているしかないのか。
「俺にも何かできることは_____」
独り言のように、誰に言ったわけでもなく紡いだその言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
突如、俺の体が宙に浮いたのだ。思わず情けない悲鳴をあげそうになる。緊張感のあまり、ついに空中浮遊ができるようになったのかと思ったが、奇妙な感覚がそれを否定した。
この感覚は、まるで誰かに担がれているかのような_____。
そう思ったところで時すでに遅し。
「わあぁ!?」
「アンノ君!!」
「油断した、隠密魔法の使い手か____!」
ロックさんたちは急いで俺に駆け寄ろうとしたが、それを周りの人間が阻止する。かく言う俺も必死に暴れて抵抗するが、担いでいる何者かはびくともしない。がっしりと俺を掴んだまま、ロックさんたちのいるところから離れていく。
奮闘虚しく、俺は米俵スタイルで担がれたまま森の奥の方へと運ばれていった。