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人たらし騎士の恋

作者: もよん

「ハーレン様ー!!」


「今日も素敵ですー!」


「ハーレン様ぁー! 麗しいお顔! こちらを見てぇー!」


 城内の裏庭に面した廊下で、侍女たちの黄色い声が飛ぶ。洗濯物をしていた彼女たちは、その人物が廊下を歩いているのが目に入ると、一斉に色めきだった。


「やぁ! みんなお早う! 今日もみんな元気で可愛いね。また、ゆっくり話そう」


 白と青を基調とした騎士団服、腰に携えられた剣。胸元のバッジ。第5騎士団隊長ハーレンが、侍女たちの声に笑顔で応える。その対応に、また一斉に声が高まった。


 スラッとした体格に、腰までありそうな豊かな小麦色の長髪を項あたりで1つに括っている。そして、春の青空を閉じ込めたような瞳で、目が合う人を虜にした。


「ハーレン隊長、今日も素敵ですが、盛り上げすぎると、また侍女たちが興奮しすぎて倒れてしまいますから、程々にしてください」


「ふふっ、ごめんよ、リンダ。それじゃあ、足早に此処から退散しようか」


 副隊長のリンダに窘められるよう言われても、ハーレンは飄々としていた。


 その様子を少し遠くで見ていた他の騎士たちが、面白くなさそうに舌打ちをする。


「あれがハーレン隊長か………」


「あんなの、ただの女たらしじゃないか」


「たしかにお綺麗な顔だが………なぁ?」


「あぁ、男の真似事をして、女たちを口説くなんて、気色が悪い」


 ハーレン・キャンドレッド。第5騎士団隊長。性別女性。

 第5騎士団は女性のみで編成されている。今までは、東西南北を守るため第4騎士団までしかなかった。それが女性の主要人物を守るため、第5騎士団が結束され、その初の隊長になったのがハーレンである。女性で隊長になったのは、この国始まって以来だった。

 その容姿と、剣の腕。加えて人たらしの性格が相まって、ハーレンのファンは急増していた。


❖❖❖❖❖


「ハーレン隊長………」


「どうした? リンダ。疲れた顔だね。具合が悪いのかい? 午後は休む?」


「うっ! やめてください! そんな綺麗でカッコいい顔で心配されると、ときめいて婚約者のこと、うっかり忘れそうになります!」


 2人はいま食堂に来ていた。隊長職が故に事務作業もあり、部屋も与えられているのだが、ハーレンは時々、気分転換を兼ねて、食堂で食事を取っていた。

 リンダは改めて、向かいに座るハーレンを見た。ハーレンの周りには女性たちがズラッと控えている。長机も、ハーレンが座った列は端まで女性達でいっぱいだ。


 第5騎士の女性騎士に、他の隊の女性騎士。侍女に、文官に、メイドに。ありとあらゆる城に仕える女性たちが、ハーレンを囲んでいる。


 王妃に、王女に、令嬢に。他国の主賓の女性たちを相手にすることも多いハーレンは、女性のハートをしっかり掴んでいた。そして、『男よりもハーレンの方がかっこいい』という声は日に日に高まっていた。

 リンダは副隊長として、ハーレンの側で過ごすことが多く、ものすごくその気持ちが分かると、思っていた。同時に、ハーレンに対する、男性たちからの恨みがましい視線を浴び、最近ずっとヒヤヒヤしていた。


「やぁ、ハーレン隊長。今日も女性たちを侍らかして、いい気なものですね」


「本当に。あなたは、女性にしては剣の腕があっただけで、隊長となった。男と並ぶと、下っ端の騎士レベルな腕のくせに」


「女性でありながら、男の振る舞いを真似たところで、男のように強くはなれませんよ?」


 ニヤニヤと、ハーレンを見下す、数人の男が近寄ってきた。騎士も文官もいるが、この春、城で仕え始めたばかりの新人たちであるとリンダは分かった。


 隊長職のハーレンに、随分な口の聞きようだが、おそらくそれほど、彼らの家柄が良いのだろう。ハーレンは伯爵令嬢だ。彼女より上の家柄の新人たちは、それを分かって、ハーレンを貶している。


「やぁ、はじめまして、こんにちは」


 ハーレンはさっと立ち上がると、一番前にいた男に手を差し出した。

 男の身長は男性の平均並みだ。しかし、それにハーレンが並んでも、ほとんど変わらなかった。

 ハーレンが思ったより背が高く、男は顔の近さに一瞬ひるみ、一歩後ずさった。思わず出したであろう手で、ハーレンと握手を交わす。


「君の手はとても大きいね。剣を握るのに、向いている。確かにこれは、私も負けないように更に鍛錬しなくてはね!」


 ハーレンが朗らかに笑い、男の瞳を見ながらそう言うと、一気に男の首から上が赤くなった。


「うぇっ!? え、えっと………」


「おいっ!! しっかりしろ! ハーレン隊長、いい加減にしてください! あなたがそんなんだから、私の婚約者はあなたに熱を上げてしまったんです!」


「おや、それは………。婚約者の君としては面白くないと、言ったところだね。それはそうだ。せっかく婚約したのだから、相手に自分を見ていて欲しい。そうだね?」


「は、はい………」


「ふふっ、君は相手のことを想ってる、素晴らしい婚約者だ。ちゃんと婚約者殿に教えてあげなくてはね。ハーレンなんかより、自分は良い婚約者だ。なぜなら、誰よりもあなたを愛してるって」


 ぽんっと、ハーレンが男の肩に手を置き「頑張れ、応援しているぞ」と、囁くように言った。もちろん、ニコリとしたキラキラの笑顔付きだ。


 男の目から滝のような涙が溢れ、男は腕でそれを抑えた。


「ありがとうございますぅーーー!!!」


 どんどんと、ハーレンに陥落されつつある空気の中、複数人の足音が近づいてきた。


「じゃっ、そろそろ、回収しますかね」


「ハーレン、毎回すまないな」


「た、隊長っ!?」


「長官っ!?」


 ハーレンに絡んでいた男たちは、それぞれの上官が現れたことで、一気に目が覚めたようだ。


「お前たちの気持ちも分からんでもないが、職場で家柄を笠に着て、無礼を働くのはマナーがなってないな」


「さっ、反省のため仕事を与えましょうかね」


 こうして男たちは、自分たちの先輩に連れて行かれた。


「ありがとうございます。今回もお騒がせしてしまいましたね」


「いや良いんだ。こちらこそ、教育がまだなってなくてすまない」


「こんな目立つ場所で、隊長のあなたに私的な不満をぶつけるなんて。はぁー………」


 彼らはもしかしたら、職を失っていたかもしれない。なんなら、城への登城をこれからは許されることなく、家もどうなっていたか。と言う話を、これから先輩からされるだろう。


 隊長格相手に新人が無礼を働くとは、そういったことに発展する可能性が高いのだ。ハーレンが咎めない限り。


「彼らも思うところがあって、溜まっていたんでしょう。せっかく皆、城に勤めれるほど才のある若い者たちなのに………勿体ない。でも、手本となる上司がいて良かった。彼らはあなた方から学び、きっと、お2人のようになってくれると、私は思います」


 お2人とも素晴らしい上司ですから。


 そう付け加えた時には、上官2人は、照れて顔を赤くし、必死にハーレンから顔をそらしていた。


「そ、そうだろうか! ハハハッ! ハーレンにそう言われるなんて、私もまだまだ剣の腕が衰えてないということだな!」


「わ、私も! 法整備に外交に! なんだか今日は、上手く行きそうな気がします!」


 熱くなる上官2人にバレないよう、リンダがハーレンに目配せする。そろそろ次の仕事の時間が迫っていた。


「それでは、私はこれで失礼いたします」


 女性達から、残念そうな声が上がる。上官たちは顔に書いてあった。


「名残惜しんでもらえて嬉しいな。ありがとう。午後からも頑張れそうだよ」


 じゃあ、またねと、不特定多数の食堂にいた者に手を振り、笑顔を残していったハーレン。

 黄色い声も、ひっそり隠れていたハーレンの男性ファンの野太い声も。ハーレンの姿が去ったあと、一気に食堂に溢れた。


 ハーレンは人たらしであり、どんな相手でもハーレンが目の前に立てば、相手は乙女になってしまうのだ。


「ハーレン隊長、今日もまた男性たちの心を乙女に変えちゃいましたね」


「えー? まさかぁー」


「男性より格好良くて、お綺麗で。私だって5年も側にいるのに、未だに心臓鷲掴みにされるので、気持ちは分かるんですが………。そろそろ、本当に他国の姫にでも見初められて、連れて行かれそうで、そのたらしっぷりが怖いです」


「リンダ、心配かけてしまってごめんよ。君は常に周りを見て、私を助けてくれるね。こんなできる部下がいてくれて、とても心強いよ」


「グッ!! それです………、そのたらしっぷりです。はぁ〜、一瞬、乙女になりました。危ない危ない」


 5年前であれば、そのままの勢いで、好きだと告白してしまっていたから、リンダは自身で成長したなと思った。


❖❖❖❖❖

 ハーレンが帰宅し、自室のソファーで本を読んでいると、父の帰宅の報せが入った。それを聞き、ハーレンはエントランスに向かった。

 真ん中を開け、家令に侍女たちが並び「おかえりなさいませ」と、頭を下げる。


「父上、おかえりなさい。お疲れ様です」


「やぁ、ハーレン。今日はもう帰っていたんだな」


「上着、お預かりします。ふふっ、ええ。今日は少し早めに上がれたんです。いつもは私のほうが遅くなることが多いから、今日出迎えれて嬉しいです」


 ハーレンがそう言って微笑むと、父は胸をおさえた。


「ぐっ!! 本当ハーレンは、綺麗でかっこいい顔で、サラッとそういうこと言っちゃうからなぁー。父親の私のほうが娘にされそうだよ」


「また良くわからないことを仰って。父上は面白いんですから」


 クスクスと笑い、本気にしてない娘に、父は危機感を少し感じていた。


「はぁー、本当ハーレンが娘で良かった。もし男だったら、本当に君を巡って、国同士で争いが起こっても驚かない。いや、今も危ういんだけどさ。あ、そうだ。お客さんだよ。すまないね、こんなところで立ち話して、お待たせして」


 父が振り返り、ハーレンも父の後ろへと視線を向ける。彼は丁度メイドに上着を渡し終わったところだった。


「いえ、そんなことありませんよ。ハーレン、今晩は」


「ユリエット!! やぁ、いらっしゃい!」


 父の背の後ろから、表れたユリエットにハーレンの顔が輝く。


「今日は一緒に、夕食を食べれるのかい?」


「うん、たまたま帰りに顔を合わせた、キャンドレッド卿に誘ってもらってね」


「嬉しいな! いつもより、今週は一緒に過ごせるね」


「ふふ、そうだね」


 父は一気にテンションが上がった娘を見て、父親として複雑かつ、微笑ましい気持ちで見ていた。

 ハーレンの好意全開の雰囲気は、いつもよりキラキラが増して見える。けれど、ユリエットは全く動じていない。ハーレンに耐性があるのか、父はそんな面を持つ、ユリエットを尊敬していた。


「私は自室で片付けしているから、ハーレン、夕食までの間、ユリエット君をもてなしてくれ」


「えぇ、分かりました。ユリエット、客間でお茶でも入れるよ」


 ユリエットを客間に案内し、ハーレンはソファーを彼にすすめた。


「はい、どうぞ」


 お茶の入ったカップとソーサーをユリエットに渡し、ハーレンは彼の隣りに座った。


「ありがとう」


 ハーレンはユリエットがお茶を飲む様子を、じっと見つめた。

 ハーレンとユリエットは、ともに23歳。5歳の頃から幼馴染だ。そして、婚約者でもある。気心がしれた親友のように過ごす2人だが、ハーレンはユリエットがとても好きだった。


 ユリエットの癖があり、色んなところにはねてしまう、柔らかい黒髪。丸い眼鏡が似合ってる顔。その奥の木漏れ日を思い起こさせる、緑の瞳。落ち着いた雰囲気に性格。ハーレンは気づけば、ユリエットに見惚れていた。いつも飄々としているハーレンだが、ユリエットの前では、内心ドキドキすることが多かった。


「ハーレンは、お茶を入れるのも上手だね」


「そ、そうだろうか? ユリエットの口に合ったのなら、嬉しいよ」


 ユリエットに褒められながら、微笑まれ、ハーレンは舞い上がってしまった心を落ち着けようと、自身もお茶を飲んだ。


「ユリエットのところは、そろそろ祭りの準備で忙しくなる時期だな」


「あぁ、そうだね。この時期は書類だけじゃなくて、物品達とも睨めっ子だ。計算は好きだけど、実際に数えて確認は本当に骨が折れるよ」


「ふふっ、文官達は漏れなく祭りの準備に、駆り出されてしまうものな」


「ハーレンは、当日大忙しだろ?」


「そうだな………。地方の者や、他国の旅行客も訪れて毎年大賑わいだから。街の警備に他国の要人の警備に、城の警備。想像しただけで、今から疲れてしまいそうだ。それに」


「それに?」


「いや、今年は王都の周りに炎獣が多いようなんだ。だから、祭りまでに出来得る限り、退治しなくてはいけなくて」


 自然が荒れると、そこから獣と呼ばれるものが生まれる。炎獣は、暑い日が続き、熱が集中してこもる箇所があると、そこから生まれるのだ。炎を吐き散らし、姿はトカゲに似ている。しかし、大きさはトカゲと違い、通常でも中型犬サイズはある。


「去年雨が少なかったから、増えやすかったのか………。ハーレンは王族の女性方の警備がメインだよね? ハーレンも討伐に行くの?」


「多分な。かなり大きく厄介なのが一匹潜んでいるらしい。だから、そいつを見つけて退治するのに、隊長クラスは日替わりで、駆り出されるそうだ」


「そっか………」

 

「ユリエット?」


 声を落としたユリエットを、ハーレンはどうしたのかと、顔を覗き込むように見つめた。


「ううん。ハーレン、退治気をつけてね」


「わ、分かった」


「騎士はいつだって、危険と隣り合わせの仕事だって分かってる。この国を、僕たちを守る力が、ハーレンにあるのも分かってる。特に君はとても強く、剣に長けてるのも知ってるんだけどね。やっぱり怪我をして欲しくなくて………。炎獣はとても凶暴だから………。信用してないんじゃないんだ。僕の心を安心させるために、君が怪我をしないように祈らせて」


 ハーレンの手をそっと、ユリエットが包み込むよう握る。


「もっ、もちろんだっ!!! ユリエットに、婚約者に無事を祈られて嬉しくないわけがない!! とても嬉しい! 好きなだけ、心置きなく祈ってくれ! わ、私はユリットが私のことを想ってくれるのがとても………嬉しいから………」


 いつも自信に溢れ、堂々としているハーレンからは想像しがたい姿だ。赤くなり、完全に語尾が窄んでしまっている。


 そんなハーレンをユリエットは、優しく見守っていた。


❖❖❖❖❖

 ハーレンが騎士を目指したのは、母方の叔父達の影響だ。ハーレンの母の家は、代々剣に長けた騎士を輩出していた。

 

 ハーレンも叔父達に憧れ、剣を習うようになった。


 ハーレンの容姿は叔父達や、母方の祖父似だ。しかし、ハーレンの母は、ハーレンとは逆に小柄の可愛らしい人だった。ハーレンの母は体が弱く、ハーレンが5歳になる頃に亡くなった。性格は父に言わせると、ハーレンも母も似ていたそうだが………。


 幼いハーレンは少しでもと、母の面影を探すようになった。そして、自身の髪の毛は母に似ていると思い、長く伸ばし、大切にしていた。


『ハーレン様は短い髪のほうが、お似合いになると思いますわ』


『きっと、髪の毛が短ければ、本物の騎士様に見えると思います』


 幼い頃、お茶会をしたご令嬢たちの他意のない声に、ハーレンは黙って、曖昧に笑った。


 ご令嬢たちに悪気はない。けれど、母に似た髪が似合ってないと言われているようで、ハーレンは辛かった。

 ユリエットだけが、ハーレンの隠した気持ちに気づいて、寄り添ってくれた。


『長くても、短くても。もし、髪がなくなっても、僕にとってのハーレンは変わらないよ。でも、ハーレンがお母様ゆずりの髪を大切にしている姿、僕はとても好きだな。ハーレンは可愛いね』


 こうしてハーレンは、ユリエットに恋に落ちた。ハーレンが同世代の子に可愛いと言われたのは、ユリエットが最初で、今もユリエットくらいだ。普段は何も気にしないのに、彼の前では可愛いと言ってもらいたい、少しでも可愛くありたいと思っていた。


❖❖❖❖❖

「ハーレン!!」


「ユ、ユリエット………」


 自室のベットで、ハーレンは体を起こして座っていた。


 ハーレンの姿を確認すると、ユリエットは走ってきたのか、肩で息をしていたが、段々と収まってきた。


「よっ、良かった。炎獣と戦って、負傷したって聞いて………」


 普段の落ち着きは影を潜め、まだ覚束ない足取りで、ユリエットはハーレンに近づいた。


「傷はたいしたことないんだ。大事をとって、帰らされただけだよ」


 ハーレンの近くまで来たユリエットは、ハーレンの頭へと手を伸ばした。そして何も言わず、髪のてっぺんから、毛先まで撫でるを繰り返した。


「と、とても短くなったが、私に似合ってるだろ? みんなもそう言ってくれて………」


 そこまで言葉にするのが、ハーレンの限界だった。


 この日、ハーレンは噂の炎獣を見つけ、対峙していた。炎獣の大きさは大人2、3人分はありそうだった。見つけたのは部下のほうが先で、ハーレンは加勢した形だった。

 

 人数も十分おり、こちらが優勢。炎獣に切りかかった部下の一撃が、決め手になった。

 喜ぶ部下が、ハーレンの方に向き直った時、炎獣がピクリと動いたのがハーレンには分かった。


 「伏せろっ!」と叫び、剣を炎獣に向かって投げる。と、同時に部下を庇うため、ハーレンは部下に体当するよう、覆いかぶさった。


 ハーレンの1つに結ばれた髪が、ふわりと浮かび、炎獣が最後の力を振り絞って口から放った、炎の玉が当たった。

 そのすぐ後、ハーレンの投げた剣が炎獣にあたり、炎獣は本当に息絶えた。


 城に戻り、怪我の治療と、焦げた毛先を切ることになった。そうすると、ハーレンの髪は項が見えるほど短くなっていた。


 普段なら気にならない、周りのうっとりした視線。

怪我が大したことなくて良かった。それに、ハーレンが更に素敵なったという言葉。


 ハーレンは、何も聞きたくなくて、大事をとって帰るよう言われ、安堵した。


「ハーレン………、大切にしてた髪。短くなって、傷ついたんだね」


 ユリエットにそう言われ、ハーレンはポロポロと涙がこぼれた。怪我が大したことないだけで十分であると、思うべきなのに。ハーレンは悲しかった。


 あの髪は、ハーレンにとって母の形見であると同時に、女性らしさでもあった。


 少しでもユリエットに、可愛く見られたい。そう言う気持ちもあり、伸ばしていたのだ。


「ユリエット………。私は………また、女性らしい、可愛いから遠のいてしまったけれど………、それでも君の妻になっても良いかな?」


「ハーレン」


 ユリエットが、ハーレンを抱きしめた。


「君が求めている可愛いがなくても、僕は君が可愛くて仕方ない。ハーレン………。僕を一途に見つめてくれる君が、僕だって大好きだよ。愛してるんだ、ずっと。僕の方こそ請うべきだ。君の夫にして欲しい」


 ユリエットにそう言われ、ハーレンの体は衝動的に動いた。

 ユリエットに抱きつくように、抱きしめ返し、必死に頭を上下に振った。


❖❖❖❖❖

「キャ~!! ハーレン様ー!!」


「今日もお仕事、頑張ってくださいー!」 


「応援してますー!」


「ありがとう! 今日は特別忙しくなるだろうけど、頑張ろうね」


 ハーレンが少し離れたところの侍女たちに手を振り返すと、更に黄色い歓声が上がった。


「ハーレン隊長………、少しでも気力残しておかないと。今日は祝祭日ですよ?」


「あぁ、確かに。リンダの言う通りだね」


 もうっと、心配するリンダをよそに、ハーレンはあまり意に介しているように見えない。

 今日は王都中が祭りで賑わう。2人は王妃と王女の警護につくことになっており、そちらへ向かっていた。


 王女と王妃は、ハーレンが来ると明らかに機嫌が良くなった。


「ハーレン、そちがいるだけで、2人の機嫌が良い。特に今日は1日中、笑って手を振ることになる。あの子もそちがいれば乗り切れそうだ」


 国王がまだ10歳に満たない王女を見つめながら、ハーレンに言った。


「光栄にございます、国王陛下。私も今日は特に気合を入れて、警護にあたらせていただきます」


 お任せくださいと、ハーレンが微笑めば国王が「ワシも乗り切るぞー!」と、先程より元気なった。


 ハーレンの後ろについていた、リンダが「分かります」と言わんばかりに、頷いている。


 王家揃って、城のひらけたバルコニーに出て、国民の前で手を振る。一気に歓声が高まった。


 その後、外が祭の音楽であふれる中、国王たちは玉座の間で来城した者と、挨拶を交わしていた。


 順々に名前を呼ばれ、国王たちの前に来るのは、辺境伯などの、王都から離れた土地に住む高位の貴族であったり、他国の王族だった。


 王女たちの側で控えていたハーレンは、やはり目に入りやすいのか、ハーレンを見とめた姫たちが、ハーレンにも声をかける。


「あなた、かっこよくて、とても綺麗ね! 私の騎士にしたいわ!」


 ハーレンがそう言われると、王女は「駄目!」と、必死になってハーレンの前に出ようとした。

 中には、強気な王女もいた。


「私、あなたのことが気に入ったわ! 私の騎士になりなさいな」


「身に余るお言葉です。ですが、私はこの国の騎士なので、申し訳ありません」


「あらっ? 女性でしたの? 全く気づきませんでしたわ。でも、そんなところも、珍しくて素敵。ますます気に入りましたわ!」


 この他国の王女にご退出願うのは、さすがのハーレンも少し骨が折れた。


❖❖❖❖❖

 夜になると、貴族や他国の王族を招いて夜会パーティーが城で開かれた。 


 パーティも中頃に差し掛かった頃、幼い王女は流石にここで退場することになった。


「そなた達も、今日はありがとう。あとは大丈夫よ。2人ともパーティーを楽しんで頂戴」


 王妃にそう言われ、リンダとハーレンの今日の仕事は終わった。


「リンダ、君はこの後ドレスに着替えるのかい?」


「はい。会場で婚約者が待ってくれてますから、早く着替えたいです。ハーレン隊長は団服のまま行かれますか?」


「いや………、今日は着替えようかと思って、用意はしてきたんだ」


 ハーレンの顔色がいつもと変わり、頬を少し染めたのをリンダは見逃さなかった。


「ハーレン隊長の、婚約者の方もいらしてるんですねっ! 会場でお会いできたら、ぜひっ! ご挨拶させてください!」


「ふふっ、分かったよ、リンダ。その時はちゃんと、紹介させてくれ」


 普段よりも熱量が一気に高くなった部下を見て、ハーレンは笑いながら答えた。


 着替えに使う更衣室も用意されていたが、ハーレンは自身に与えられた部屋で、着替えることにした。着ようと用意した服に、まだ迷いがあったからだ。


 着替え終わり、鏡の前に立ち、ハーレンは腹を決めた。


(ユリエットに、気に入ってもらえるだろうか)


 ハーレンの頭の中はそれだけだった。


 パーティー会場に着き、ハーレンを見とめた者たちは、言葉を失い、彼女を目で追った。


 ハーレンは、白に近いクリーム色の、スリーピーススーツのようなものを着ていた。

 特徴的なのは、肩から羽織っているジャケットだ。まるでマントのように長い。そしてドレスのように裾にかけて膨らみがあり、裾にはフリル、裏地には萌黄色が使われている。

 また、胸元はネクタイでもクラバットでもなく、裏地と同じ色のリボンタイだ。


「清廉潔白さの塊か………」


「はぁ〜………、ハーレン様いつもの団服より、今日はお可愛らしい」


「いや、キレイだよ!」


「いやいや、カッコよさが増してるだろ!」


 見る人によって、意見は分かれていた。ハーレンの今日の姿はとても中性的だ。


 ざわざわとした雰囲気を感じ取った、ユリエットがハーレンを先に見つけた。


「ハーレン、お疲れ様。待ってたよ」


「ユリエット! あの、どう………かな?」


「とても似合ってるよ。すごく素敵だ。ハーレンならフリルも、スラックスも一緒に着こなせると思った」


 ハーレンはユリエットから、その言葉を貰っただけで、満たされた気持ちになった。

 この衣装を用意してくれたのはユリエットだ。ハーレンは、ユリエットらしい色が入っていたら嬉しいとだけ、伝えていた。


 ユリエットが隣に並ぶと、ざわめきは更に増した。


「あれって、子爵家のユリエットだろ?」


「確かいま、文官で務めてる?」


「ハーレン様の隣りにいるのはどなた?」


「ハーレン様と親しげ………くっ!! 羨ましぃっ!」


 ハーレンの衣服は萌葱色が差し色となって、際立っていた。そこにユリエットが隣に並べば、2人が特別な間柄なのが見て取れるだろう。


「………、踊れる内に、踊ってしまおうか」


「あっ、ああ、そうしよう」

 

 ハーレンはキラキラ瞳を輝かし、ユリエットの手を取った。


 2人が踊り始めると、パーティーに来ていたほぼ全員が、ハーレンがパーティーに参加したことを知ることになった。踊り終わると、ハーレンは女性たちに、取り囲まれた。


「あの方は!? あの方との間柄はっ!?」


「ハーレン様、ご婚約されてたんですかっ!?」


「今日のお召し物も素敵です! 次は私と踊っていただけませんかっ?」


 いっぺんに、多人数から言われたため、流石にハーレンもたじろいだ。


「おどきなさい」


 ピシャリとそう言い、道を開けさせたのは昼間の他国の王女だった。


「あら、ハーレン。パーティーでもあえて嬉しいわ」

 

「光栄です、王女殿下」


 まるで、しなだれかかるように王女はハーレンに近づいた。


「本当、そんな姿を見たら、やっぱりあなたを諦めきれな………誰、その方」


 近づいて、ユリエットがハーレンに寄り添うようにして立っているのに気づいたようだ。


「私の婚約者のユリエットと、申します」


「えっ!? 婚約者!? 嘘っ………」


 王女は明らかに、ユリエットを見下すような視線を向けた。


「似合わないわ。なんだか冴えない見た目の方。ハーレンの方が、少し背も高いし。あなたには男性でも、女性でも、美しくて、華のある人が似合ってるわ。そう! 例えば、私とかねっ! ねぇ、やっぱり私の騎士になりなさい。とても大切にするし、可愛がってあげるわ」


 一瞬息を呑んだハーレンが、1つ深呼吸をした。そして、王女の片手を取った。


「王女殿下、私を買いかぶっていただき、恐れ多い気持ちでございます。失礼を承知でお話させていただくと、私の方が彼に見合っていないのです。

 彼はとても落ち着きがあり、賢い人物です。剣ばかり握り、女らしさがない。そんな私に寄り添い、歩調を合わせてくれる方なのです。こんな素敵な人を逃せないと、今私は必至になっています」


 そっと、ハーレンは王女の手をおろし、一歩後ずさって、ユリエットの隣に改めて並んだ。

 そしてユリエットの肩を抱き寄せた。


「今日の服も、彼に似合うように、彼の瞳の色を入れました。彼に似合うと言って貰いたくて着ました。本当、はたから見れば必死で、お恥ずかしい限りです。ですが、それほど余裕のないくらい、私は彼を愛してるのです。

 いかがですか? やはり似合ってないでしょうか?」


 少し沈んだ表情を見せれば、成り行きを見守っていた者達はブンブンと首を横に振った。王女殿下も2人を改めてみて、考えが変わったようだ。


「そっ………そうね。まぁ、それほど悪くない気も、してきた気がするわ」


「王女殿下なら、分かってくださると思いました」


 ハーレンは王女殿下の前にかしずき、手を差し出した。


「王女殿下の騎士にとはいきませんが、どうか私に王女殿下のダンスのお相手という名誉を、お与えくださいませんか?」


「はっ、………はい!!」


 王女はハーレンに目が釘付けになり、完全に意識も目も、ハーレンに持っていかれたようだった。


 見守っていた者も、何人か王女と同じ症状が出ている。


 ユリエットは王女をエスコートしながら踊るハーレンをみて、ほっと胸をなでおろした。

 その後ハーレンは、何人もの令嬢や令息と踊った。


 ハーレンは不安そうな顔をしたが、ユリエットは送り出した。


 けれど、ハーレンが隙を見てはユリエットを目で探すので、ユリエットはハーレンを見逃さないように、見守っていた。そして、瞳が合えば微笑んだり、手を小さく振った。それだけでハーレンの顔はいつも通り、輝いていた。

 


❖❖❖❖❖

 祭りが終わった次の週。ユリエットは、ハーレンの家を訪ねていた。


 ユリエットが着くと、ハーレンの自室へ案内された。部屋の前に来たユリエットが、扉を叩くと、中からハーレンの声がし、入室の許可が出た。


「ユ、ユリエット。こんにちは、良く来たね」


 上ずった声。ハーレンは明らかに緊張していた。

 

「ど、どうだろうか」


 ハーレンの手は力が入り、両手ともぐっと固く、握りしめられていた。


「あぁ、本当………とても良く似合ってる。着てくれてありがとう、ハーレン」


「そ、そうか! ありがとう、ユリエット!」


 ハーレンは、フリルもレースもふんだんにあしらわれた萌葱色のドレスを身に着けていた。ハーレンにとって、ドレスはほぼ着たことがない物。なので、とても緊張していた。先日のパーティーで着た衣服と一緒に、ユリエットからこのドレスも送られた時は驚いた。


「でもやはり、短い髪では違和感がないかい?」


「そう? 僕は気にならないけど。なにより、僕が送ったものを、君が着てくれて嬉しい。どう? ハーレン。着てみたかっただろう?」


「そ、それは………。多少憧れがあったし………。君にはドレス姿を、見てもらいたいと思っていたけど」


 ユリエットはハーレンが僅かだが、ドレスを着てみたいという願望があるのを知っていて、ドレスも一緒に送ったのだ。


 ハーレンはドレスのデザインを、気に入っていた。けれど、着てみると、普段の服と比べ、違和感があった。顔立ちなのか、髪型なのか、雰囲気のせいなのか。そして、なんとなくドレスを着ることに、恥ずかしさがあった。


 それでも、ユリエットには見てもらいたかった。そういった理由で、今日はハーレンの自室での逢瀬になった。


「役得だな。当分君のドレス姿は、僕だけが独占出来そうだ」


 そう言って、ユリエットはハーレンの耳にキスを落とした。ハーレンが小さく、高い声を漏らした。


「ハーレンの髪が伸びて、ウェディングドレスを着るまでかな?」


「あっ、あぁ。そうなるのかな」


「楽しみだね。ハーレンに似合うウェディングドレスを送らせて。スラックスタイプの物も、作っておこうかな。どっちも着て良いと思わない?」


 ハーレンなら両方似合ってしまうから。

 

 ユリエットにそう言われ、ハーレンは赤くなり力が抜けてしまった。

 普段は人をたらし込むハーレンだが、今は完全にユリエットに誑し込まれている。


 ユリエットは、ハーレンを後ろから抱き込めるようにして、腕をハーレンの腰に回した。


 いくらハーレンの身長が高くても、ユリエットに抱きしめられると、自分が女性だと感じてしまう。


 ユリエットの肩幅、硬い腕に、薄いお腹。


「ハーレン………私のきれいで、格好良くて、可愛い人。パーティーでは熱烈な告白をありがとう。私だって君に負けないくらい、君を愛しているよ」


 思い知ってと言わんばかりに、ユリエットの声が、ハーレンの耳へ落とされて行く。


 人たらしハーレンの面影はその日、見当たらなかった。



❖❖❖❖❖


 ユリエットは、ハーレンの父に良くあのハーレンのキラキラに耐えて、乙女にならずにいられると、尊敬されているが、実は違う。


 ユリエットは、ハーレンに初めて会った時から、ハーレンの熱狂的信者………。熱狂者だ。

 ハーレンに初めて会った時、この世には信じられないほど、可愛い人がいることをユリエットは知った。

 

 今でもそうだが、表に余り出てないだけで、ユリエットの脳は、「ハーレン可愛い」のオンパレードだ。


 もちろん、キレイで、カッコいいというのも分かる。

 そちらの一面の方が、強いという見方も分かる。


 しかし、それをひっくるめて、ユリエットはハーレンが可愛かった。


 幼い頃はハーレンに会っただけで、喜びの悲鳴をあげそうになったり、意識が飛びそうになったりした。

 しかし、毎回会うたびに、大げさな反応をとって、ハーレンに嫌われたくないと、鍛錬を積み、ユリエットは、顔には出さないという技を、身につけることが出来た。 

 

 そして、神に祈っていたお陰か、ユリエットはハーレンの婚約者になることができた。


 本当は他にも、候補者がいたらしいのだが。ハーレンを前にすると皆、舞い上がってしまって、会話にならなかったらしい。


 だから、ユリエットが選ばれたと聞き、ユリエットは選択は間違ってなかったと神に改めて、お礼を述べた。


 婚約者になると、ハーレンの可愛さは年々磨きを増した。

 ユリエットに会う時、ハーレンの気分が上がっていると気づいた時は、ユリエットは自室で嬉しさの余り泣いた。


 ハーレンがユリエットを意識しだして、緊張したり、可愛くみられたい、という気持ちを抱くようになった時。


 熱狂者のユリエットに、ハーレンの変化はお見通しだった。


 同時に、ユリエットにとって、ハーレンは可愛いの極みにいる。そんな彼女が自身のために、可愛いさを求め、行動すれば………。


 ユリエットは幾度となく、ハーレンの可愛さの供給過多に、処理が追いつかず、人知れず、悶え、苦しむことになった。


 そのかいあってか、ハーレンがモテていても、多少は余裕がある目で、見ることができるようになっていた。


 いわゆる格の違いを知っているからである。


 魅力的であるハーレンの、その先の先の先にも隠された魅力があることを、自身だけが知っている。暴力的なほど強力な魅力に、食らいついてきたからこそ、手にした格だった。


 もちろん、ハーレンはモテるので、いつ掻っ攫われてもおかしくないと、気が抜けない日々を送りながら、ハーレンの可愛さに呑まれ、ボロが出ないよう、ユリエットはこれからも、精進していく所存だ。


 おそらく、ハーレンと結婚するまでは、ユリエットの面の皮は守られるだろう。

 

 だがしかし、結婚した後、ユリエットの、ハーレンに対する熱狂者ぶりを引きずり出さんと言わんばかりに、更なる試練が待ち受けていることを、ここに記しておく。

 

-完-

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