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人たらし騎士の恋

作者: もよん
掲載日:2023/09/04

「ハーレン様ー!!」


「今日も素敵ですー!」


「ハーレン様ぁー! 麗しいお顔! こちらを見てぇー!」


 城内の裏庭に面した廊下で、侍女たちの黄色い声が飛ぶ。洗濯物をしていた彼女たちは、その人物が廊下を歩いているのが目に入ると、一斉に色めきだった。


「やぁ! みんなお早う! 今日もみんな元気で可愛いね。また、ゆっくり話そう」


 白と青を基調とした騎士団服、腰に携えられた剣。胸元のバッジ。第5騎士団隊長ハーレンが、侍女たちの声に笑顔で応える。その対応に、また一斉に声が高まった。


 ハーレンはスラッとした体格、腰まである豊かな小麦色の長髪を項あたりで1つに括り、春の青空を閉じ込めたような瞳で、多くの人を虜にしていた。


「ハーレン隊長。今日も素敵ですが、盛り上げすぎるとま倒れる者が出ますから、程々にしてください」


「ふふっ、ごめんよ、リンダ。それじゃあ、足早に此処から退散しようか」


 副隊長のリンダに窘められるよう言われても、ハーレンは飄々としていた。


 その様子を少し遠くで見ていた他の騎士たちが、面白くなさそうに舌打ちをする。


「あれがハーレン隊長か………」


「あんなの、ただの女たらしじゃないか」


「たしかにお綺麗な顔だが………なぁ?」


「あぁ、男の真似事をして、女たちを口説くなんて、気色が悪い」


 ハーレン・キャンドレッド。第5騎士団隊長。性別女性。

 第5騎士団は女性のみで編成されている。今までは、東西南北を守るため第4騎士団までしかなかった。それが女性の主要人物を守るため、第5騎士団が結束され、その初の隊長になったのがハーレンである。女性で隊長になったのは、この国始まって以来だった。

 その容姿と、剣の腕。加えて人たらしの性格が相まって、ハーレンのファンは急増していた。


❖❖❖❖❖


「ハーレン隊長………」


「どうした? リンダ。疲れた顔だね。具合が悪いのかい? 午後は休む?」


「うっ! やめてください! そんなお顔で心配されると、ときめいて婚約者のこと、うっかり忘れそうになります!」


 2人はいま食堂に来ていた。隊長職が故に事務作業があり部屋も与えられているが、ハーレンは時々気分転換を兼ねて、食堂で食事を取っていた。

 リンダは改めて、向かいに座るハーレンを見た。ハーレンの周りには、女性たちがズラッと控えている。長机もハーレンが座った列は、端まで女性達でいっぱいだ。


 第5騎士の女性騎士に、他の隊の女性騎士。侍女に、文官に、メイドに。ありとあらゆる城に仕える女性たちが、ハーレンを囲んでいる。


 王妃に、王女に、令嬢に。他国の主賓の女性たちを相手にすることも多いハーレンは、女性のハートをしっかり掴んでいた。そして『男よりもハーレンの方がかっこいい』という声は日に日に高まっていた。

 リンダは副隊長としてハーレンの側で過ごすことが多く、ものすごくその気持ちが分かる。と同時に、ハーレンに対する男性たちの恨みがましい視線が増え、最近はずっとヒヤヒヤしていた。


「やぁ、ハーレン隊長。今日も女性たちを侍らかして、いい気なものですね」


「本当に。あなたは女性にしては剣の腕があっただけで、隊長となった。男と並べば下っ端の騎士レベルなくせに」


「女性でありながら男の振る舞いを真似たところで、本物の男のように強くはなれませんよ?」


 ニヤニヤと、ハーレンを見下す、数人の男が近寄ってきた。騎士も文官もいるが、この春から城で仕え始めたばかりの新人たちであるとリンダは分かった。


 隊長職のハーレンに随分な口の聞きようだが、おそらくそれほど彼らの家柄が良いのだろう。ハーレンは伯爵令嬢だ。彼女より上の家柄の新人たちは、それを理解してハーレンを貶している。


「やぁ、はじめまして、こんにちは」


 ハーレンはさっと立ち上がると、一番前にいた男に手を差し出した。

 男の身長は男性の平均並みだ。しかし、それにハーレンが並んでも、ほとんど変わらなかった。

 ハーレンが思ったより背が高く、顔が近かったかった事に驚いたのか、男は一歩後ずさった。思わず出したであろう手で、ハーレンと握手を交わす。


「君の手はとても大きいね。剣を握るのに向いている。確かにこれは、私も負けないように更に鍛錬しないといけないな!」


 ハーレンが男の瞳を見ながら朗らかに笑うと、一気に男の首から上が赤くなった。


「うぇっ!? え、えっと………」


「おいっ!! しっかりしろ! ハーレン隊長、いい加減にしてください! あなたがそんなんだから、私の婚約者はあなたに熱を上げてしまったんです!」


「おや、それは………。君は面白くないだろうね。婚約者殿のことが好きなら尚更だ。そうだね?」


「は、はい………」


「ふふっ。君は素晴らしいな。ならちゃんと婚約者殿に教えてあげるといい。ハーレンなんかより、自分は良い婚約者だ。なぜなら、誰よりもあなたを愛してるって」


 ぽんっと、ハーレンが男の肩に手を置き「頑張れ、応援しているぞ」と、囁くように言った。もちろん、ニコリとしたキラキラの笑顔付きで。


 男の目から滝のような涙が溢れ、腕でそれを抑えた。


「ありがとうございますぅーーー!!!」


 どんどんと、ハーレンに陥落されつつある空気の中、複数人の足音が近づいてきた。


「じゃっ、そろそろ、回収しますかね」


「ハーレン、毎回すまないな」


「た、隊長っ!?」


「長官っ!?」


 ハーレンに絡んでいた男たちは、それぞれの上官が現れたことで、一気に目が覚めたようだ。


「お前たちの気持ちも分からんでもないが、職場で家柄を笠に着て無礼を働くのはマナーがなってないな」


「さっ、反省のため、仕事を与えましょうかね」


 こうして男たちは、自分たちの先輩達に連れて行かれた。


「ありがとうございます。今回もお騒がせしました」


「いや良いんだ。こちらこそ、教育がまだなってなくてすまない」


「こんな目立つ場所で、隊長のあなたに私的な不満をぶつけるなんて。はぁー………」


 彼らは職を失っていたかもしれない。城への登城を禁止され、家もどうなっていたか。そう先輩達に、これから叱責されるだろう。


 上司に絡むとは、そういったことに発展するのだ。

 


「彼らも思うところがあって、溜まっていたんでしょう。せっかく皆、城に勤めれるほど才のある若い者たちなのに………勿体ない。けれど、手本となる方々がいて良かった。彼らもきっと、お2人のようになってくれると私は思います」


 お2人とも素晴らしい上司ですから。


 そう付け加えた時には、上官2人は照れて顔を赤くし、必死にハーレンから顔をそらしていた。


「そ、そうだろうか! ハハハッ! そう言われちゃ、私もまだまだ若いものに負けず、剣の腕を磨かなくてわな!」


「わ、私も! 法整備に外交に! なんだか今ならできそうな気がします!」


 熱くなる上官2人にバレないよう、リンダがハーレンに目配せする。そろそろ仕事の時間が迫っていた。


「それでは、私はこれで失礼いたします」


 女性達から惜しむ声が上がる。上官たちは顔に書いてあった。


「名残惜しんでもらえて嬉しいな。ありがとう。おかげで午後からも頑張れそうだ」


 じゃあまたねと、不特定多数の者に手を振り、笑顔を残していったハーレン。

 黄色い声も、ひっそり隠れていたハーレンの男性ファンの野太い声も。ハーレンの姿が去ったあと、一気に食堂に溢れた。


 ハーレンは人たらしであり、どんな相手でもハーレンが目の前に立てば、相手は乙女になってしまう。


「ハーレン隊長、今日もまた男性たちの心を乙女に変えちゃいましたね」


「えー? まさかぁー」


「格好良くて、お綺麗で。私だって5年も側にいるのに、未だに心臓を鷲掴みにされるので気持ちは分かるんですが………。そろそろ他国の姫にでも見初められて、連れて行かれそうで、そのたらしっぷりが怖いです」


「リンダ、心配かけてしまってごめんよ。君は常に周りを見て、私を助けてくれるね。こんなできる部下がいてくれて、とても心強いよ」


「グッ!! それです………、そのたらしっぷりです。はぁ〜、危ない危ない」


 5年前であれば、そのままの勢いで好きだと言葉が漏れてしまっていたのだから、成長したな自分。とリンダは思った。


❖❖❖❖❖

 ハーレンが帰宅し、自室のソファーで本を読んでいると、父の帰宅の報せが入った。それを聞いた、ハーレンはエントランスに向かった。

 真ん中を開け、家令に侍女たちが並び「おかえりなさいませ」と、頭を下げる。


「父上、おかえりなさい。お疲れ様です」


「やぁ、ハーレン。今日はもう帰っていたんだな」


「上着、お預かりします。ふふっ、ええ。少し早めに上がれたんです。いつもは私のほうが遅くなることが多いから、今日は父上を出迎えれて嬉しいです」


 ハーレンがそう言って微笑むと、父は胸をおさえた。


「ぐっ!! ハーレンは、サラッとそういうこと言っちゃうからなぁー。私の方が娘にされそうだよ」


「また良くわからないことを仰って。父上は面白いんですから」


 クスクスと笑い、本気にしてない娘に父は危機感を覚えていた。


「はぁー、ハーレンが娘で良かった。もし男だったら、君を巡って国同士で争いが起きてたよ。いや、今も危ういんだけどさ。あ、そうだ。お客さんがいるんだ。すまないね、こんなところでお待たせして」


 父が振り返り、ハーレンも父の後ろへと視線を向ける。彼は丁度メイドに上着を渡し終えたところだった。


「いえ、そんなことありませんよ。ハーレン、今晩は」


「ユリエット!! やぁ、いらっしゃい!」


 父の背の後ろから現れたユリエットに、ハーレンの顔が輝く。


「今日は一緒に夕食を食べれるのかい?」


「うん。たまたま帰りに顔を合わせたキャンドレッド卿に誘ってもらってね」


「嬉しいな! 今週はいつもより一緒に過ごせるね」


「ふふ、そうだね」


 父は明らかにテンションが上がった娘を見て、父親として複雑かつ、微笑ましい気持ちで2人を見た。

 好意全開のハーレンは、いつもよりキラキラが増している。けれど、ユリエットが動じている様子はない。ハーレンに耐性があるのか、父はそんなユリエットを尊敬していた。


「私は自室で片付けしているから。ハーレン、夕食までの間ユリエット君をもてなしてくれ」


「えぇ、分かりました。ユリエット、客間でお茶でも入れるよ」


 ハーレンはユリエットを客間に案内し、お茶をいれた。


「はい、どうぞ」


 カップとソーサーをユリエットに渡し、ハーレンは彼の隣りに座った。


「ありがとう」


 ハーレンはユリエットがお茶を飲む様子を、じっと見つめた。

 ハーレンとユリエットは、ともに23歳。5歳の頃から幼馴染だ。そして、婚約者でもある。


 ユリエットの癖があり、色んなところにはねてしまう、柔らかい黒髪。丸い眼鏡が似合ってる顔。その奥の木漏れ日を思い起こさせる緑の瞳。落ち着いた雰囲気に性格。ハーレンは気づけば、ユリエットに見惚れていた。いつも飄々としているハーレンだが、ユリエットの前ではドキドキし、落ちつかないことが多かった。


「ハーレンは、お茶を入れるのも上手だね」


「そ、そうだろうか? ユリエットの口に合ったのなら、嬉しいな」


 ユリエットに褒められ、微笑まれ。ハーレンは舞い上がってしまった心を落ち着けようと、自身もお茶を飲んだ。


「ユリエットのところは、そろそろ祭りの準備で忙しくなる時期だな」


「あぁ、そうだね。この時期は書類だけじゃなくて、物品達とも睨めっ子だ。計算は好きだけど、実際に数えて確認は本当に骨が折れるよ」


「ふふっ、文官達は漏れなく祭りの準備に、駆り出されてしまうものな」


「ハーレンは、当日大忙しだろ?」


「そうだな………。地方の者や、他国の旅行客も訪れて毎年大賑わいだから。街の警備に他国の要人の警備に、城の警備。想像しただけで、今から疲れてしまうよ。それに」


「それに?」


「いや、今年は王都の周りに炎獣が多いようなんだ。だから、祭りまでに出来る限り、退治しなくてはいけなくて」


 自然が荒れると、そこから獣と呼ばれるものが生まれる。炎獣は、暑い日が続き熱が集中してこもる箇所があると、そこから生まれるのだ。炎を吐き散らし、姿はトカゲに似ている。その大きさは通常でも、中型犬サイズはある。


「去年雨が少なかったから、増えやすかったのか………。ハーレンは王族の女性方の警備がメインだよね? ハーレンも討伐に行くの?」


「多分な。かなり大きく厄介なのが一匹潜んでいるらしい。だから、そいつを見つけて退治するのに、隊長クラスは日替わりで駆り出されるそうだ」


「そっか………」

 

「ユリエット?」


 声を落としたユリエットを、ハーレンはどうしたのかと顔を覗き込むように見つめた。


「ううん。ハーレン、退治気をつけてね」


「わ、分かった」


「騎士はいつだって、危険と隣り合わせの仕事だって分かってる。この国を、僕たちを守る力がハーレンにあるのも分かってる。君が剣に長けてるのも知ってるんだけど。やっぱり怪我をして欲しくなくて………。炎獣はとても凶暴だから………。信用してないんじゃないんだ。僕の心を安心させるために、君が怪我をしないように祈らせて」


 ハーレンの手をそっと、ユリエットが包み込むよう握る。


「もっ、もちろんだっ!!! ユリエットに、婚約者に無事を祈られて嬉しくないわけがない!! とても嬉しい! 好きなだけ、心置きなく祈ってくれ! わ、私はユリットが私のことを想ってくれるのがとても………嬉しいから………」


 いつも自信に溢れ、堂々としているハーレンからは信じ難い姿だ。赤くなり、完全に語尾が窄んでしまっている。


 ユリエットがハーレンを見つめる瞳はとても柔らかく、まるでハーレンを包み込んでいるようだった。


❖❖❖❖❖

 ハーレンが騎士を目指したのは、母方の叔父達の影響だ。ハーレンの母の家は、代々剣に長けた騎士を輩出していた。

 

 ハーレンも叔父達に憧れ、剣を習うようになった。


 ハーレンの容姿は叔父達や、母方の祖父似だ。しかしハーレンの母は、ハーレンとは逆に小柄の可愛らしい人だった。ハーレンの母は体が弱く、ハーレンが5歳になる頃に亡くなった。性格は父に言わせると、ハーレンも母も似ていたそうだが………。


 母がいなくなったことが寂しかった幼いハーレンは、自身に母の面影を探すようになった。そして唯一母親に似ていた髪を、母を真似るように伸ばし大切にしていた。



『ハーレン様は短い髪のほうが、お似合いになると思いますわ』


『きっと髪の毛が短ければ、もっと本物の騎士様に見えると思います』


 幼い頃。お茶会をしたご令嬢たちの他意のない声に、ハーレンは曖昧に笑った。


 ご令嬢たちに悪気はない。けれど、母に似た髪が似合ってないと言われているようで、ハーレンは辛かった。

 ユリエットだけが、ハーレンの隠した気持ちに気づいて、寄り添ってくれた。


『長くても、短くても。もし髪がなくなっても。僕にとってのハーレンは変わらないよ。でも、ハーレンがお母様ゆずりの髪を大切にしている姿、僕はとても好きだな。ハーレンは可愛いね』


 こうしてハーレンは、ユリエットに恋に落ちた。ハーレンが同世代の子に可愛いと言われたのは、ユリエットが最初で、今もユリエットくらいだ。普段は何も気にならないが、彼には可愛いと言ってもらいたい。少しでも可愛く見られたいと思っていた。


❖❖❖❖❖

「ハーレン!!」


「ユ、ユリエット………」


 自室のベットで、ハーレンは体を起こして座っていた。


 ハーレンの姿を確認すると、ユリエットは走ってきたのか、肩で息をしていた。


「よっ、良かった。炎獣と戦って、負傷したって聞いて………」


 普段の落ち着きは影を潜め、まだ覚束ない足取りで、ユリエットはハーレンに近づいた。


「傷はたいしたことないんだ。大事をとって、帰らされただけだよ」


 ハーレンの近くまで来たユリエットは、ハーレンの頭へと手を伸ばした。そして何も言わず、髪のてっぺんから、毛先まで撫でるを繰り返した。


「と、とても短くなったが、私に似合ってるだろ? みんなもそう言ってくれて………」


 そこまで言葉にするのが、ハーレンの限界だった。


 この日ハーレンは噂の炎獣と対峙していた。炎獣の大きさは大人2、3人分はありそうだった。見つけたのは部下ので、ハーレンは加勢した形だった。

 

 人数も十分おり、こちらが優勢。炎獣に切りかかった部下の一撃が、決め手になった。

 喜ぶ部下がハーレンの方に向き直った時、炎獣がピクリと動いたことにハーレンは気付いた。


 「伏せろっ!」と叫び、剣を炎獣に向かって投げる。同時に部下を庇うため、ハーレンは部下に体当するよう、覆いかぶさった。


 ハーレンの1つに結ばれた髪がふわりと浮かび、炎獣が最後の力を振り絞って口から放った炎の玉が当たった。

 そのすぐ後、ハーレンの投げた剣が炎獣にあたり、炎獣は本当に息絶えた。


 城に戻り、怪我の治療と、焦げた毛先を切ることになった。そうすると、ハーレンの髪は項が見えるほど短くなっていた。


 普段なら気にならない、周りのうっとりした視線。

怪我が大したことなくて良かった。それに更に格好良く、素敵なったという言葉。


 ハーレンは大事をとって帰るよう言われ、安堵した。


「ハーレン………。大切にしていた髪が短くなって悲しかったね」


 ユリエットにそう言われ、ハーレンからポロポロと涙がこぼれた。怪我が大したことないだけで十分であると、思うべきなのに。ハーレンは確かに、悲しかったのだ。


 髪はハーレンにとって母の形見であると同時に、女性らしさの証でもあった。


 少しでもユリエットに可愛く見られたい。そう言う気持ちもあり、大切に伸ばしていたのだ。


「ユリエット………。私は………また、女性らしい可愛いから遠のいてしまったけれど………。それでも君の妻になってもいい?」


「ハーレン」


 ユリエットが、ハーレンを抱きしめた。


「君はいつだって可愛いよ、ハーレン………。大好きだよ。愛してるんだ、ずっと。僕の方が請うべきだ。僕を君の夫にして欲しい」


 ユリエットにそう言われ、ハーレンの体は衝動的に動いた。

 ユリエットに抱きつくように、抱きしめ返し、泣きながら必死に頭を上下に振った。


❖❖❖❖❖

「キャ~!! ハーレン様ー!!」


「今日もお仕事、頑張ってくださいー!」 


「応援してますー!」


「ありがとう! 今日は特別忙しくなるだろうけど、頑張ろうね」


 ハーレンが少し離れたところの侍女たちに手を振り返すと、更に黄色い歓声が上がった。


「ハーレン隊長………、少しでも気力残しておかないと。今日は祝祭日ですよ?」


「確かに。リンダの言う通りだね」


 もうっと心配するリンダをよそに、ハーレンはあまり意に介しているように見えない。

 今日は王都中が祭りで賑わう。2人は王妃と王女の警護につくことになっており、そちらへ向かっていた。


 王女と王妃は、ハーレンが来ると明らかに機嫌が良くなった。


「ハーレン、そちがいるだけで2人の機嫌が良い。今日は1日中、笑って手を振ることになる。あの子もそちがいれば乗り切れそうだ」


 国王がまだ10歳に満たない王女を見つめながら、ハーレンに述べた。


「光栄にございます、国王陛下。私も今日は特に気合を入れて、警護にあたらせていただきます」


 お任せくださいと、ハーレンが張り切り交じりの笑みをこぼせば、「ワシも乗り切るぞー!」と、国王も元気なった。


 ハーレンの後ろにいたリンダが分かると言わんばかりに、深く頷いている。


 城のひらけたバルコニーに出て、国王、妃、王女が集まった民たちに手を振る。一気に歓声が高まった。


 その後、外が祭の音楽であふれる中。国王たちは玉座の間で来城した者たちを迎え入れ、挨拶を交わしていた。


 順々に名前を呼ばれ、国王たちの前に来るのは、辺境伯などの王都から離れた土地に住む高位の貴族であったり、他国の王族だった。


 王女たちの側で控えていたハーレンはやはり目に入りやすいのか、ハーレンを見とめた姫たちが、ハーレンに声をかける。


「あなた、かっこよくて、とても綺麗ね! 私の騎士にしたいわ!」


 そう言われると王女が「駄目!」と、必死になってハーレンの前に出ようとした。

 中には、強気な王女もいた。


「私、あなたのことが気に入ったわ! 私の騎士になりなさいな」


「身に余るお言葉です。ですが、私はこの国の騎士なので、申し訳ありません」


「あらっ? 女性でしたの? 全く気づきませんでしたわ。でもそれもまた素敵。ますます気に入りましたわ!」


 この他国の王女にご退出願うのは、さすがのハーレンも少し骨が折れた。


❖❖❖❖❖

 夜になると、貴族や他国の王族を招いて夜会パーティーが城で開かれた。 


 パーティも中頃に差し掛かった頃、幼い王女は流石にここで退場することになった。


「そなた達も、今日はありがとう。あとは大丈夫よ。2人ともパーティーを楽しんで頂戴」


 王妃にそう言われ、リンダとハーレンの今日の仕事は終わった。


「リンダ、君はこの後ドレスに着替えるのかい?」


「はい。会場で婚約者が待ってくれてますから、早く着替えたいです。ハーレン隊長は団服のまま行かれますか?」


「いや………、今日は着替えようかと思って、用意はしてきたんだ」


 ハーレンの顔色が変わり、頬を少し染めたのをリンダは見逃さなかった。


「ハーレン隊長の婚約者様もいらしてるんですよねっ! 会場でお会いできたら、ぜひっ! ご挨拶させてください!」


「ふふっ、分かったよ、リンダ。その時はちゃんと、紹介させてくれ」


 普段よりも熱量が一気に高くなった部下を見て、ハーレンは笑いながら答えた。


 着替えに使う更衣室も用意されていたが、ハーレンは自身に与えられた部屋で、着替えることにした。着ようと用意した服に、まだ迷いがあったからだ。


 着替え終わり、鏡の前に立ち、ハーレンは腹を決めた。


(ユリエットに、気に入ってもらえるだろうか)


 ハーレンの頭の中はそれだけだった。


 パーティー会場に着き、ハーレンを見とめた者たちは、言葉を失い、彼女を目で追った。


 ハーレンは、白に近いクリーム色の、スリーピーススーツのようなものを着ていた。

 特徴的なのは、肩から羽織っているジャケットだ。マントのように長く、ドレスのように裾にいくにつれ膨らみ。裾や袖口などにフリル、裏地には萌黄色が使われている。胸元はネクタイでもクラバットでもなく、裏地と同じ色のリボンタイが結ばれていた。


「天使か………」


「はぁ〜………、ハーレン様、今日はお可愛らしい」


「いや、キレイだよ!」


「いやいや、カッコ良いだろ!」


 見る人によって、意見は分かれていた。それほど、スーツとドレスをかけ合わせたような姿のハーレンは、中性的な魅力に満ちていた。


 ざわざわとした雰囲気から、ユリエットが先にハーレンを見つけた。


「ハーレン、お疲れ様。待ってたよ」


「ユリエット! あの、どう………かな?」


「とても似合ってるよ。すごく素敵だ。ハーレンならフリルも、スラックスも一緒に着こなせると思った」


 ハーレンはユリエットから、その言葉を貰っただけで、満たされた気持ちになった。

 この衣装を用意してくれたのはユリエットだ。ハーレンは、ユリエットらしい色が入っていたら嬉しいとだけ、伝えていた。


 ユリエットが隣に並ぶと、ざわめきは更に増した。


「あれって、子爵家のユリエットだろ?」


「確かいま、文官で務めてる?」


「ハーレン様の隣りにいるのはどなた?」


「ハーレン様と親しげ………くっ!! 羨ましぃっ!」


 ハーレンの衣服は萌葱色が差し色となって、際立っていた。そこにユリエットが隣に並べば、2人が特別な間柄なのが見て取れるだろう。


「………、踊れる内に、踊ってしまおうか」


「あっ、ああ、そうしよう」

 

 ハーレンはキラキラ瞳を輝かし、ユリエットの手を取った。


 2人が踊り始めれば、パーティーに来ていたほぼ全員に、ハーレンがパーティーに参加したことが知れ渡った。

 踊り終わると同時に、ハーレンは女性たちに、取り囲まれた。


「あの方は!? あの方との間柄はっ!?」


「ハーレン様、ご婚約されてたんですかっ!?」


「今日のお召し物も素敵です! 次は私と踊っていただけませんかっ?」


 いっぺんに、多人数から言われたため、流石にハーレンもたじろいでしまった。


「おどきなさい」


 ピシャリとそう言い、道を開けさせたのは昼間の他国の王女だった。


「あら、ハーレン。パーティーでも会えて嬉しいわ」

 

「光栄です、王女殿下」


 まるで、しなだれかかるように王女はハーレンに近づいた。


「本当、そんな姿を見たら、やっぱりあなたを諦めきれな………誰、その方」


 王女は近づいて、ようやくユリエットに気づいたようだ。


「私の婚約者のユリエットと、申します」


「えっ!? 婚約者!? 嘘っ………」


 王女は数度2人の顔を見比べた。そして明らかに、ユリエットを見下すような視線を向けた。


「似合わないわ。なんだか冴えない見た目ですこと。ハーレンの方が、少し背も高いし。あなたには美しくて、華のある人が似合ってるわ。そう! 例えば、私とかねっ! ねぇ、やっぱり私の騎士になりなさい。とても大切にするし、可愛がってあげるわ」


 一瞬息を呑んだハーレンが、1つ深呼吸をした。そして、王女の片手を取った。


「王女殿下、私を買いかぶっていただき、恐れ多い気持ちでいっぱいです。失礼を承知でお話させていただくと、私の方が彼に見合っていないのです。

 彼はとても落ち着きがあり、賢い人物です。剣ばかり握り、女らしさがない。そんな私に寄り添い、歩調を合わせてくれる人物なのです。こんな素敵な相手を逃せまいと、今私は必至になっています」


 そっと、ハーレンは王女の手をおろし、一歩後ずさって、ユリエットの隣に改めて並んだ。

 そしてユリエットの肩を抱き寄せる。


「今日の服も、彼に似合うように、彼の瞳の色を入れました。彼に似合うと言って貰いたくて着ました。本当、はたから見れば必死で、お恥ずかしい限りです。ですが、それほど余裕のないくらい、私は彼を愛してるのです。

 いかがですか? やはり私は彼に似合ってないでしょうか?」


 ハーレンの少し沈んだ表情に、王女も成り行きを見守っていた者達も、ブンブンと首を横に振った。


「そっ………そうね。まぁ、それほど悪くない気も、してきた気がするわ」


「王女殿下なら、分かってくださると思いました」


 ハーレンは王女の前にかしずき、手を差し出した。


「王女殿下の騎士にとはいきませんが、どうか私に王女殿下のダンスのお相手という名誉を、お与えくださいませんか?」


「はっ、………はい!!」


 王女はハーレンに目が釘付けになり、完全に意識がハーレンに持っていかれたようだった。


 見守っていた者も、何人か王女と同じ症状が出て、ハーレンに意識を持っていかれている。


 ユリエットは王女をエスコートしながら踊るハーレンをみて、ほっと胸をなでおろした。

 その後ハーレンは、何人もの令嬢や令息と踊った。


 ユリエットが送り出してくれたからだ。


 

 ハーレンが隙を見てはユリエットを目で探すので、ユリエット常にハーレンを見守っていた。そして、瞳が合えば微笑んだり、手を小さく振った。それだけでハーレンの顔はいつも通り。いや、いつも以上に輝いていた。

 


❖❖❖❖❖

 祭りが終わった次の週。ユリエットは、ハーレンの家を訪ねていた。


 ユリエットが着くと、ハーレンの自室へ案内された。部屋の前に来たユリエットが、扉を叩くと、中からハーレンの声がし、入室の許可が出た。


「ユ、ユリエット。こんにちは、良く来たね」


 上ずった声。ハーレンは明らかに緊張していた。

 

「ど、どうだろうか」


 ハーレンの手は力が入り、両手ともぐっと固く、握りしめられていた。


「あぁ、本当………とても良く似合ってる。着てくれてありがとう、ハーレン」


「そ、そうか! ありがとう、ユリエット!」


 ハーレンは、フリルもレースもふんだんにあしらわれた萌葱色のドレスを身に着けていた。ハーレンにとって、ドレスはほぼ着たことがない物。なので、とても緊張していた。先日のパーティーで着た衣服と一緒に、ユリエットからこのドレスも送られた時は驚いた。


「でもやはり、短い髪では違和感がないかい?」


「そう? 僕は気にならないけど。なにより、僕が送ったものを、君が着てくれて嬉しい。どう? ハーレン。着てみたかっただろう?」


「そ、それは………。多少憧れがあったし………。君にはドレス姿を、見てもらいたいと思っていたけど」


 ユリエットはハーレンが僅かだが、ドレスを着てみたいという願望があるのを知っていて、ドレスも一緒に送ったのだ。


 ハーレンはドレスのデザインを、気に入っていた。けれど、着てみると、普段の服と比べ、違和感があった。顔立ちなのか、髪型なのか、雰囲気のせいなのか。そして、なんとなくドレスを着ることに、恥ずかしさがあった。


 それでも、ユリエットには見てもらいたかった。そういった理由で、今日はハーレンの自室での逢瀬になった。


「役得だな。当分君のドレス姿は、僕だけが独占出来そうだ」


 そう言って、ユリエットはハーレンの耳にキスを落とした。ハーレンが小さく、高い声を漏らした。


「ハーレンの髪が伸びて、ウェディングドレスを着るまでかな?」


「あっ、あぁ。そうなるのかな」


「楽しみだね。ハーレンに似合うウェディングドレスを送るよ。スラックスタイプの物も、作っておこうかな。どっちも良いと思わない?」


 ハーレンなら両方似合うから。

 

 ユリエットにそう言われ、ハーレンは赤くなり力が抜けてしまった。

 普段は人をたらし込むハーレンだが、今は完全にユリエットに誑し込まれている。


 ユリエットは、ハーレンを後ろから抱き込めるようにして、腕をハーレンの腰に回した。


 いくらハーレンの身長が高くても、ユリエットに抱きしめられると、自分が女性だと感じてしまう。


 ユリエットの肩幅、硬い腕に、薄いお腹。


「ハーレン………私のきれいで、格好良くて、強くて、可愛い人。パーティーでは熱烈な告白をありがとう。私だって君に負けないくらい、君を愛しているよ」


 思い知ってと言わんばかりに、ユリエットの声が、ハーレンの耳へ落とされて行く。


 人たらしハーレンの面影はその日、見当たらなかった。



❖❖❖❖❖


 ユリエットはハーレンの父に、よくハーレンのキラキラに取り乱さずにいられると、尊敬されているが、実は違う。


 ユリエットは、ハーレンに初めて会った時から、ハーレンの熱狂的信者………。熱狂者だ。

 ハーレンに初めて会った時。この世に信じられないほど、可愛い人がいることをユリエットは知った。

 

 自制心が強く、顔に余り出てないだけで、ユリエットの脳は、「ハーレン可愛い」で溢れていた。


 もちろん、キレイで、カッコいいというのも分かる。

 そちらの一面の方が、強いという意見も分かる。


 しかし、それをひっくるめて、ユリエットはハーレンが可愛かった。


 幼い頃はハーレンに会っただけで、喜びの悲鳴をあげそうになったり、意識が飛びそうだった。

 しかし大げさな反応で、ハーレンに嫌われたくないと、鍛錬を積み、顔には出さないという技を身につけたのだった。 

 

 神に祈りも通じたお陰か、ユリエットはハーレンの婚約者になることができた。


 本当は他にも、候補者がいたらしいのだが。ハーレンを前にすると皆、舞い上がってしまって、会話にならなかったらしい。


 だから、ユリエットが選ばれたと聞き、選択は間違ってなかったと神に改めて、お礼を述べた。


 婚約者になると、ハーレンの可愛さは年々磨きを増した。


 ハーレンがユリエットを意識しだして、緊張したり、可愛くみられたい、という気持ちを抱くようになった時。


 熱狂者のユリエットに、ハーレンの変化はお見通しだった。


 同時に、ユリエットの心の声も常に爆発状態にあった。可愛いの極みにいるハーレンが自身のために、可愛いさを求めるなんて………。


 ユリエットは幾度となく、可愛いハーレンの供給過多に処理が追いつかず、人知れず、悶え、苦しんだ。


 そのかいあってか、ハーレンがモテていても、多少は余裕を持てていた。


 格の違いを知っているからである。


 魅力的であるハーレンの、その先の先の先にも魅力があることを、自身だけが知っている。暴力的なほど強力な魅力に、何度も打ちのめされたからこそ、手にした格。


 もちろん魅力的なハーレンがいつ掻っ攫われてもおかしくないのも事実。


 気が抜けないユリエットはおそらく、ハーレンと結婚するまでは、面の皮を守りきれるだろう。

 

 しかし、結婚した後。また1つ、2つと。ハーレンの魅力を知ることになるユリエット。 

 ユリエットの中の熱狂者を引きずりださんと言わんばかりに、理性を揺さぶられる試練が待ち受けていることを、ここに記しておく。

 

-完-

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