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退院してからぼくは通常の生活にもどった。学校に通い、授業を受けた。クラスのだれも事件のことやカスミのことを訊いてこなかった。人権道徳プログラムが働いているのかもしれない。
その日、ぼくはいつものように最後尾の席に座って、クラスのみんながせっせとノートを書き写している姿をみていた。
ぼくは海でカスミと別れて以来ひとつの考えに支配されていた。それは──なんであのときカスミの誘いを断ったのか──というものだった。
その想いは日に日に大きくなっていき、胸をかきむしりたくなるほど膨れ上がっていた。
ぼくもカスミといっしょにいくべきだった──
ぼくの手をひっぱって冒険につれてってくれるカスミはもういない。だからぼくはこの日、一人で冒険に出る決意をした。
ぼくは端末を操作してネットワークからログアウトした。ログアウトが完了するとクラスメイト全員の頭部にノイズが走った。いままでみんなの頭部に投影されていた合成映像が消え、緑色の端末がむき出しになった。
フルフェイス型情報端末装置──通称「ピーマンヘッド」
「ピピッ」という電子音が至るところで鳴った。おそらくぼくがネットワークからログアウトした通知がみんなの端末にいったのだろう。
ピーマン頭のクラスメイトが一斉に振り向く。しかしその顔はどれものっぺらぼうだ。いや、みんなからしたらぼくだけがピーマン頭ののっぺらぼうにみえていることだろう。
一瞬教室がざわついたがすぐに元にもどった。人権道徳プログラムが起動したのかもしれない。先生もなにごともなかったように授業を再開した。
(これがカスミのみていた風景なんだな)
ぼくは不思議と清々しい気分になっていた。