3
カスミと一年ぶりの会話(といっても挨拶を交わしただけだけど)をした日の夜、そろそろ寝ようとおもい端末をシャットダウンにしようとしたとき、メッセージが届いた。カスミからだった。ホログラム・ディスプレイにメッセージを表示する。
〈明日の放課後すこし時間ない? ソウタ君に話しておきたいことがあるの〉
カスミからメッセージが来るなんてはじめてだった。というより女の子からメッセージをもらうこと自体はじめてだった。
おかげでその夜はあまり眠れなかった。
学校ではそわそわと落ち着きなくすごす羽目になった。授業の内容も頭に入らなかった。変な期待をしないように自分にいいきかせたけど、気がつくと心が浮ついていた。帰りのスクールバスのなかでは緊張で気持ち悪くなった(いままで車酔いなんてしたことなかったのに)。
いつも通り、第三送迎ポイントでぼくとカスミは降りた。カスミはいつもとかわらず、ぼくの五メートルうしろを歩いた。
スクールバスがぼくらを追いこして見えなくなったころ、カスミがいった。
「海、いかない?」
ぼくらの街は東側が海に面していて、ここから歩いて十五分くらいのところに海岸がある。
カスミがぼくの右隣にきて、「いこ」といった。二人ならんで海岸までの道を歩いた。
ぼくらはしばらく無言だった。ぼくの緊張はピークに達し、頭がクラクラしてきた。
「ソウタ君」
カスミに自分の名前を呼ばれて心臓が飛び出そうになった。
「な、なに」
「みんな、わたしのこと、ピーマン頭って呼んでるんだよね?」
「……」
閉鎖的なチャット空間ではカスミのことをそう呼んでいるやつもたしかにいたが、ぼくは返答に困った。
「べつにいいんだ。でもソウタ君は気にならない? なんでわたしがこんなことをしてるのか、とか」
「べつに、気にならない」ぼくは嘘をついた。
「……そう」
それからカスミは無言になった。ぼくはあせった。「気になる」と答えるのが正解だったか? じっとりとした粘っこい汗が腋をながれる。
海岸までの道の途中、畑のなかの道を通った。畑で作業をしていた岸辺さんに声をかけられた。
「寄り道かい?」
岸辺さんは二年くらい前からこのあたり一帯の畑を管理している四十代くらいのおじさんだ。
「はい。ちょっと海がみたくなって」カスミがハキハキと答える。
「気をつけてねえ」
岸辺さんは軍手をつけた右手をふってぼくらを見送った。
そのときぼくは、
(岸辺さんはぼくとカスミのことを変な風に見てないだろうか)
という自意識過剰なことばかり気になった。
岸辺さんの畑をすぎてしばらくしたころ、カスミが唐突に、
「わたし、ソウタ君にお別れをいいたくて」
といった。
「え? お別れ?」その言葉にぼくは混乱した。
「うん」
「引っ越すの?」と、自分でいっておいて、ぼくには〝引っ越す〟という言葉に現実味をかんじられなかった。だってこの街から出て行った人なんていままで一人もいなかったから──
「ううん。そういうのじゃないんだ」
「じゃあ……」
「こんなこと親にはいえないし。学校の友達もなんか違うなあっておもって。そしたら、やっぱりソウタ君しかいないとおもったの。幼なじみだし、ね」
「……」ぼくには話の趣旨がさっぱり理解できなかった。
「わたしの両親には事件とか事故に巻きこまれたわけじゃないってことを伝えてほしいんだ。これはわたし自身が望んだことだって伝えてほしいの。親だから心配はするとおもうんだよね、やっぱり」
ぼくとカスミが十字路に来たときだった。右方面の道から自転車に乗った女の人が一人、こちらに走ってくるのが見えた。さらにぼくらの正面に男の人二人が立っているのも見えた。
自転車の女の人はスーパーでみかけたことがある人だった。スーパーのレジ打ち係でいつもやさしく話しかけてくれる人だ。しかし、正面の男の人は二人ともみたことがなかった。不思議だ。この街で顔の知らない人なんていないのに──
そのときだった。突然サイレンが鳴り響いた。サイレンは街を切り裂くような鋭い音だった。