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カソウとゲンジツ  作者: ソノシマ・ヒデトシ
第2章
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誰も助けてくれない……恋人のアミは?

 当時、ぼくには恋人がいた。かれの名はアミ。ぼくよりも二歳年上のビジネスパーソンであり、父が主催するネットワーキング・パーティーで見かけたのが、初めての出会いだった。

 アミはビジネスをスタートさせてからまだ日が浅かったが、カリスマ性に富んでいた。話し方は冷静沈着でありながら堂々としており、自分の考えを自分の言葉で、親しみを込めた語り口で、わかりやすい表現を使いながら説明できる女性だった。そして何より、アミの才能は、ぼくの父・サトシのお墨付きを得ていた。

 それは初めてアミのプレゼンテーションを聞いた後のことだった。

 「最初にステージに登壇した女性がいただろう?」と父はぼくに問いかけた。

 「茶色の短髪、緑の瞳、ブルーのスーツを着た人のことですか?」

 「そうそう。これまで何度かアドバイスをしたことがある。かれの話し方は聴くものをとりこにする。ビジネスパーソンとして、必ず大きく花開くだろう」父がぼくと同年代の人間を絶賛したのは、後にも先にもこのときだけだった。その後、同じプレゼンを何度もリプレイしながら観ているうちに、ぼくはアミと懇意になりたいと思い始めた。そして、その日のうちにかれをデートに誘った。最初はまったく相手にされなかったが、何回もあきらめずにしつこく誘い続けた。四回目にアプローチをかけたとき、いぶかしげな目つきとうんざりした口調で次のようにたずねてきた。

 「ところで、ぼくのどこに魅力を感じるの?」

 「一週間前のプレゼン。あれは素晴らしかったです。説得力がありました。誰もがあなたの話す姿に釘付けでした。気がつけばぼくも、完全に魅了されていました」と、ぼくはなるべく飾り気のない素直な言葉で答えた。

 「ふーん。それだけ? きみって変わってるね」アミはまるで動物園で珍獣を見たような目つきをしていた。

 「かもしれません」

 「普通なら、笑顔が素敵だとか、価値観が好きだとか、言うんじゃないの?」

 「なるほど、すいませんでした。訂正させてください。アミさんの笑顔は素敵です。価値観も好きです。もしぼくの価値観が嫌いな場合は、ぼくが変えます。だから、今度は二人だけで会いませんか?」――。

 その週、ぼくはかれと二回会った。少し気難しいタイプの女性だったが、一緒に過ごす時間は刺激的であり、間違いなく楽しかった。当然もっと頻繁に会いたいと思ったが、アミは自分の〈価値観〉がそれを許さないと言った。その発言でさえ、大変説得力があった。そのため、ぼくはそれでも構わないと言った。

 それからというもの、ほぼ毎日コンタクトはとっていたが、最後に会ったのは何週間も前だった。付き合い始めてから半年が経過したが、ちゃんとデートをしたのは十回ほどだったかもしれない。

 父が自殺した日、ぼくは完全に気が動転していた。アミにだけは自分の弱さを見せたくなかったので、向こうからコンタクトがあったときも、二十秒ほどしか会話しなかった。かれは父・サトシを尊敬していた。そのため父の自殺に関する、アミの本音を知るのが怖かった。けれども、それ以上に恐ろしかったのは遺書の内容についてだ。あの四行を知ったとき、アミは一体、どんな表情を見せるだろう? どういう言葉を発するだろう? 目に涙を浮かべるだろうか? それとも沈黙するだろうか? ぼくはそれ以上想像したくなかった。そしてかれにだけは裏切られたくなかった。

 だからぼくは勇気を振り絞ってアミから逃げた。父が自殺した日以来、かれとは一度も会話していない。ぼくは自分だけでなく、アミも守りたかった。そのため、いろいろ考えた結果、それがベストの選択だと判断した。


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