キャンパスとすれ違う者たち
ありえない。
何度見ても大学のミスターコンテストの公式サイトには俺の顔写真が貼られている。しかもいつ誰がどのような状況でとったのかもわからないキメ顔の写真が間違いなく。
全くもって身に覚えのないプロフィールとともに。
「(エントリーNo7)
【名前】 大室 鉄也
【年齢】 20歳
【趣味】 人間観察
【特技】 作詞作曲
【好きな異性のタイプ】 優しい、一途、裏切らない、嘘をつかない。
・
・
・
【最後に一言】彼女募集中!」
そして開いた口が塞がらない。
知らない間にこんなことになってしまっている状況に対して口が塞がらないのはもちろんなのだが、それ以上に俺はありえない、
あり得てはいけない出来事にさっき直面してしまい。もう何が何だかわからない。
ミスターコンテストがどうこうに関しても、もちろんよくはないが、一旦はもう何でもいい。
どうせあのババアの仕業だ。なんせあのババアしか知らない情報がこのプロフィールには載っている。
ただ、いくら親戚とは言え、さすがにやっていいことと駄目なことがあるだろう。まぁ、そう思ったところで俺が勝てる相手でもないのも事実だからどうしようもできないのだが.......。
アレは仕事はできるが徹底的な面白さ至上主義で常人では考えられない思考を持つ女。
実際にあのババアが理事長に数年前に就任してから、この大学の偏差値も生徒数も全てがうなぎのぼりらしい。俺が歯向かって勝てる相手かと言われれば間違いなく勝てない。こんなことが初めてかと言われれば、結論別にそうではない。
悲しいが慣れていると言えば慣れていて、こういう突発的な出来事にはある程度の耐性がついてしまっているのも事実。
絡まれてしまえばその時点でもう終わりだ。やはり俺の力で太刀打ちできる相手では到底ない。
でも何だかんだで意味のないことは絶対にしないはずのあの女が、なんでよりにもよってこんな時にこんなバカげたことを.......。今回のはちょっとひどすぎないか?
おかげでさっきから構内ですれ違う人の全てが、俺のことを笑っている気がしてならない。と言うか明らかに笑っている。
特にさっきまで隣にいたあのバカに関しては笑いすぎなぐらいに笑ってやがったから思いっきりぶん殴って捨ててきた。
しかもあいつ、ぶん殴っても笑い続けていやがった。
まぁ、本来なら今すぐにでもあのババアの元に何がなんでも突撃するレベルではあるのだろうが、本当に今はそれどころではない。
本当にありえない。
これは夢? いや、夢ならばどれだけよかっただろうか。
あ、あの結衣ちゃんが、俺のことを見て爆笑していた?
いや、最悪まだそれだけなら耐えられたかもしれない。でもさっきの、笑いをこらえきれずに吹き出しながら結衣ちゃんの口から出た言葉に、やはり俺も口が真剣に塞がらない。
『大室くん、頑張ってね。私の彼氏もミスターコンにでるの。ぷっ、彼女も大室くんならできるよ。本当に、が、頑張ってね。ぷっ、ふふ。ごめん。これは、これは別に大室くんのことを笑ってるわけじゃないからね。さっきちょっと面白いことがあってその時の笑いが止められなくて』
か、彼氏がミスターコンに出る......?
え? 結衣ちゃん。彼氏いたの?
しかもミスターコンに出るレベルのイケメンの?
本当に、俺は脳内で何度さっきの彼女の言葉をループしてしまっているのだろうか。
それに確か、イケメンは苦手って言ってなかった? 俺みたいなタイプは一緒にいて安心するし、結婚するなら大室くんみたいなタイプがいいかも。とかも言ってたよね。間違いなく。一緒に二人でご飯もいったし。
なのに、なのに、俺が結衣ちゃんのことを思って全身全霊で魂込めて寝る間も惜しんで曲を作っていた間も、天使だと思っていた彼女はイケメンの彼氏とあんなことやそんなことを?
やばい。また脳細胞が。
頭がぐわんぐわんとして止まらない。
何でまた。
そしてこんな状態で歩いていて改めて思うが、何で大学の敷地ってこんなに広い。
もう俺はフラフラだぞ。
学部によって建物が異なるのはわかるが、それにしたってごちゃごちゃとしすぎだろ。もう全ての建物が同じに見える。
おかげであそこに見える桜の下のベンチ横にいる新入生っぽい素朴な感じの女の子も明らかに道に迷っている始末だ。
と言うか、俺はどこを目指して歩いていたんだったか。次の授業はなんだったっけ。あぁ、俺に関しては完全に人生に迷っている。
そして、そんなことを考えている間にいつのまにか視界に入っているその女の子が俺の方に向かってくる。
「あのー。すみません」
「はい」
瞬きをしている間にもう目の前にはその素朴な感じの女の子。
おおきな黒縁眼鏡に大学生にしてはおとなしめな髪色の女性だ。
どうでもいいが、顔のパーツのひとつひとつはかなり整っている感じもするし、何かもったいない感じがしてしまう女の子。それにメイクのせいもあるのだろう、かなり幼く見えてしまう。
「この大学にあるプロを何人も輩出しているって有名な研音サークルがある場所を探しているんですけど。とりあえずH棟がどこにあるのかとかって教えてもらえたり......。すみません。入学したばかりで全然わからなくって」
やはり新入生か。
「あっちに進んで突き当り右.......」
「あっちですね。すみません。ありがとうございます。助かります!」
「ちなみに今度は自分に人生の出口を教えていただけたりしませんか.......」
「え? あ、はは、すみません。ちょっと急いでますので。でも本当に助かりました。では......」
そして一体俺は一体何を言っているのだろうか。
思いっきり脳内で呟いたははずの言葉が実際に口から出てしまった。これでは完全に変人だ。
「あのー、ちょっといい?」
今度は後ろの方から女性の声がする。
「はい」
そして振り返ればまた見たことのない知らない女性。
今度はさっきの人と違ってかなり大人っぽい。
「文学部のあるE棟ってどこにある? 有名な歌手の子供がいるって噂を聞いたんだけど」
でも、道を聞いてくるってことは彼女も新入生なのだろうか。
「まぁ、その噂はよくわかりませんが、E棟はこの方向を突き当たりまでまっすぐ歩いて左、そしてさらに突き当たりを右です」
「そ、ありがとう。」
はぁ、それにしても有名な研音サークルだの歌手の子だの。全く知らないし、今の俺には耳に悪い。何でこんなタイミングで次々と。
本当に冗談抜きで今度こそ音楽なんてもう嫌いだ。
二度と作るものか。恋だって同様にな。二度とするものか。
数年前にもそう確かにそう思った記憶がある。
にも関わらずまた同じ過ちを。本当バカだ。
でも、今度こそは絶対にもう作らない。と言うか彼女も曲も作りたいと思う気持ちすら芽生えないだろう。さすがに。
って、気が付けば俺が結衣ちゃんの為に作った曲。ちょうど今1000万再生突破.......。
はぁ、これぞまさに死体蹴り。
でも何だろう。さっきの二人。どこかで見たことあるような......。
声もどこかで........。
いや、気のせいか。全く思い出せないしな。
うん。やっぱりもう脳が完全に修復不可能なくらいに壊されたな。俺。