表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/301

7/11(月) 葛西詩織⑥

 地面につけた膝に合わせて、両手を前につく。



「ってことで、俺は合宿に行きません!」


「!?」



 目の前の高貴な老年男性が息を飲むのが聞こえた。



「だからお願いします、先輩だけは合宿に参加させてください! 先輩に高校の思い出を。仲間との楽しい思い出を……」



 先輩が今まで体験できなかった、青春を。



「本で得た擬似的な経験だけでいいなんて、それは違う。大人になって、つらいときにふと思い出して笑みがこぼれるような、優しい経験を作らせてあげてください!!」



 言い切ってから額を土にすりつけた。勢い余って、ごつんと音がした。……痛かった。



「……っお願いします!」



 それで、みんなと仲良くなって帰ってきてくれたら、俺的には充分ハッピーエンドだから。



「『本で読んだ知識は、半分の知識でしかない。人生でそれを体験して、本当の知識になる』……。ゲーテの言葉……」



 頭上から小さく呟く声が聞こえたかと思うと、それはすぐに叫びに変わった。



「だからって、そこまでしないでください!!」



 先輩がしゃがみ込んでくれる。



「頭をあげて。私は小鳥遊くんを置いて、こんな土下座まで……っ! そこまでして行きたくはありません! ごめんなさい小鳥遊くん、ごめんね……っ!!」



 隣で膝をついて、先輩は泣きじゃくっていた。



「ちょ、そんなこと言わないでくださいよ。全部台無しじゃん……」



 本当に、この人は。しっかりしているかと思えば、こうやってふと感情を見せてくれる。無防備で、ずるい。



「……許可はできない」



 しかし、そんな俺たちの頭上から返ってきた答えは、限りなく冷酷なもので。


 俺は苦笑いのまま、視線を再び地に落とした。



 あーあ、奥の手もだめかあ。結局、俺は先輩に何もできなかったな……。



「お嬢様はお身体がお強くないのを忘れていないか?」



 ゆっくりと頭を上げる。今さら何を。



「そんなことを忘れられては、お嬢様を預けられません」



 だからなんだよ……。


 って。ん?



「……君がいなくて、誰がお嬢様を守るんだ」


「えっと……??」


「お嬢様を合宿に行かせたいなら、君がしっかりしなさい。良家の令嬢を預かるという意識はないのか!?」



 五百蔵の雄々しい立ち姿に、惚けていた思考が瞬時クリアになる。



「あ、あああります、もちろん!」


「守れるか?」


「守ります、俺の命に変えてでも!!」


「言ったな小鳥遊。死んでも守りなさい!!」


「鹿之助っ……ありがとっ!!」



 先輩は立ち上がって、五百蔵の首に抱きついた。


 先輩さえ許してもらえれば……と思っていたけどまさか、俺まで認められるとは。


 はは、マジか。やった。



「ありがとうございます!」



 俺は再度、深々と頭を下げた。



「小鳥遊くん、ありがとうっ」



 五百蔵(いおろい)の隣で、先輩は満面の笑みを浮かべる。



「じゃあ先輩、虎蛇行こっか!」


「え、でも……」



 不安げだった。ズル休みをした手前、行きづらいのだろうが。



「お嬢様。私はまた後ほど迎えに参ります」


「えっ鹿之助?」


「じゃあ決まりっすね。虎蛇に遠慮することはないんだから」



 俺は先輩のカバンを拾い上げて先に歩く。すぐに後ろから、追いかけてくる足音が聞こえた。


 これでメンバーは揃った。俺たちの夏を迎えられる。

次は7月17日(日)更新。合宿編です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ