5/16(月) 転校生④
昼メシも片付き腹が落ち着くと、二人もスマホを見たり寝たりとゆっくり過ごしていた。でもそろそろ時間だ。
俺の膝を枕にしていた音和を起こして立ち上がると、空いた分のスペースに野中が転がった。
「あー俺、もちょい寝ていくわ」
「分かった。天気悪いから雨に気ーつけてな。行くぞ音和」
背中を向けて転がる親友を残し、音和と校舎に戻る。
屋上の扉を閉め、電気のついていない階段を慎重におりて行く。
その途中で、階段に座っていたなにかに足がぶつかった。
あっと思ったと同時に、
「あっ、あああああーー!!!」
ソレが断末魔のような声を上げた。
え、え。ええーー!?
頭が半分パニック状態におちいる。
ちょっとぶつかっただけなのに「レベル99の勇者にレベル1のモンスターがパンチされました!」みたいに声張らなくても!
それともなに!? 急所に当たったん?
わけがわからずオロオロしていると、音和が後ろから身を乗り出した。
「何? どしたの??」
「な、何かにつまづいて……っ」
暗闇のなか、一生懸命目をこらしてつい「ゲッ」と声が出た。だってそこにいたのは……
「ひ、の……!?」
間違うわけがない、紺色のブレザー。転校生の日野苺が、ひとりきりでうずくまっていた。
「なにやってん……」
声をかけると、日野は慌てて足元に散らばったなにかを拾い集め出した。
「あ、ごめん手伝うっ」
日野の隣まで下りて手を伸ばそうとすると、彼女はすごい形相で顔を上げた。
その表情に俺は一瞬ひるむ。
「い・い・で・す・っ!!」と、片手で俺の胸を押し戻しながら更に威嚇してくる。
その剣幕に唖然としていると、後ろで音和が信じられないことをつぶやいた。
「パンの……耳……」
「いやああああ!!!」
日野は拾ったものをすべて袋に押し込み、胸に抱き抱えてより小さくうずくまった。
パン NO 耳……?
しかし俺も確かに一瞬、見てしまったんだよな……。階段に散らばる、細長いベージュのぶよぶよを。
「な、なんでもないですからっ」
「えっと、もしかしてそれが昼メ」
「もう、放っておいてくださああいい!」
叫んでダッシュで階段を駆け下り、その姿は見えなくなった。
ぽかんと口を開けたまま去った方を見ていると、音和が俺の袖を引いて不思議そうに見上げた。
「あの人、なんでここにいるの?」
朝の他校生迷子事件から、説明がまだだったな。
「あ、ああ……転校生だったんだけど……」
「えっ、ええー!」
「なんの因果かうちのクラスに転入して……って、時間時間!」
予鈴が鳴り始めた。あと5分で授業がはじまる時間だった。
音和の背中を優しく小突く。
「5限始まるぞ急げー」
「にゃ!」
音和はパタパタと階段を駆け下り、下で振り返る。
「まったねー!!」
大きく手を振って走って行った。人見知りしてないときは本当にお調子者だな、あいつ。
しっかし……。日野、昼メシの誘い断ったんだな。それで、ひとりでこっそりパン耳を食べていたところを、俺たちに見つかったわけか。
なんつーか、俺が言うのもなんだけど。
「いろいろ間の悪いヤツ……」
┛┛┛
授業中、日野がチラチラ後ろを見てくる回数が増えた。
俺は気づかないふりして頬杖をつき、教科書をペラペラとめくってやり過ごすことにした。
チラ チラ
「……」
それは授業が終わっても続いた。
じーーー
「………………」
なあそれ、もうチラ見とは言えなくね? 凝視だよ凝視!
クラスメイトも不審がっている。
どうせみんな俺がまたなにかやったと思ってるんだろうな、ちくしょう!
「七瀬、集合かかってるから虎蛇行こーぜ」
立ち上がって前の席の七瀬を誘う。
「えっと……でもいいの?」
「いいんだ、行こう」
七瀬も日野を気にしていたが、俺は逃げるようにして教室を出た。
┛┛┛
特別教室や文化部、委員会の部屋が連なる教務棟は、学生棟とは別に独立した建物になっている。
そしてなぜか職員室の隣にあてがわれているのが虎蛇会室だ。
到着すると先に七瀬が部屋に入った。
それに続こうとドアに手をかけそっと辺りを伺うと、少し離れた廊下の先の曲がり角で、顔半分だけ出してこっちを見ている日野を見つけてしまった。
じいいいいいいいい
「…………」
まったく、なんという下手くそなストーカだよ。
俺は室内に入るのを諦め、扉を閉めて日野の元へ向かった。
あれでバレていないと思っていたのだろうか。まっすぐに自分のところに来た俺を見て、彼女は驚きに目を見開いていた。
「おいこら。ストーカーなめてんのか!」
「きゃ、誤解ですっ!!」
首をすくめはするが、逃げようとしないで様子を伺ってる。変なやつ。
「ずっとこっち見てたよな? なに? 俺のこと好きなの?」
「ち、ちがいますっ!! 断じてっ!!!」
「……」
からかった俺も悪いけどさあ。そんなに否定する?!
「あっ、違うっていうのは、その、ずっと見てないですってことです!!」
「じゃあ」
「でも別に好きとかじゃないです! あっ」
「……」
このまましゃべらせると墓穴しか掘らないし、悲しくなる一方なので本題に入ることにしよう。
「俺は今日のこと気にしてないし、あんたがパン耳」
「わーわーわーわーわー!!」
「……を食べていたことも誰にも言うつもりはないから(これかよ……)」
その言葉に安心したのか日野の肩から力が抜けるのがわかった。脱力したまま、彼女は頭を下げた。そしてゆっくりと上げた顔は、苦笑という表情だった。
「うぅごめんなさい。わたし引っ越してきたばかりですし、早くみなさんと溶け込みたくて……。できるだけ変だと思われないように、普通に振る舞いたいんです」
もう十分目立ってますよとは、さすがに気の毒で言えない……。
「だ、だから、失態を見せてしまったあなたの息の根を止めれば、大丈夫かと思ったんです」
って急に物騒!
恥ずかしそうにもじもじしている目の前の女が、まさか必殺仕事人だったなんて俺も迂闊だった。
「俺を殺す気だったとはね」
「え? なに言ってるんですか」
あっ、わかった。この人、天然だ。しかもドのつく!
「でも仮に俺の口を止めても、そのうちクラス全員に同じことしなきゃいけなくなると思うよ」
ドジだし、おニブだし。
「? そんなことないです、うまくやれますよ、こう見えてあたし、しっかりしてるんです!」
だめだこの子、自己評価は高めっ!
「あの、そういうことなので、くれぐれもよろしくお願いしたいです! で、ではこれで」
再度頭を下げると、俺の脇を小走りで通り抜けた。
「あ、日野さん」
背中に呼びかけると、彼女はためらうことなく振り返った。
その立ち姿はもう挙動不審なんかじゃなくて、笑顔が夕日でまぶしかった。
これが本来の彼女なのかもしれない。
「俺は小鳥遊。なっちゃんとか……呼び方はなんでもいいから。よろしくなー!」




