6/28(火) 小鳥遊知実③
「葛西さんどうしたのー。あなたが走るだなんて、珍しいわね」
保健の先生がカラカラと笑いながら、ベッドに横たわる先輩に話しかける。
「はい。すみませんでした……」
バツが悪そうに、先輩は布団で顔を隠した。
「君も熱があるじゃない。期末試験前なのにやっかいねえ」
と、先生が振り返る。俺はソファに凛々姉と一緒に座っていた。
ベッドも勧められたけど、先輩の隣のベッドに寝るだなんて、そんなの恥ずかしくてできません! ……ということで、丁重にお断りいたしました。
「ちょっと葛西さんのおうちに電話してくるわね」
そう言うと先生は部屋を出て行った。
3人以外、誰もいない保健室。全員、どんよりとしていた。
「ご迷惑をおかけしました、部田さん……」
顔にかけていた布団をはいで、先輩は申し訳なさそうに謝罪した。
「いいけど、どうしたの急に走ったりして」
凛々姉は立ち上がってベッドに向かい、責めるふうでもなく尋ねる。先輩の顔を見たくて、俺も同じように凛々姉の隣に立った。
「それは……」
先輩はもじもじと言葉を濁して目を逸らしたかと思えば、一瞬、俺を見た。
「図書館で、窓の外を眺めていたんです。そしたら見えてしまって」
「なにが?」
「……小鳥遊くんが、倒れ込むところです」
凛々姉と俺は驚いて、顔を合わせた。
「せ、先輩。じゃあ、3階から走った?」
「……はい」
そりゃ健康な人でも息あがるぞ。
「小鳥遊くんとは、最近毎日お話ししてるし、よく知ってる気になっていました。でも、身体のことは何も知らないです。私が身体が弱いから、知らず知らず避けてた話題で。でもそれが、こんなに大変なことだなんて思わなくて……」
「いや、俺はたまたま体調が悪かっただけだよ。知恵熱ってやつ?」
「知恵熱は乳児の病気です」
ぐむむ、速攻でバレてしまった。
「そういえば前にも虎蛇で体調悪そうにされていましたし。薬、飲んでますよね。しかも常備薬」
ぎくり……。さすがの凛々姉も不審そうな顔つきになる。
「心配です。もしかして、なにか重大な――」
そのとき会話を消すほど大きな音を立てて勢いよく扉が開き、俺たちの意識は入り口に向いた。
「チュン子ちゃん大丈夫!?!?」
「生徒会長、声が大きいです」
飛び込んできたのは生徒会長・吉崎いのと書記の鈴見だった。疲れた顔の鈴見をよそに、吉崎は瞳をうるませて飛びついてきた。
「保健室に運ばれたって聞いて! なにか怪我でもしたのかと……良かったーー!」
逃げるまもなく固まる俺は簡単に吉崎に抱擁され、さらには顔をべたべたと撫で回された。
なんなんだ、一体!
助けを求めようと凛々姉を見ると軽蔑のなまなざしだし、葛西先輩は少し体を起こし、ぽかんと口を開けたまま動かない。
「ど、どういうことこれ!」
頭痛がするとばかりに頭に手を当てて吉崎を見守っていた鈴見に、混乱しながら問いかける。
「やんぬるかな……体育祭で我が生徒会長がお前を気に入ったみたいでな」
「やん? ……はい!?!?」
よくわからんが突然の告白! しかも第三者から。
「違うわ鈴見。正しくは、女装をしたチュン太くんを、よ」
「ぎゃーー!!」
ちょっと、変態! 変態がいる!!
「知ちゃーん! って、ンナーーー!!?」
新たな叫び声に再び入り口を見ると、今度は音和が突っ立っていた。なんだこのカオスっぷり!
「お、おお、音和、これは違う、誤解だからなっ!」
「ええええいいいいああああああああ」
「だめだ、音和がもらい泣き状態に! 吉崎ちょっと離れて!」
「その子生意気だし別にいいんじゃない? それよりチュン子ちゃん、新しい衣装が届いたの♡」
「ここここここのお、破廉恥女、知ちゃんを離せ!」
保健室に飛び込んできた音和がそのままキックを繰り出し、目測誤ったのかわざとか知らんが、俺の背中にヒットする。
「んぎゃあああああ!? アホかあ、お前はああああ!」
「えっ、チュン子ちゃん、もしかしてあたしを守って……?」
「断じてちげーわ!」
「と、と、知ちゃんが大変! なにをしたきさま!」
「アンタがやったんでしょ。ほら、その短い後ろ足で?」
「くっ、おのれよくも人のコンプレックスを!」
ああ、もう、痛い! うざい! 俺の周りで暴れるな!




