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6/25(土) 葛西詩織④

 さらさらとペンの流れる音だけが聞こえる。


 ねえパトラッス……なんだか僕、とっても眠いッス……。



「居眠りとは大変余裕ですね」



 隣から聞こえたその言葉が皮肉だったと知るのは数秒後。



「はい、40点でした」


「げ、まじかよー」


「小鳥遊さんは私といるのが、退屈なように見えますね」


「断固それは誤解ですゆえ! 頑張ります!!」



 教科書を開き、目の前に置かれたプリントのバツだったところに、マーカーを引く作業に取りかかった。くそーー間違えたら地味に先輩がこわいー!


 ふと隣を見ると、先輩は本に目を落としていた。とてもリラックスして幸せそうだ。



「? なにか質問ですか?」



 机の上にはさらに本が山積みになっている。



「本の虫ですね」


「うふふ、私なんてとても。でも楽しいですよ。小鳥遊くんもテスト終わったら一緒に読みましょう」


「俺はそんなに知識が欲しいわけじゃないしなあ……」



 今やってる勉強だって気まぐれだし。



「ええと、私は知識というよりも、人生観というか……経験値を高めるために読んでるかもです」



 先輩は恥ずかしそうに本で顔を半分だけ隠した。



「経験値って、どこか冒険に行くつもりですか(笑)」


「ふふ。冒険が、できないものですから」



 冗談だと思って一緒に笑ってから、はたと気づく。


 先輩は特に気にする様子もなく、本を胸に抱いて慈しむようにゆったりと撫でていた。



「私自身できないことが多いけれど、物語を読めば主人公になるれるんです。お話って自分を別の人間にしてくれる……私にいろんな経験をさせてくれるんですよ」



 大切そうに抱いている本も、積み重ねている本も。全部、先輩は人生経験の一部にする。まがいものだと知りながらも、身体は弱く友だちも少ない彼女には、それしか知見を広げる方法がなかったのだ。それはどこか童話を読むように大人にせがむ無垢な子どものように思えた。



「……そういえば俺も昔、『エルマーとりゅう』とか。昔読んでアガったかも」


「そうそう」



 先輩はうれしそうに頷く。



「んじゃ、今は何読んでるんですか? えっと、殺戮のヴァンパイア………………え?」


「……えっと……」


「……」


「……ドキドキは、しますよねっ?」




   ◆◇




 いつの間にか昼が過ぎていた。腹が減ったので食事のために図書館を出る。


 予想通り、先輩は「なんでもいいです」とにっこりするので、俺は商店街ですっげー勢いできょろきょろしていた。


『デートでのご飯探しは男が試されるとき』とポパイにも書いてたから間違えられない……! お嬢様にファーストフードはさすがに怒られるよな。この人、何食って生きてるんだろう。ケーキ?



「あれ、チュン太」



 聞き覚えのある声に満面の笑みで振り返る。天の助け!



「凛々姉っ! 一緒にメシ食おうぜ!!」


「はあ? あんたなんでそんな笑顔……って、え、詩織!?」



 会長は怪訝そうな顔で俺と葛西先輩を見比べていた。

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