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6/24(金) 葛西詩織①

 約束どおり放課後に図書室を訪れると、すでに待ち合わせ相手が窓にいちばん近い席で本を読んでいた。その楚々たる姿に俺なんかが声をかけていいものか、先輩の姿がよく見えるところまで近づいて足が止まってしまった。


 ためらう空気が伝わったのか、ふと顔を上げた先輩と目が合う。緊張した俺は、とっさに手を挙げた。



「ごきげんよう」


「なんですか? それ」


「いや、先輩ってそういう系なのかなって」


「うふふ。間違ってはいないですけどね」



 そして先輩は姿勢を正した。



「ごきげんよう、小鳥遊さん」



 !?


 背景にバラが見えた……気がした。さっそく場に飲まれて帰りたいこと俺である。



「そんな嫌そうな顔しないでどうぞおかけください」



 くすくすと笑われた。



「……俺ってそんなに顔に出るんですかね……」



 前にいちごにも心のうちを見透かされたようなこと、言われたことがあったよな。



「正直なのはいいと思いますよ。ただ将来、お嫁さんのお尻に敷かれそうですね」


「そんなにですかーー!」



 改まって言われるとショックだ! そして恥ずかしい!


 ポーカーフェイスってどっかで習得できないのかな。通信教育だと好ましいんだけど。しくしく。



「昨日は鹿之助が失礼なことをしてしまってごめんなさい」


「いえ、先輩こそあのあと怒られたりとか……」


「私は大丈夫よ。ありがとう。ちゃんとシメておきましたから」



 え……。先輩がシメるって、想像がつかないんですけど。



「めっ!って言ったら反省してくれました」


「キャーーーー!! なにそれ、俺もシメられたい!!」



 はっ! 心の声が心に収まらないばかりか、叫びとして露出してしまった。おかげでカウンターにいた図書委員に睨まれるはめに。



「えっと、じゃあ、はじめましょっか」



 先輩は苦笑しながら言った。



「はじめる?」


「テストのお勉強です!」



 薄々、そんな気がしてたけどやっぱりかー。



「テスト前にしっかり勉強ってしたことないから……うまく教えてさしあげられるか、あまり自信がないのですが」



 と、かなり申し訳なさそうにしている。


 わー奇遇だな。『テスト前にしっかり勉強ってしたことない』っていうの、俺もですっ☆ でも違う意味ででしょうけどね☆☆☆


 ていうか、学校の才女さまをテスト前に俺なんかがひとりじめしてもいいのか?



「もしかして、迷惑でしょうか?」


「いや、うれしいですけど、なんつーか気が引けて」


「いいえ、こうなったのも私のせいだし、それに小鳥遊くんには頑張ってもらわなきゃ。私、合宿してみたいんです!」



 そっか、マジでいい点とらなくちゃ、合宿なくなっちゃうもんな。のんびりしている場合じゃなかったな。


 改まってテーブルに三つ指をついて、



「じゃあ遠慮なく。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」



 ぺこりと頭を下げてみせた。先輩がここまでしてくれるんだ、俺もまじめにやってみよう。



「はい! じゃあ今日はどの教科にしますか?」



 うれしそうな先輩を、せめて失望させないようにしなきゃ。



「あ、そうすねー。じゃあ国語持ってるからそれで」



 隣に座り、カバンから教科書とノートを出して机に並べていく。その間、先輩は読んでいた本にしおりを挟んで片付けはじめた。



「そいえば先輩って、昔から勉強できるタイプだったんですか?」



 ふと気になっていたことを聞いてみた。カバンに本を入れ終えてから、ふるふると首を振る。



「そんなことないですよ。本を読んだりお勉強に励んだりは、小学校中学年くらいからですね」



 なぜかちょっと寂しげな表情を見せた。


 うーん、先輩のこと何も知らないんだよなあ。もっと踏み込んで聞いてもいいのかな。


 また拒絶されるかもしれないけど、先輩の拒絶は言えないからだから。特に傷つかなくていいんだ。よし、傷つくなよ俺。



「なにか、きっかけがあったんですか?」



 思い切って聞いてみると、先輩は下を向いたまま、薄く笑った。



「大好きな人と会いたかったから」


「……え??」



 先輩は俺の教科書に手を伸ばした。



「そろそろ始めましょ! 範囲はどこからですか?」



 あれ? 終わり?



「先ぱ……」


「ほらほら、日が暮れますよ。ペン持ってくださいね!」



 無理やりはぐらかされてしまった。

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