5/16(月) 転校生②
すぐに担任も到着してホームルームがはじまった。
俺の席は、中央の列で後ろから2番目のわりといい席。どうだ主人公らしいだろう。左隣には七瀬が座っている。
ちなみに野中も中央の席だが、教卓の真正面で一番人気のない、くじ運が悪い人の成れの果て席だった。
野中いわく、「堕天使たちのシャワーが降り注ぎたる我が席……」とのことだが、まったく想像したくない。
「ねえねえ」
不意に肩を叩かれて振り向くと、後ろの席の女子がにんまりしていた。
「知ってる? 今日、転校生が来るんだって」
「へえー?」
俺が反応すると女子はさらに身を乗り出し、自分の口元に手を添えた。
「しかもー、女の子だって」
「おお! 可愛かった?」
「わかんない。楽しみだよねー」
転校生かー。わくわくするな。
そんな俺とは対象的に、野中は興味なさ気に机に突っ伏していた。
担任は課題の話をしながら、さっきからやたら俺のほうをチラチラ見てくる。
「――提出物の連絡は以上だ。おい野中ー」
「ぐー」
「これから転校生の紹介をしたいから、今日くらいは自分の席に戻ってくれんかー?」
クラスが一斉にざわついた。
そんな中、七瀬はため息をつきながら、寝ている野中の肩を揺すってくれていた。
うん。コイツな。俺の膝の上にちょこんと座っているのだ。
まるで猫っていうか、虎だな。でけーし。
「じゃあ転校生、入りなさーい」
その言葉を待っていたかのように前方の扉が開かれ、みんなの目は釘付けになった。
ウチのグレーのブレザーとはちがう、紺色のジャケット。白いシャツに小豆色の細いリボン、そしてリボンと同じ色のミニスカートをひるがえし、手足同時に出して教壇に移動する女の子の顔を見て確信を得た。
「あっ」
「あーー!!」
七瀬とハモる。
「えっと、はははははじめまっ、えっ!?」
どうやら彼女も気づいたらしい。
「あわわわわ嘘ーーっ!!」
「またか落ち着け日野。って芦屋と小鳥遊、知り合いか?」
「いえー、今朝見ましたー」
怪訝そうな顔の担任に、真顔でぶんぶんと手を横に振る七瀬。
風変わりな言動も間違いない。まぎれもなく、今朝、虎蛇に飛び込んできた――!
「わわわわわわー今朝はどうも失礼いたしました!」
ゴツン!!!
急いで頭を下げた転校生はクラス全員が見守る中、教卓に向かって思いっきり頭蓋骨ダイブをかましていた。
「だ、大丈夫か……?」
「~~~~☆! ☆!」
担任がおそるおそる覗き込むが片手でおでこを押さえてしゃがみ込みながら、転校生は、イケる!とばかりにオッケーマークをしきりに見せ付けていた。
全くオッケーじゃなさそうなのは教室の誰もが悟り、ドン引きだった。
その後、黒板にカツカツと、担任の手で名前が書かれた。
日野 苺――。
俺、子供に可愛い名前を付けるのは正直博打だと思っているんだ。
将来どんな人間になるか分からないのに、そのときのテンションで命名するなんて白シャツでカレーうどんを食べるようなもの。
だって怖いオッサンがもし、もしよ? 仁義を切るとき……
「へい! てまえ生国と発しまするは、紀伊国。東組の“狂犬”ことォ、田村猫乎と申しますゥ!」
……。
…………。
「ぶふうううう!!! 犬か猫かどっちだよ!!」
「んー? どしたー小鳥遊ー。いつから宇宙と交信できる設定だー?」
「あ、すみませんなんでもないです」
気持ち悪いものを見る目つきの担任やクラスメイトから目を逸らし、俺は再び前を見た。
まあ、そんなわけで。
可愛すぎる名前はときに自爆装置にもなりえるのだが。
卵型の顔に愛らしい丸い瞳。色白の肌と赤い唇。下ろした明るい栗色の髪の毛は胸上まで伸び、胸元のリボンにかかっている。身長は低くはないけれどどこか可愛らしさをまとう彼女は、苺という名前がよく似合っていたので俺は感心した。
彼女なら年を取っても違和感がないのだろう。そんな柔らかい空気を感じる。
「じゃあ席は、顔見知りということで芦屋の隣がいいかな」と、担任が俺と野中を見た。
……ここ!?
突然身に降り注いだ横暴な仕打ち、男なら黙っていられますかい。
俺は抗議することにした。
「いや、この席気に入……」
「小鳥遊が芦屋の後ろの席に代わるのはどうだ?」
なにィ!? いちばん後ろの席だとォ!!?
「どうぞ日野さん。僕の汚い席でよければお使いください!」
交渉は成立した。
抱き枕代わりに抱いていた野中をぺっと追いやると、野中は不服そうにしながらも自分の席に戻っていった。
担任は教卓に手をつき、野中が戻っていくのを見守ってから教室全体を見渡した。
「じゃあみんな、学校のこと教えてやってくれよ。日野、もう立てるか? あのキノコみたいな顔の男が座ってる席に行ってくれ」
「えっ、そんなに俺ってキノコ顔なの!?」
みんなが呑気に笑う中、とりあえず机の中身を後ろに移動させることにした。
ゴソゴソと片付けをしていると、頭を押さて俯いたまま歩いてきた日野が俺の目の前で止まる。
「おう。もーちょっと待ってね」
顔も上げず、手早く片付けをしていた俺の膝に、急に野中のゴツゴツした尻とはちがう、気持ち良い弾力が、って、
「ちょ…………日野……さん?」
「はい」
涙目の日野と目が合う。
その距離が大変近い。
そりゃそうだ。
「なんで俺の上……に」
「え? え? ……ここに、2人で座るのでは? だって先ほど……」
視線の先には野中。
「ちがっ、落ち着いて。俺は椅子じゃないから。ね? アイムヒューマン」
自分に人差し指を向け、なるべく自然に微笑んで見せた。
それでやっと理解したのか、日野の口がぱくぱくと動きはじめた。
彼女の顔がみるみるうちに赤くなり、名前と同じ“苺”色になったところで顔を覆い、目を閉じたかと思った次の瞬間、
「きゃあああああ!!」
悲鳴が教室にこだまする。
えっと……。
クラスのみんなが俺をジト目で見ているんですけど。
「いやいやいやいやいや、事実無根!」
両手をあげて必死にアピールするが、膝には気持ち良い既成事実があるので説得力はゼロだ。
「ゴメンなさいあたしったら! 汚いものを押し付けて、本当に本当にすみませんんんん!!」
勢いよく立ち上がってしゃがみこんだのちの、半泣きである。
「いや、汚いモノを押し付けていたのはむしろ俺のほうなんだけどさ!」
「え?」
「なんでもないですーー! はいどうぞ!」
失言を重ねてしまう前に、日野を残して俺は七瀬の後ろの席に逃げた。
涙をぬぐいながら元俺の席に座り、チラチラと様子を伺ってくる日野。
もうそれはお前のものだ、というジェスチャー(手の甲を見せて追いやる)をしていると、七瀬が後ろを向いた。
「ヤバい、いちごちゃんウケる」
ツボったのか、口元を押さえてずっと笑っている。
ああ、お前は他人ごとだろうよ。
俺はぐったりと机にふせった。
「あとはお前にまかせるわ……」
「なによ! 付き合ってもないのにお前呼ばわりはやめてよねっ」
プンと前を向かれた。こいつはこいつで怒るポイントがおかしい……。
まったく朝からドッと疲れたな……。
神よ、どうか俺の人生にもうちょっと安穏な生活を与えてくれたまえ。
……なんつってねえ。




