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6/21(火) 葛西詩織①

 ちくしょう……。ハメ……られ……た……。


 両手にぶら下がる重量感たっぷりの紙袋をぐっと引き上げて持ち直す。


 放課後、足をガクガクと痙攣させながら歩いて向かった先は、1年の春、オリエンテーリング以来訪れたことがなかった場所。くしくも、もう一生縁はないだろうと思っていた図書室だった。


 テリトリーじゃない場所は少し緊張するんだよな……。


 とりあえず無言で扉を開けてみる。室内には本を探している生徒が2人いただけで、とても静かだった。



「ども。お届けものでーす」



 カウンターに紙袋をどさどさと置くと、内側にいた図書委員らしき女子が立ち上がった。



「あ~、顧問に捕まっちゃいましたか。ご苦労様です」



 苦笑している彼女に、俺は大げさにため息をついて見せた。



「ねえあの教師なに? 人使い荒いわよ? 内申点くれるって約束だったんだけど、こんな重いの持たされるなんて聞いてねーし、そういえば俺あいつの選択授業取ってねーし。最悪!」



 内申上がる教科だったとしても意味はないけどね。


 頷きながら、女の子は袋をのぞく。



「うわ、ハードカバーばかり。重かったですよね。でも図書委員、女子しかいないので助かりました。私からもお礼を言わせてください」


「いいよいいよ、あいつにはジュースでもおごらせるから」



 ふと部屋の奥の窓際を見ると、入り口からは見えなかった人影に気づく。あのはかなく消えそうなシルエットは見覚えがある。葛西先輩だ。


 近づいていくうちに、悪戯心がむくむくと芽生えた。


 ふふふん、脅かしたらどんな顔するかな?


 背後からそろりと手を伸ばす。そしてゆっくりと息を吸い込み、飛びついた。



「だーれだっ……ってうおおお!?」



 しかし思わぬ出来事に、俺は妙ちくりんな声を上げることになる。


 なぜなら今まで目の前にいたはずの先輩が消えて、突進した反動で机に頭からダイブした不可解なこの状況。


 混乱が混乱を呼び、異世界転生のち異なった座標に着地しちゃったのカナ?(;^ω^)とすら考えてしまっていた。



「小鳥遊くんですね」



 顔だけ横に向けると、いつの間にか隣の席に身をかわしていた先輩が、のんびりと先ほどのクイズに解答する。



「……おしいね。“カッコいい小鳥遊くん”でした」


「ふふ。相変わらず冗談がおもしろいですね」


「ありがとうございますっ!!」



 先輩、何気に毒舌!



「でも俺がいたことよくわかりましたね。愛ですか??」


「入ってくるところを見ましたから」


「え! こっそり見てないで声かけてくださいよ。『だーれだ?』とかでもいいんで。うわめっちゃ先輩にされたいすぎる……」


「あはは……。後半、思考がだだ漏れってやつですか?」



 先輩は苦笑いして、読んでいた本にしおりを渡し、ぱたりと閉じた。



「隣いいですか?」


「はい、どうぞ」



 先輩にならってイスを一脚、日の差し込む場所に選んで置いて座った。日の光が当たってほんのりと暖かい。



「いいこれ。眠れそう」


「私、日光は苦手なんですが、こうやってたまに日向ぼっこするのが趣味で……」



 先輩は目を細めて窓の外を見た。



「海も見えるし、いい場所ですよ」



 図書室の壁際は本に日があたらない場所だけ一面窓になっていて、校舎の外に生えている木と木の間から街と海がチラチラと見えた。



「……そういえば先輩って彼氏いるんですか?」


「えっえっ」



 振り向いた先輩の顔は、驚いて真っ赤に染まっていた。


 目をぱたぱたと瞬かせたあと、うつむいて首を振る。



「あ、えっと、ほらこの間! 一緒に帰りたかったんですけど、さっさと坂を下りて行っちゃったから、彼氏に見られたらまずいのかなーなんて思ったりして」



 うわーそんなに赤くなられたら、ナンパしたっぽくてこっちも恥ずかしい。



「いえ……。そんな、私なんかがお付き合いだなんて、そんな……」


「いや! そんなに謙遜しなくていいと思いますよ。だって先輩はすごく女の子らしくて、その、素敵……な人だし」



 うっっっおお!! フォローとはいえ、素敵だなんて、初めて言葉にしたわおっええええええ俺キモくないか、大丈夫ーーーー!?!?!?



「あはは、そんな……照れますね……」



 照れてくださった先輩に俺も照れてしまい、そのままお互い黙ってしまった。

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