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彼女たちを守るために俺は死ぬことにした  作者: うんちん丸
第1部 自慢のおじいちゃん
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6/4(土) 芦屋七瀬③

 山に到着したとき、雨が頬に落ちた。


 進行方向には小雨がしとしとと落ちているのが見える。チャリを投げ捨てて山道を走った。


 そういえばこの道、歩いてのぼることのほうが少ないんじゃないだろうか。自虐的な考えに苦笑しながら、現場まで一気に駆けあがった。



 七瀬がいた。

 現場全体が見渡せる、崖からちょっと下がった場所に。


 いつもかばんを置いてる大きな木の下で、雨に打たれながら、ビニールシートに座ってスマホを眺めていた。


 ふいに七瀬は顔を上げ、スマホを胸に抱いてキョロキョロと周りを見た。


 目が合った。

 遠くからもよくわかった。彼女の口元が震えていた。


 ゆっくりと彼女のもとに歩み寄り、ビニールシートの上にふと目を落とすと、大きな重箱が寂しげにぽつんと置かれていた。



「……もう絶対に愛想つかしたと思った」



 消えそうな声で、頭を垂れた。



「…………遅くなってごめん」



 なんでさ、こう、うまくいかないんだろうか。



「電話ごめんね。行かないって言われると思って、わざと取らなかった」


「いいよ。俺がすぐ来れなくて不安にさせたのが悪い」


「ううん。付き合ってくれてるのはありがたいことなのに。あたし、どこかで来てくれるのが当たり前なふうに思ってたんだろうね……」



 なんでさ、こんなに健全でまじめであっても、すれ違うんだろうか。



「……そうか」


「でも、なっちゃんが来ないって気づいてから、身体動かなくて。はは。何もしてない。雨も降ってきちゃった」


「弁当、食っていい?」



 俺は七瀬の隣に腰を下ろして重箱を開けた。

 容赦なく、雨は手付かずのおかずの上に降り注いだ。


 慌てて七瀬が手を伸ばして重箱をひったくった。おかずの一部が土の上に落ちる。



「ダメ! もう傷んでるよ、それにこんな雨降ってるし」


「返せよ。俺、メシ食ってないんだよ」


「だからおなか壊すって!」


「壊さないから」



 重箱を引き寄せる。



「お前いいやつだな。俺は大丈夫だから。むしろ食わないと倒れる」



 七瀬の目から涙があふれた。



「バカ……。優しくしなくていいのにっ」



 重箱を奪還して、おかずを口に運ぶ。


 もう七瀬はなにも言わない。

 下を向いたまま、雨の中でただ泣いていた。




 食い終わるころになって、雨がまた少し強まってきた。空気が冷える。もう雨はやまないだろう。


 七瀬に自分の上着をかぶせて、ひとりで現場に向かった。


 ポケットに入れた麻の袋を覗く。


 くさびや寛永通宝、ギラギラした粒子が混ざった石、小さな化石っぽい石……。


 ……ガラクタしか出てこないんですけど……。


 それでも、ため息をついている場合じゃない。さっさと、その10数センチの化石を探し出さなければ。


 後ろで音がして振り向くと、七瀬がこっちに歩いてきていた。



「俺に任せて座ってろよ」


「ううん、あたしが手伝ってもらってる身だし、できれば自分で見つけたいから」


「そか」



 七瀬が新しい軍手を投げてよこす。



「サンキュー」



 俺は自分の軍手を捨て、新しいものを手にはめた。

 パリッとしていて気持ちよかった。


 二人で作業を再開した。雨で上から流れてくる土砂と一緒に、土をかき出していく。



「なあ」


「うん」


「どうして会長に話さなかったんだ? おじいちゃんのこと言えば、会長もわかってくれるんじゃ」


「ん……」



 七瀬は手を止めた。



「だって会長、まじめだからきっと…………」


「きっと?」



 続きを待つが、七瀬の視線は上方へと上がって行く。



「なっちゃん、あれ、模様だよ……ね?」


「え?」



 見上げると、いつのまにか岩のヒビが大きくなっていて、ヒビの間からぽろぽろと石が落ちてきていた。



「走れ!!!」


「えっ?」



 走り出してすぐ、ザラザラと土砂が落ちてくる音が大きくなった。それから時間を置かずに大きな地響きへと変わった。雨だというのに砂埃が舞い上がる。



「きゃああああ!!!」



 七瀬の腕を引き、立ち入り禁止のロープを飛び越えて振り返る。 


 ゴゴゴゴゴという低い音。土砂崩れの大きさは地面を通し、俺たちの足元まで振動を伝える。



「い、いや……やめて! やめてえええええええ!!!!」



 泣き叫ぶ七瀬が飛び出さないように、しっかりと押さえつけながら崖が崩れるのを見ていた。


 俺たちの作業場に覆いかぶさる新しい土。

 数日分の発掘は一瞬でリセットされた。


 無情だった。


 俺と七瀬が一体なにをしたって言うんだ。



 ――もう探し物は見つからない。

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