5/16(月) 虎蛇会②
「チュン太おそい!」
丸まった雑誌がパコンと頭の上で小気味良い音を鳴らす。
目の前で立腹しているショートカットの勝ち気な少女は、目を逸らしていた俺の側頭部を雑誌で再び叩いた。
「って側頭部じゃない! 目! 今の、目に当たったアア!!」
「反省してんの?」
「猛省しております」
くっそ痛ってええええ。
マジこの人シャレになんないよお……。
「か、かいちょ、知ちゃんを叩か……」
「ちなみにアンタも遅刻だからね、穂積」
パコン!
音和の頭でも会報が跳ねた。
小さな音和にはそれだけで大ダメージだったらしく、頭を両手で押さえて涙目になっていた。
それにしてもお前、よく会長にたてついたな。ちょっと見直したわ。
雑誌を握ったまま、ショートカットの女子生徒こと部田凛々子は、俺たちを交互に睨みつけた。
「虎蛇会会員なら、生半可な気持ちじゃ務まらないこと、肝に命じるように!」
そう凄みをきかせながらバンッと両手を机に叩きつけた。
どこの裁判ゲームだここは。
「まー、肝に命じたために会員が4名なわけですがー」
この部屋に俺たちのほかにもうひとり、空気を読まない人間がいる。
部屋の奥の窓際にあるひとり用の小さな机に腰かけて、超ミニスカートから惜しげもなく出した生足をぶらぶらさせている女子生徒は、あくびをかみ殺していた。
肩より少し長い、不自然な焦げ茶色の髪をさらりと揺らして、芦屋七瀬は「だよね?」とばかりに、俺にVサインを送った。
ギギギギギと、ゼンマイのおもちゃのように、会長の首が俺のほうに回ってくる。
俺も会長と目が合わないように、ギギギと顔を回して明後日の方向を見た。
「いやーなんのことやら……」
クッソ七瀬! 飛び火がこっちに来たろが覚えてろよ。
「辞めていった人に未練はないよ。やる気ない人間がいるほうが士気下がるから」
あらら? 殴られるかと思ったけど意外におとなしい。本人も少しは気にしてるのかな。
フンと鼻を鳴らして、会長はいつもの席についた。
俺たちの城は7帖ほど。部屋には長机を2つ並べている。
その上座の、ホワイトボードを背にしたお誕生日席が会長の席だ。
俺も会長にならって適当に席につく。当たり前のように隣に音和も座った。
「とりあえず会議をはじめる。みんな朝からご苦労さま。5月だけど、そろそろ虎蛇会も準備をはじめようと思っている」
全員が着席したのを見届けて、会長は話しはじめた。
「あのさ会長」
すっと俺は手を挙げる。
「ずっと聞きたかったんだけど、なんでここは“トラヘビ”って物騒な名前なんだい」
“虎蛇会”という恐ろしい名前の集団だが、その中身はただの文化祭実行委員会。文化祭をまとめるために有志が集まったものだ。
「愚問ね」
会長の切れ長の瞳がカッと開かれる。
「いい? “文化祭実行委員会”なんてうたっているから、生ぬるい輩が入会してくるの。それってすなわち、あたしの鉄拳の落ち損じゃない?」
じゃない?と言われましても……。
しかもそのご様子じゃあ、すでに大盤振る舞いされたんでしょうね……。
「だからあたしの独自判断で虎蛇会としたの。怖い? ええ、怖くて結構! 全員あたしにおののきひれ伏すがいいわ!! あーっはっはっは!!!!!!」
「ちょーー! それ完全にどこぞのDQN思考だよ!!」
思わず水上げされたばかりのマグロように机の上に上半身をすべり込ませて、会長の高笑いをツッコむ。
「てな感じでー。最初はケッコー有志もいたんだけど、会長が辞めさせちゃって。なっちゃんたちはそのあとに入ってきたんだよー」
と言うと七瀬は窓際の学校机から飛び降りて、長机にセットしているパイプイスへと移動した。
あ、ちなみに俺の苗字が小鳥遊だから、同級生からは「たかなっちゃん」→「なっちゃん」と呼ばれるようになったのな。
七瀬も大量辞めさせ事件があった有志初期メンバーだったらしいが、コイツだけはなぜか残っていた。
「七瀬はニブそうだもんな」
「は、失礼ぶっこくなや」
前のめりになって、人の頭をぺしぺしとたたいてくる。
七瀬はあんまり他人に興味がなさそうな印象だ。自分がやりたいことだけをやる、人の目を気にしない。それが功を奏して残ったって感じだよな。虎蛇会にいたい理由は全然わからんが。
んで俺の隣で青ざめてブルブル震えている音和はというと、5月のはじめに俺と一緒に入会したばかりの新参者だった。
そうしてとりあえず在籍しているのがこの4人という、超貧弱な、文化祭実行委員もとい虎蛇会の……ってあれ。4人だっけ?
「ということで我らが虎蛇会の目下の目標は、書記調達よ」
「それ! ねえ宮下くんは?」
そう、たしか前回の会合までは2年生の男がいたはず。メガネで青白くて、写真部の……。
「辞めたー。つかカイチョーがボコボコにして辞めさせてたんだけどウケるよね!」
七瀬は手を叩いて笑うがウケねーよ!? なんで!? あの人どしたの!!?
当の会長はというと、そっぽを向いて口を尖らせた。
「アイツ……あたしのスカートの中を盗撮しようとしたから、振り向きざまに安全ピンで手をめった刺しにしてやった」
いやいやいや! 安全ピンがもはや全く安全じゃねーーーーー!!!!!! 安全を考えて作った安ピン農家のみなさまに謝!!!っ!!!て!!!!
……と、もちろん口に出せないので、音和と一緒に青くなって震えていた。
宮下くん、どうしたんだ。なぜそんな自殺行為を……。
「はいはーい!」
急にひらめいたように七瀬が手を挙げた。
「カイチョー! 書記、ほづみんは? 役職ないじゃん」
「ああ……。でも1年だから、ねえ」
困惑しつつ会長が答える。
別に1年が役職を持ってもおかしくはないけど、俺も同意。きっと考えていることは同じ。自分からなにもしない音和には、責任がともなう仕事は無理だと判断したんだろう。
文化祭は10月。まだ5カ月はある。
一応、まわりのヤツらにも声をかけてみるか。
「しし、しちゅれいしますっっっ!!」
そんな陰気臭い空気の部屋のドアが急に開いたかと思うと、間の抜けた声が響いた。
一斉に入り口に注目すると、開いたドアの前に、見たことのない制服で、やっぱり見たことのない女の子が立っていた。
「あっ!! ええええ????」
耳の付け根まで真っ赤になり、目をまん丸に見開きながら、女の子は室内をきょろきょろと見渡す。
「ししし、しょくいんしつは……?」
サッと4人で隣の部屋を指さす。
女の子はドア上のプレートを確かめて絶叫した。
「たいたいたいへんっ、申し訳ありませんでしたああああ!!」
言い切って、腰を直角まで折って頭を下げた。
その勢いに圧倒されて固まっていると、「では!」と頭を上げ、慌ただしくドアを閉めて行った。
再び静寂が虎蛇を包み、そして時は動き出す——。
「……へやちがい??」
ゆっくりと音和が首をかしげる。
「……つか、あの人ガッコも間違えてない? 制服ウチじゃないしー」
肘をつきながら気だるげに七瀬が言う。
「……書記、ああいうの以外で見つけて」
会長が眉間を揉みながらつぶやいた。