5/28(土) 芦屋七瀬②
体操服から制服に着替えて、校門で七瀬を待つ。
仲はいいつもりだけど、こうやって待ち合わせることは初めてだ。学校帰りに一緒に遊びに行ったことなんて今までなかったし。んで、がらにもなく緊張してるわけである。
はっ! 映画行くとか言われたらどうしよう。金あったっけ。
財布を覗き込んでいると背中をぽんっと叩かれる。
「やっ!」
振り向くと、七瀬が元気にピースを目の前に出していた。
……んだけど。
「なにさ?」
「いや……なんで制服じゃないのかなあって。……つか、なにその服。あと手に持ってるやつとか」
「は? つかなっちゃんこそなんで制服着て髪の毛もセットしてるの? 道具は?」
「おいやめろ!! 俺のおしゃれを見るな!! ……って道具?」
七瀬を再び観察する。
業務用つなぎにリュック。工事現場の人ですか?と聞きたくなるような、でっかいシャベルまで担いでいた。
◆◇◆◇◆◇
「はあ、もうマジ期待はずれ!」
「ひどい言われよう……。俺だって期待はずれだよ」
「昨日病院でおじいちゃんの話聞いたでしょ? 察してよねー!」
「そんなの言わないとわかんねーよ!」
小高い丘に建つ学校の裏は山で、その山道を今、七瀬と小競り合いしつつ歩いていた。
……とんだデートだな!
「到着!」
立ち入り禁止のロープをくぐって、七瀬が荷物を地面に投げた。
俺達の目の前にはテニスコート3面分くらいの発掘場があった。
発掘場中心部から見上げたところの崖は崩れていて、じいさんが掘っていたらしき土の壁はゆるい泥の傾斜になっていた。
そしてそのふもとは大量の土砂が積もり、なだらかな丘になっている。
「……で?」
すっげーイヤな予感がする。
「え、化石探すのよ」
七瀬は当たり前のようにそれを口にした。
「いや、素人がそんなことして危ないだろ……」
「大丈夫大丈夫。そのために虎蛇入って古い書庫まであさって、いろいろ勉強したんだからさー」
「……は?」
「じゃないと、あたしがあんなわけわかんない委員会なんか入るわけないじゃん?」
リュックをごそごそとさぐりながら、悪びれもなく言い放つ。
「もう少し読みたい本があったんだけどもう書庫に入れないらしいからさ。体育祭で勝たなきゃ」
軍手をはめて七瀬は土砂で埋まった壁を睨みつけた。
「絶対あるはずなの。あたしがなんとか見つけるんだから」
そしてシャベルを思い切り斜面に突き立てた。
ゴッ! と音がして、石粒が俺のほうに飛んでくる。
超あぶねえ! 本当に本にそうするって書いてたのか!?
「おい……。それ、化石ぶっ壊すんじゃないの……」
「……っ! ……っ!」
まったく聞いてねえ。
一心不乱に壁を壊している、その背中を叩いた。
「危ないから貸せ」
七瀬のシャベルを奪う。それなりに重い。
固い土に、ゆっくりとシャベルを突き立てた。
七瀬は小さなスコップに持ち替えて、近くで掘る作業をはじめた。そっちのほうがいくぶん、安全そうだ。
シャベルを何度も何度も土の壁に突き立てていると腕がだるくなってきた。背中に汗が流れ落ちる。
しかし、ここ掘っててまた土が崩れてこないだろうか。俺だけならいいけど、七瀬はどうやって逃がそう……。不安が脳裏に駆け巡る。
まー、壁際にいる俺よりマシか。叫んで逃げてもらうしかねえよな……。
ゴツン ゴツン
シャリ シャリ
ゴツン ゴツン
シャリ シャリ
メシも食わずに日が落ちるまで、俺たちはゴールが見えない作業を黙って繰り返した。
◆◇◆◇◆◇
夕方まで掘り続け、疲れた俺たちは少し離れた木の下に座り込んで休んだ。
腕は乳酸でパンパンで、痛くて上がらない。疲労感が半端ねーんだが。
「……ふう。いいダイエットね」
なんかすげえやせ我慢している人がいる!
「確実に腕が太くなるな」
「!?」
「リレー練習してるから脚もか。それで人は俺たちを見ていうんだ、『肩にジープ乗せてんのかい!』とか『ケツのキレがバームクーヘン!』とか。好き勝手に」
「う、うそよ! そんな短期間でなるはずないし!!」
「ならねーよ、リレー練習は来週までだし。こっちはいつまでやるのか知らないけど」
七瀬は作業場を見た。俺も一緒に眺める。……気が遠くなった。
「そんな長期間じゃないよ」
七瀬は寂しそうにつぶやく。
「おじいちゃん、もう長くないんだって」
「……ごめん」
「死んじゃう前に、どうしても見つけたいの。あたし、思うんだよね」
落ち着かない様子で、地面の砂をいじっている。
「死後に作品の価値や功績が認められる人ってよくいるけど、そんなの意味ない」
「いや。お前のじーちゃんは十分認められてるじゃんか」
「うん。でも化石をひとつ残したって思って亡くなるなんてかわいそうだよ。いくら後から見つかったって、おじいちゃんには分からないもん」
どろどろに汚れた小さな手を見つめ、ぎゅっと砂を握っていた。
もう一度、現場を見る。彼女はその一心で、気の遠くなるような作業を遂げようとしている。
最初は、ばかげてると思った。少しやればあきらめるだろうとも思っていた。
でも、いつもの適当な考えで始めたんじゃなかったんだコイツは。大変なことを分かった上で、やろうと決意した。
俺は立ち上がって荷物を取りに行った。七瀬もゆっくりと立ち上がり、道具を片付け始めた。
「明日は弁当持ってくるかなあ。力尽きて死ぬぞこれ」
「……ごめん」
「ごめんじゃなくて、それくらいスポンサーしろよ、手伝ってんだから」
「!! わかったよ……しょうがないな!」
七瀬が笑った。手も顔も靴も衣服もどろどろだった。
でもそのときの笑顔は、どんな化粧をした七瀬よりも可愛いと思った。