5/16(月) 虎蛇会①
時間は有限だ。
だけど、人はたびたびそれを忘れる。
それは若さゆえに。
世の中には自分より多くの年配者がいるため、
焦る必要をなくしているからだ。
今を全力で
自分で選択をして生きている人が
どれだけいるっていうのだろうか。
目を逸らして楽なほうに逃げて
時間はたっぷりあるって
何もかも先延ばしにしていた俺は……
現在、全力で過去を悔いているところだ。
◆◇◆◇◆◇
玄関のドアを開けるとふわっと潮の香りがして、堤防の向こうには大きな空と青い海が広がる。
朝、海を眺める習慣はわりと気に入っていた。
俺が住むこの小さな町、朝陽ヶ浜は、数年前から観光地としてまちおこしに力を入れていた。
主に夏、海水浴の家族連れやサーファーが訪れる、近辺では少し名の知れたリゾート地なのだ。
うちも父親が5年前に脱サラし、1階をカフェ、2階を住居に改装したばかり。多分まちおこしに便乗している……んだと思う。
さて、今日も元気を出して学校に行きますかー。
くるりと向きを変えると、スマホをポケットから取り出していつもの番号にかける。
コール音を聞きながら隣の家の2階を見上げた。
その刹那、
「ふわあああああ!!!?」
ほんわか可愛らしい洋館風の一軒家から、完全にミスマッチな女の子の叫び声が聞こえてきた。
すうっと息を吸い込む。
「おーーとーーわーーちゃーーんーーまーーだーー!?」と、俺も絶叫。負けずに絶叫。
すると家の中から聞こえていた声がぴたりと止まり、2階のベランダの窓が開いた。
顔をのぞかせたのは、パジャマ姿の小柄な女の子。
せっかくのきれいなサラサラボブヘアも、朝は寝癖で鳥の巣状態だ。
電話かけるまで熟睡してたなコイツ。
「おらァクソチビ。さっさと降りてこいやアア!!」
毎日毎日、人を待たせるのが趣味なのか。たまにはビシッと言ってやらんといかん!
「……」
そいつは丸い目をごしごしこすりながら大あくびをして見せたあと、なぜかベランダをさまよいはじめた。
そしてそのまま手すりを乗り越え、当たり前のように……って、飛んだああああ!!!?
「ちょ、誰が早急に飛べと行ったぼけがああああ!!!」
いくら身体が小さいからってね! 落ちてくる人間を下でカッコ良く抱きとめる……なんて、現実のいち男子高校生にできませんからねーー!!
「ぐごおおおおっ!! ぶふっ……」
着地点までの数メートルを一生懸命駆け寄った結果、珍妙なうめき声を発して下敷きになることで、どうにか女の子を受け止めたイケメンな俺……。
い、痛ぇ……。
「朝から元気だね」
上から聞こえるのんきな声。
「おい……ほかに言うことがあるだろ……」
こみ上げる怒りを抑え、腹の上の音和に笑顔で威圧した。
俺をぼーっと眺めていた穂積音和は「ああ」と小さくつぶやき、まるで蚊をつぶすかのように俺の頬を両手で思いっきり挟んだ。
「起・こ・し・て・よ!」
「違うわ! 朝イチから起こった漫画のようなバイオレンスをまず詫びろ!!」
女子力の前に人間力を成形して欲しいもんだね!
「あっ! て、ちこく!! すぐ着替えてくるから待ってて!」
体がすっと軽くなり、ようやく動けるようになった。立ち上がると、ちょうど音和が家に駆け込んで行く背中が見えた。
スルー? 俺、スルーされたよな??
マジ大事にされてない!
悲しい!!
それでもため息ひとつつけば怒りは終了。黙って玄関前で出待ちする。
俺と音和は小さいころからずっと一緒に過ごしてきた。だから許す許さないとか、そーいうものを越えた関係だってお互いに思っているのだ。
…………だよな?