10/23(日) 日野 苺⑤
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何気ない会話を交わしながら歩いていると、気持ちも落ち着いてきた。
いちごもキョロキョロしながら、単純に散歩を楽しんでいるようだった。
パレードは見えずとも、音は聞こえる。
曲に合わせて歩きながら、いちごがふと思い出したように聞いてきた。
「ねえ、そういえば知実くん、最近になってあたしの青春を駆け足で叶えてくれている気もするけど、どうして?」
「ん? ああ『青春回収ごっこ』? ダラつくのも面倒だから期間を決めて詰め込んではいるかな」
「そういうことかぁ〜」
「まだやりたいことがあれば、なんでも付き合うしさ」
パーンと、お城の向こう側で花火が開いた。俺たちは歩きながら、それを見上げる。
「青春、ね……。恥ずかしいけどあたし、こうやって、男の子とデートってしたことないんだな。知実くんはあったりする?」
「え? ああ〜……」
口ごもりつつ考える。
凛々姉との遊園地もデートっていうのかな?
ほたるとも遠出したし……。
ああでも、今年はいろんな子と二人で出かけたな。
「そっか、きっとあるよね。みんな普通のこと、なんだよね」
隣で寂しそうにいちごがつぶやく。
「あ、いや、手を繋いでってなると……1回しか……ていうか、あれも事情があってですね……」
「え、事情? うん? どういうこと?」
いちご、急に詰めてきたな!?
「えっと……夏にさ、中学生の女の子と二人で、蛍を見に遠出したんだ。そこ山だし、危険かなと思って手をつないであげようと思ったんだけど、『遠慮したくないから1日だけでもカレカノになりましょう!』ってキッパリ言われて」
「ひゃー……最近の子ってすごい。でもその子とはその日だけだったの?」
「うん。もう、手が届かないからね……」
そうか、ほたると出かけてからもう2カ月も経つんだよな……。
まだ、ついこの前のような感覚がある。
彼女の時間が止まってからも、俺は自分の人生を歩いて、普通に笑って過ごすことにした。
だからって忘れたわけじゃない。手が届かなくなったとしても、彼女の残した思いはいつだってすぐに心から取り出せる。
そして俺の残された時間はもう、サッカーのロスタイムほどのわずかな時間だけ。今はそれを、目の前にいる人たちに、全力で使い切りたいと思ったんだ。
「知実くん?」
黙って考え事をしていると、いちごが顔を覗き込んできた。
俺が難しい顔をしていたのか、いちごも真面目な表情だった。
慌てて話の続きを探す。
「あっでもさ、いちごは、その……かわいいのに……。本当に今までそういうの、ない?」
「え、聞こえなかった。いちごは、なに?」
「なんにも言ってねえよ」
大墓穴をかましてしまい、思いっきり顔を背ける。
隣で笑い声が聞こえる。聞こえてたんじゃねえかよ。
照れながらも、心地よかった。
「いないよ」
はっきりと、いちごは答えた。
「誰かを好きだっていう気持ちも、あたしにはよくわからないから。……わっ!」
いちごがよろけて、手が一瞬だけ離れそうになった。
足元を見ると、低めのヒールを履いていた。
それで今日はよく転んでたのかと、なんとなく納得してから手を掴み直そうとしていると、指が恋人つなぎのように絡む。
「ご、ごめんね! ありがとう」
いちごは小声でつぶやきながらも、胸の前で組み合った手を振りほどこうとはしなかった。
それどころか、わずかに指に力が入ったようにも感じる。
「でも……どうしたのかな。今は少しどきどきしてる」
小さな声でそう言って瞳を潤ませたまま、少し目を伏せる彼女。
そんな顔をされるのはずるい。
「えっと……それ、って……」
いつしか、パレードの音なんか耳に届いていなくて、鼓動がうるさくて恥ずかしいということしか頭になかった。
つい指先に力が入る。
呼応するように彼女の指もきゅっと締まって、それが小さな自信になる。
目の前の女の子がキラキラと輝いて見えるんだけど、これって、もしかして…………。
「ねーねー! 全然キスしないよあの人たちー!!」
「「!!」」
子どもの大声に、俺たちは思わずパッと離れた。
顔から火が吹き出しそうになりながら周りを見回すと、少し離れたところで小学生男子がニヤニヤとこちらを指差し、近くのお母さんに引っ張られて行くのが見えた。
ちくしょうあの目……わざとだ。
俺も昔、海辺に来ていたカップルを冷やかして、いい雰囲気をぶち壊してやったことがあるからわかるんだよな。
「あっ、あっち歩こっか!?」
「そうだね……」
あああ、クソガキーーー!!
それから過去に気まずい思いをさせてしまったカップルも今だから言える、あのときは本当にすみませんでしたーーーー!!




