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彼女たちを守るために俺は死ぬことにした  作者: うんちん丸
第4部 お姫様に寵愛を
235/301

9/30(金) 穂積音和⑪

  ◆◇◆◇◆◇




「ありがたい話だけれど、それは無理だよ……」



 自動販売機前で俺たちは、おじさんに『未成年の主張』に出ようと説得した。


 けれど、そもそもおじさんは引っ込み思案で、おとなしくて、しゃべるのもうまくない。



「あんなところに立っても、ただ、音和に恥をかかせるだけだから」



 頭を落とし、はっきりと拒絶する。



「じゃあおじさんはいつ、音和に本音を伝えるんですか。家で言える?」


「それは……」



 俺が聞くと、おじさんは気まずそうに唇を噛んだ。



「話そうとは思っても、結局は話していない。いつも先伸ばしにして放置する。それに、おじさんは少し話したって言ってるけど、音和には何も届いてないよ」


「え!? な、なにも?」


「おじさんが話したつもりでも、伝わってないよ。それだと、何も言ってないのと同じなんだ」



 おじさんは絶望したように俺を見上げた。


 かわいそうに。きっと、おじさんなりに頑張ったんだろうけど。


 少しのニュアンスで相手に伝わるのは、心が通っているからこそだ。おじさんはそのプロセスを飛ばして、楽をして。それで伝わると思っているならすげえおこがましいよ、言わないけど。



「別にいいんですよ、こんなところで言わなくても。ただ、おじさんは自分が思っている以上に、心を開かないといけない。大人だから、親だから。そういうプライドを捨てないと、もうあいつには届かないよ。あいつがどれだけ心を閉ざしているのか。あれがもとからの性格だったか。思い出してよ、昔、3人暮らしだったころの音和を」



 おじさんの目が見開かれる。


 大人にもえぐられたくない傷はある。いや、大人だからこそ。長く生きている分、俺たちよりも多く抱えてしまうのかもしれない。



 抱えすぎると人は潰れる。見ないふりをして、心を保ったりする。


 だけどそれに慣れてしまうと、心が鈍感になる。そして普段から逃げ癖がつく。


 それで向き合うべきときに向き合えなくなったら、大切な人は支えられない。



「おばさんがいたとき、音和は人懐っこい子でしたよ。うちにだけじゃなく、近所の人にも、子どもにも、犬にも……」



 うう。とおじさんが呻く。両手で顔を覆って。



「……そうだ。有希子さんも……そういう人だった……」



 音和のお母さん。歌手をしていて、町でもスナックに呼ばれて人気者だった。いつも笑っていた。美しい人だった。



「……また伝わらなくて、音和に嫌われないだろうか」


「真剣な人の話は、音和ちゃんは絶対に聞きます!」


「こんな僕が表に出ることを、恥だと思わないだろうか」


「あいつは人をツラで見ません」



 いちごと野中が答える。



「即答してくれるんだね。あの子にこんな友だちがいたなんて、僕はなんにも知らなかったよ。僕も、君たちのようになれるなら……」



 おじさんは顔を覆っていた手をゆっくりとおろし、



「知実くん。僕は今日、朝陽ヶ浜でいちばんカッコ悪いおじさんになるよ」



 拳を強く強く、握りしめるのだった。



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