9/30(金) 穂積音和⑤
ベンチに座ってジュース飲んでると、ペタペタと足音が聞こえて視線を送る。廊下からいちごと音和が並んで歩いてきた。
ベンチまで来て、俺と野中の間におじさんが座って談笑していることに気づき、音和は怪訝そうな表情を浮かべた。
よし、おじさん行け!
「……」
無言が続く。
俺たちの間に微妙な空気が流れる。
たまらなくなり、肘でこづいた。
「お、音和」
やっと口を開いた。
「演劇、観たよ。……のびのびと楽しそうにしていて、嬉しかった。成長したね」
言えたじゃん、おじさん!
俺ですらちょっとジーンとしてしまうんだから、きっと音和の心にも届いたろう。
これからもっと会話を重ねて、お互いをわかり合って、親子で支え合っていくんだ。音和。
「パパは……知ちゃんに言われて来ただけじゃん」
……あれ?
よく見れば、音和はうつむいてぷるぷると震えている。
「パパは、行事とか今まで来たことなかったじゃん! 今日はどうせ知ちゃんに引っ張って来られただけでしょ!!」
いや、それはお前だよ〜。
「確かに俺が誘ったけど、来たのはおじさんの意思だよ」
「どうせ暇だったからじゃん!」
「そんなこと言うなって」
「だって、パパ、あたしがクラスで嫌がらせされてたことも知らないでしょ! 楽しそうじゃないよ、楽しくなるまで大変だったんだよ!」
いちごが後ろから音和の背中に手を置いた。その瞬間、せきをきったように音和は泣き出してしまった。
こりゃやべえ。野中と顔を見合わせる。
音和はひとしきり泣くと鼻をすすり、
「あたし虎蛇のお留守番だから」
つぶやいて、きびすを返すと行ってしまった。残された俺たちの気まずさといったら。
「……そうだったのか」
おじさんは頭を抱えてしまった。
自分の子供がいじめられていると知るとそりゃショックだろうな。知らなかったこと自体もそうだろうけど。
「音和ちゃん、ちゃんと感情を外に出すようになったから。だからクラスでもうまく馴染めるようになったんです。今もきっと混乱しているだけだと思います」
いちごがフォローしてくれるが、おじさんは凹んだままだった。
「僕は、家族として信頼がないんだろう。今までのツケが回ってきたよ。あれだけ逃げておいて、今さら親ぶるなんて、虫がいいよな……」
「それでも、おじさんは向き合わないといけない。家族だから。最初からどこにも逃げ場なんてないんですよ」
弱音を吐くおじさんを、無理になぐさめるなんてできなかった。必然的に強い口調になってしまったが、そんな生意気な俺にもまったく反論することなく。
「そうか……」
おじさんはそのまま考え込んでしまった。俺たちは顔を見合わせて困惑する。
ふと、いちごが壁を凝視した。
「ねえねえ。だいぶ賭けなんだけど……」
ちょいちょいと指差す張り紙を見て、すぐにいちごの言いたいことを汲み取る。
俺と野中はニヤリとほくそ笑むのだった。




