9/30(金) 穂積音和①
翌朝、モーニングコールしても音和は出なかった。
いちごには先に行ってもらって、穂積家のインターホンを鳴らすと、出てきたのはおじさんだった。そのやつれた様子を見ると、家でも彼女が何かしらやらかしたんだなと推測できる。
「おはようございます。音和、連絡がつかないんですけど」
「知くんすまないね。何度か声をかけたんだけど、起きてこなくて」
「あいつ本当に文化祭行かないつもりなのかな……」
「知くん」
二階を見上げていたところ、おじさんに呼び戻される。
「話したんだね」
「はい」
さらっと返すと、おじさんは「そうか」と深刻そうに頷く。
「こんなときに、音和が苦労をかけて申し訳ない……」
「おじさん、今日はお休みですか?」
「ああ、休みだよ」
「文化祭来られます? うち一般公開してますよ」
「……」
困惑して頭をかくおじさんの背中をもう一度だけ押す。
「音和、劇で主役なんですよ。ちょっと考えといてください。俺起こしてくるんで」
家主を玄関に残し、俺だけ家にお邪魔した。
「入るぞ音和」
「だめ!」
二階の音和の部屋をノックすると中から悲鳴が上がる。
「いや、ダメじゃないから。行くから」
「やだ。絶対に入って来ないで!」
「なんだよ。寝起きの顔なんて何度も見てるだろ」
「見せると見られるは違う!」
お前は哲学者かよ。
「お前が行かないと俺も文化祭行けないんだけど」
「……行かないでえぇ」
声は泣き声になっていた。
「いや、俺は文化祭にめちゃくちゃ行きたいっす」
「ふええええ……」
……高1の部屋だよな? ここ。
ということで、強行突破することにした。
鍵のない扉は体ごとぶつかれば簡単に開いた。ベッドの大きな膨らみをめがけて布団を引き剥がせば、丸まった本体が出てくる。
「……鬼ぃ」
「俺に後悔を残させるなよ」
「……っく。うぅぅ、ぐすっ…………わかったぁ」
……ちょっと卑怯な言い方だったかな。
音和がのそのそと動き出したのを確認して、部屋の外に出る。
「んじゃ玄関にいるからなー」
部屋にいる音和に声をかけて、先に階段を降りた。
今日は早めに行くつもりだったけど、これだといつもの時間だな……。凛々姉にメッセ入れとこ……。
一階で靴を履いて玄関に座っていると、後ろからおじさんがやって来た。
「……本当に、僕なんかが行ってもいいのかな?」
不安げに額に玉の汗をいくつも浮かばせて、もじついている。
「え、当たり前じゃん。おじさん音和が小学生のときもこっそり見に来て帰ってましたよね? もっと自信を持ってくださいよ、音和のたった一人のお父さんなんだから」
軽く言って、ぐっと親指を立てる。おじさんは曖昧に2回ほど頷いて、回れ右してリビングの方へ消えた。
「知ちゃん、できた……」
入れ違いに音和が下りてきた。男子高校生並の支度の早さだな。
んじゃ、メシは学校で食わせるとして。
「おし、忘れ物はない? 行くぞ」
手を引いて外に出た。手をつないでいるというより、連行感の方が強い。
「今日おじさん来るといいな」
「……来ないよ。あたしのこと興味ないんだから」
「そんなことないと思うけどなあ」
先を早歩きしながら、コンビニかパン屋か。音和の朝メシの店を考える。
「俺は必ず観に行くから。音和がクラスで頑張った姿見たいし」
「……うん」
わははは。わかってはいたけど、全然元気ないなあ〜〜〜〜〜。う〜〜〜〜〜。
「音和ちゃん、アゲで行かない?」
「……今、どうしたらいいのかわからない……」
うわ、綾波レイみたいなこと言ってんなよ。
心が追いついていないのか。まあ俺も最初はそうだったしな。
仕方ないとはいえ、打ち明けるタイミングを完全に間違ったわ。もう、後の祭りだけれど。




