9/26(月) 部田凛々子⑨
「凛々姉の文化祭への思いは幻じゃないよ! プライドを持って作ってきたんでしょ。きちんと形にもなってる。だってほら、今の虎蛇会は間違いなく、部田凛々子が作ったものだよ」
「でもあたしには、自信が……」
悔しそうに、凛々姉が振り返る。
「自信自信って、何言ってんの。あんた最初から、そんなにすごくないよ」
その顔がサッと曇る。
「……って思えば、少し楽にならない?」
「え……?」
「凛々姉は完璧主義すぎるんだよ。頑張ってるからこそ、わかりやすく結果を求めてしまうんだろうけど。でも、それはもはや呪いじゃん。すごいの呪いから解放されてみれば、楽になるんじゃない?」
凛々姉はショックを受けたような顔で、視線を漂わせる。
「あたしは……すごくない……」
「すごくないし、弱い」
「すごくないし……弱い……?」
「うん。すごくなくても、弱くてもいい!!」
「っどうして!? 矛盾してる。文化祭の指揮をとる者が、すごくなくて弱くていいなんてありえない! いい加減なことを言わないで!!」
まだ気付かないのかよ。視野狭いなーもう。
凛々姉の前へ歩み寄り、肩をつかんだ。
「それはひとりの場合だろ? 俺たちがいるじゃんか! みんなでカバーし合えば、ひとりではできないこともできるようになるんだよ。どんなに努力しても完璧な人間はいないし、いると思っているなら幻想だ! もし、それでも自信がないって言うなら、もうどんだけ俺たちのこと信用がないのって怒るよ!?」
凛々姉の顔が一瞬、くしゃっと歪んだような気がした。けれどすぐに下を向いて、髪の毛で顔を隠してしまった。
泣いてるのだろうか……。
「凛々姉……」
「…………肩、痛いんだけど」
「あっ、ごめん」
静かな抵抗を見せる凛々姉の声に我に返り、慌てて手を離した。夢中で、思いっきり掴んでしまってたらしい。
「……10倍返し、だったかしら」
「えっ?」
突如、体が凍るような恐怖を覚え、思わず後ずさりをしてしまう。
「……正直、まだぜんぶ受け止めきれていない。でも……間違ったあたしを引き戻してくれてありがとう」
「!」
ぎこちないけれど、凛々姉の目には静かに光が宿っていて。胸が一度だけ跳ねる。
「……いいよ、どれだけでも返してもらおうじゃん。ただし全部終わったらだからね?」
いや、このドキドキは、絶対に恋とかじゃないけれど。
「というか、凛々姉って本当に妖刀出せるのね……」
「? 出るわけないでしょう、そんな量子力学完全無視みたいなもの」
「!? だって、野中おびえてるぞ!?」
なんだ俺、ドキドキは身の危険をあんじてなのか!?
机の向こう側に隠れて頭を出し、目で抗議している野中に苦笑してから、目の前の少女に視線を移した。
迷子だった凛々姉の心が戻ってきた。そんな気迫が届いた。
弱さは恥じゃないし誰にでもあるもので、ようはそれに向き合えるかどうかだ。
部田凛々子の心は飴細工のように繊細で脆い。けれど、彼女はそれを受け入れる強さを持っていた。
聡明な彼女のことだからきっと、それを強みに変える手段を、すぐにでも見つけるのだろう。そう思ったんだ。




