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彼女たちを守るために俺は死ぬことにした  作者: うんちん丸
第4部 お姫様に寵愛を
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9/14(水) 穂積音和④


  ◆◇◆◇◆◇




「穂積は?」


「ひとまず保健室。今先生が車回してくれていて、俺も病院につきそってくる」


「そう……」



 安堵のため息とともに、うろうろしていた凛々姉は自分の椅子に座った。

 詩織先輩や七瀬、虎蛇で作業していた文化祭実行委員の人たちも、口々によかったと無事を喜んでくれている。



「チュン太、ちょっと」



 凛々姉に呼ばれて側に寄ると、口を隠すように手を当てたので、少し膝を折って顔を寄せた。



「……あまりこういうことは言いたくないのだけど、ちょっと困る。今、虎蛇から問題は出したくない」



 その言葉に、一気に頭が沸騰するように熱くなった。思わず机を叩いてしまい、一斉に俺たちは注目の的になる。



「ははは……あははははは!」



 だけど、怒りを吐き出さないように注意すればするほど、口から乾いた笑い声がこぼれるばかりだった。



「……ごめん。今、それはない……」



 音和、大怪我するかもしれなかったんだぞ。もっといたわってあげたっていいだろ。

 今までみんなで仲良くやってたじゃん。あれは嘘だったのか?



「頭冷やしてくる」



 自分の荷物を手にして、虎蛇を飛び出した。誰の顔も見れなかった。




  ◆◇




 病院の待合いで音和の担任と待っていると、仕事あがりのおじさんがやってきた。

 担任にはお礼を言って先に帰ってもらい、おじさんは俺の隣に腰かけた。かなり憔悴している様子だ。



「あの子がこんな無茶なことをやらかすとは、思ってもみなくてね」



 今までおとなしくしてケンカもしないし、いじめられても黙っていたようなやつだもんな。



「あはは……。自己表現できるようになったってことじゃないですか」


「でもたくさんの人に迷惑をかけてしまったのは、悲しいよ」



 おじさんは体を前に倒して丸め、指を組んで大きなため息をついた。



「ともかく、知くんがいてくれて良かった。僕ひとりだと、どうしていいかわからなくて……」


「……」



 おじさんはいい人なんだけど、こういうところが苦手だ。



 おばさんが家を出て行ったあと、おじさんは一人で音和を育てた。


 おじさんがさらに仕事に打ち込むために、幼い音和はよくうちで預かるようになっていた。


 きっといろいろなことを忘れたかったのだろう。でもそのせいで、顔を合わす日も話す日も減っていて、今ではかなりぎくしゃくしているように見えた。



「最近、音和と一緒にメシ食べてます?」


「ああ。家にいるときは、なるべく」


「音和、なんか変わったことありますか?」


「……いや、特には」


「学校の話とか聞かないですか?」


「実は最近、食卓でもあまり会話もなくてね……。ははは、思春期なのかな」


「……」



 と、このように放任というか楽観的なところがある。俺が過保護になるのも、必然だと思う……。



「とにかく、今日くらいは学校の話聞いてあげてください。木にのぼるなんて普通じゃないですから」


「あ、う、うん……。頑張ってみるよ」


「いや頑張るっていうか、絶対すよ」


「わかった……」



 視線は泳いでいるけれど。自分の娘のことだし、なんとかしてくれと切実に願う。


 廊下の向こうから音和が歩いてくるのに気付いた。俺の視線をたどり、おじさんも頭を向ける。

 ゆっくり歩いてきた音和が、俺たちの前に立った。



「……心配かけてごめんなさい」



 うつむきながらつぶやいた。



「本当お前はどうしようもないな。でも、大事にならなくてよかった」



 顔や腕、足にたくさんのガーゼを貼られて、申し訳なさそうにしている音和に苦笑する。



「……先生も知くんも心配してたぞ。迷惑かけた人たちに、明日きちんと謝りなさい」



 おじさんが優しく叱りつける。音和は顔をあげることなく、こくりと頷いた。



「それじゃあ今日は帰ろう。知くんも乗って行きなさい」



 おじさんが立ち上がり、先を歩く。


 音和は顔を上げて、その背中を不安そうに目で追っていた。そんな彼女の頭に、優しく手を乗せた。



「帰ったら、ちゃんとおじさんと話せよ」


「ん……」



 今度は背中をポンと押して、歩くのを促す。


 暗い表情のままの彼女を見て、闇はまだまだ深いことを思い知った。

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