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5/18(水) 葛西詩織②

 バランス感覚がなくなり、座ったまま頭をひじで支える。



「お、お水……!!」



 日野が叫んでいる。



「そうですね。小鳥遊くん、お薬ありますよね? お水持ってきますから出せますか?」



 指示通り、手探りでかばんの中から薬を取り出し、錠剤を口に含んだ。葛西先輩に渡されたコップを日野が口元に運んでくれる。それに口をつけてから、呼吸を正すようにつとめた。



「ちょっと本当にどうしたのよ。保健室に行く?」


「……いや大丈夫だから」



 薬を飲めば落ち着くはずなんだ。



「今日は全員揃わない日だし、チュン太が動けるようになったら解散にしようか」



 どうにか歩けなくもなさそうだったので、俺は立ち上がってかばんを手にした。


 正直今日のはひどい。

 後ろから関取にどつかれ続けているような感じで、もはや平行感覚がない。

 でも、もうこれ以上、この人たちにこんな姿を見られたくない。



「大事になってごめん。先帰るよ。水、ありがとうございました」


「チュン太」



 部屋を出ようとすると、会長に呼び止められた。



「他人行儀はよしなさい。あたしたちは仲間なんだから」


「うん、ありがとう。じゃあまた明日」



 手をあげて、ドアを閉めた。


 仲間、か。あの人がそんなことを言うとは思わなかった。



「大丈夫……ですか?」



 一緒に部屋を出た日野が、俺の顔を覗き込んでくる。



「うん大丈夫。さっきはありがとう。たまにあるだろ、頭が急に痛くなってすぐ治ること」


「……そうですか?」


「とにかくもう治ったから。平気平気」



 嘘だけど。



「良かった、一安心です。ところで会長さん、どうしてチュン太って呼ぶんですか?」


「……チュンチュンうるさいから、チュン太なんだと。中学生のころからのあだ名なんだよ」


「ぷふっ! 妙案!」


「うるせー」



 軽く日野の額にグーパンで制裁を下す。日野は楽しそうに笑った。


 それから自然に、視線が廊下の窓へと移る。3年生のリア充系男女が数人、中庭のベンチに集まって遊んでいるのが見えた。



「あたし、あきらめてたんです。高校生活を楽しむこと。でも、でも……」



 そしてにっこりと微笑んで俺を見上げる。



「知実くんのおかげで、自分のための楽しみが増えました!」



 本当に幸せそうな顔をしている。



「なんかふつーの高校生っぽいですね、あたし!」



 純粋な好意が痛い。


 確かに、なんとかしてやりたいって気持ちはあった。けど、もともと俺は自分のために。カフェの後任を押し付けるのと、虎蛇の勧誘ノルマのために声をかけただけなのに。


 『それでもいいんです!』って、言うんだろうな。


 後ろめたくて目を合わせられないのをごまかすように、ロッカーにつくとスニーカーを乱暴に床に放り投げて履き替えた。



┛┛┛



 校門まで出ると、日野は時計を確認して俺を見上げた。



「一度知実くんを家に送ってから、下の子たちを迎えに行ってきますね」



 そっか。今日から日野のバイトが始まって、俺んちにちびっ子が来るんだっけ。



「いいよ、俺は平気だし」


「なんてことを言うんですか! また倒れると心配ですし、みなさんに顔向けできません!!」


「いやだって動けてるだろ、ホラ。むしろ一緒に小学校に迎えに行こうか?」


「そんなのもっとダメです!」


「じゃあ日野は迎えに行け。俺はひとりで帰る」


「でも……」



 小学校の方向に無理やり日野の背中を押すと、やっと観念した。



「……わかりました。では、後ほど」


「おう後で」



 何度も振り返りながら、日野は小走りで去って行った。


 まったく、俺なんかに気をつかわなくていいのに。

 坂を下りようと進行方向を変えると、後ろから来た人とぶつかりそうになって、思わず身をかわした。



「っ!」


「す、すみません」



 謝ってから相手を見ると、葛西先輩だった。


 先輩が落としたかばんを拾うが、中身が入ってないのか、とても軽かった。

 本当に生きてる感じがしない人だな。



「大丈夫ですか? 骨折れてませんか?」



 かばんを渡すと、先輩はにこりと笑った。



「こんなことで折れるわけないじゃないですか。小鳥遊くんのほうこそ大丈夫ですか?」


「いや、先輩細いからすぐ折れそうなんですけど。それにまさか俺が……大丈夫じゃないと?」


「ゴキブリ並みに平気そうです?」


「それはちょっと傷つく!!」



 顔を見合わせて笑った。この人、冗談も言えるんだな。



「小鳥遊くん、体調は……」



 と、真面目な表情に変わった。俺も心配させないように軽く笑う。



「だいぶマシです。スミマセン」


「そう、ですか。でも大事を取ってくださいね。私も持病持ちなので、よく分かります」



 身体が強くないってそういうことなのか。だからさっきも冷静だったんだ。

 なんか仲間意識というか。親近感。



「ありがとうございます。ところで先輩ひとりですか?」


「あ……そうです、ね」



 ? 歯切れの悪さに違和感を覚えたけど、気にせずに続ける。



「家こっちですか? 俺も……」


「じゃあ、私はこれで。ご機嫌よう」



 ぺこりと頭を下げたかと思うと、そそくさとひとりで歩き出してしまった。


 俺と同じ方向なのに。もしかして避けられた?



 ゴキブリ並みといわれたときには痛まなかった心が、今はちょっとうずく。


 いやいや、彼氏と待ち合わせかもしれない。そりゃ男と歩けないよな、迂闊迂闊。


 ……今度、聞いてみよっと。

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