8/30(火) 野中貴臣④
音和の姿が消えてすぐ、野中に手招きされて、ハシゴをのぼり切った。
引くほど汚い地面にも構わず、給水塔にもたれかかるようにして野中が座る。
「んで話、簡単に終わらせるけど」
「え、マジで話あったの?」
素っ頓狂な声をあげる俺と反して、野中は意外にも真剣だった。
「しょうみ、いつまで登校できるの?」
ああ、そっか……。
「文化祭が終わるまでは待ってもらうことにしたよ。そしたら入院かな。体調が安定している限りは、学校来るつもりだけど」
“入院”と口にするだけで、急に胸が縮こまる思いだった。
現実逃避してる俺を見透かして、野中はきちんと向き合って、聞いてくれたんだ。
「いつでもすぐ俺に頼れ。できるだけ側にいるから」
緊張した面持ちの俺を笑うかのように、野中がやっと表情を崩した。
「……ッ! 俺、お前になら抱かれてもいいかも」
「バカ、ふざけんな! こっちはマジで言ってんだけどっ!?!?」
ほほう、照れてる。ういやつういやつ。
「アタシ初めてだから、優しくしてねっ!」
「え、待て、ちょっと、俺、まだそっちのスイッチ入ってなっーー! ギャーーー!!」
野中に抱きついてふざけていると、嫌な視線を感じて振り返る。
「……」
はしごから顔を出した音和がいた。
「音和!?」
「これは違う! 待て待て待て待て!」
冗談だと弁解するけど、いつもシャツのボタンをかけている数の方が少ない野中は結構なはだけ方をしているため、俺が襲っているようにしか見えない……ね?
「たかおみ、最低」
「はああ? てっめえーーー! どー見ても俺がヤられてる方だろうが!! どーせ俺が誰に襲われてもなぶられてもっ! お前は俺にキョーミねーんだーーー!!」
……ちょっと同情するわ、お前。
「チッ、道具持ってきたなら貸せっ! お前らは仲良く下でも片付けてろよ!」
傷心の人に、シッシッと手を振り追い出された。
音和とはしごをおりて、あたりを見渡す。
うーん。ゴミ拾いからですかね、これは。
「たかおみだけ面積狭くてずるい!」
音和が頬をふくらませた。
「仕方ないだろ、ここの主だしなー」
「むーー!」
「いいからちゃっちゃとやるぞ。俺は光に弱いんだ」
「知ちゃんいつから闇属性なの?」
「お前その返しおもしろいな」
喋りながらもゴミ袋がどんどんふくらむ。
予鈴が鳴るまで、片付けを続けた。
労働で汗を流す。
顔をあげると、目の前に友人がいる。
俺、あの病院生活から、いつもの学校生活に戻って来られたんだな……。
気を緩めると、涙が出そうだった。
文化祭まであと1カ月——。
無理やりもらったこのかけがえのない時間、全力で走り抜けようと、改めて決心した。