2019年 冬⑥
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思ってた通り、準備期間の1カ月はあっという間だった。でもそれは、決してまばたきをするような一瞬じゃなかった。
あたしにとって、こんなにも濃い1カ月は今までになかったと思う。
ひとりで頑張ってきた今までとは違う。あたしには味方がいる。
チュン太もきっと不安でいっぱいのはずなのに、あたしの前では常に笑ってくれていて、彼の強さにはとても励まされた。
それからこれは思わぬ副産物だったけれど、チュン太といると、人が寄って来るようになった。
「部田さんって怖い人かと思った! でも違うんだねー」
そんなことを数人に言われて驚いた。
あたしは自分が他人からどう見られているか、気にしたことが一度もなかったから。
だから、見た目のことだって。ううん、見た目はもとより自信がない。
そんなことをうっかりこぼすと、チュン太は言った。
「あはは凛々姉、それもったいないよ!」
恥ずかしすぎて思わずカバンで殴ったけど、すごくうれしかった。
それからあたしはメガネをやめてコンタクトにして、演説の前には髪の毛をショートに切った。
笑われるかと思ったけど、選挙の日、体育館の舞台袖でチュン太は言った。
「凛々姉はすごいね。再会してわずかなのに、日々、カッコいいを更新してる」
「な、なにを言ってるの」
「でも今日はその一歩だし、これからもっと手の届かない人になるんだね!」
「……え?」
——部田凛々子さんの応援演説は、1年A組、小鳥遊知実さんが行います。
「じゃあちょっち場を温めてくるぜぇ!」
チュン太が颯爽と舞台へと出て行く。
あたしはその背中を、口を半分開けたまま見送った。
………………
…………
……
あたしの演説も終わって、二人で体育館を出た。
達成感でいっぱいだったあたしたちは、パンと音を立ててハイタッチした。
「……まったく、原稿に書いていないことを言いはじめたから焦ったわよ」
「あはは。なんか急に違うこと言いたくなっちゃって」
「すっっっっっっごい、恥ずかしかったんだから……!」
「だって凛々姉のいいところ、みんなに知ってほしかったんだもん」
「だからって『部田さんは孤独です!』はなくない!?」
「ちゃんとオチつけたでしょー?」
「もういいけど。ねえ、冒頭で『とある偉い人は言いました』って言ってたけど、どこの偉人の言葉を引用したの?」
「あれ? 俺」
「は?」
「俺の言葉だけど」
「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!? ……ぷっ。あはははは!」
二人で顔を見合わせて笑った。
こいつは本当にチュンチュンぺらぺらと、適当なことが次から次に出てくるわ。
でも……すごく照れくさくて、嬉しかったな。
天気はいいけれど気温は寒いはずなのに、あたしの体温は上がっていて、このままずっと、陽気を感じていたい気分だった。
あたしは、自分が思っていたよりもとてもとても、とても弱い人間だった。
ううん、弱い人間になってしまった。
孤独から救われたと、思ってしまったから。
全部あんたのせいよ、チュン太。
◆◇
「ねえ知ってる? 部田凛々子さんって時期会長候補だったんだけど、あの1年生の男子」
「応援演説してた男子だよね?」
「そう! あたし聞いたんだけど、部田さんを選挙で落とすためにこっそり動いていたんだって!」
————え?
「聞いた? 生徒会長選挙戦の裏話!」
「応援演説の男の子が裏で票を操作したやつ?」
「生徒会とずぶずぶの関係だったんだって」
「えーなんで!?」
「生徒会長になると忙しくて、構ってもらえなくなるからって理由らしいよ」
————みんな何を言ってるの?
「でも協力もしてたんでしょ?」
「近くにいたほうが、動きが読めるから」
「部田さん友だちいないし、やりやすかったって」
「エグー。引くわー」
「なんでそんなことするの?」
「よく知らないけど、恨みがあったみたい」
——チュン太が……?
「安達くんと仲良かったんだって、あの1年生」
「部田のそばにいて、スパイしてたんだろ?」
「味方かと思ったら敵とかこわーい!」
「うわ、俺なら人間不信になるなー」
————うそ……うそだよね……?




