2019年 冬②
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数日後、演説原稿を見てもらうために生徒会室に行くと、先輩方の雰囲気がよそよそしく感じた。
前来たときはフレンドリーだったのに、今日は誰も話しかけて来ない。むしろ、あたしの周りに見えない結界が張られてているかのように、遠巻きにされていた。
異物を見るような視線が突き刺さる。
会長デスクについて黙っていた杠先輩は、意を決したように立ち上がるとあたしの前まで歩いて来た。下ろした指を前で組み、困ったようにこちらを見る。
「実は部田さんに謝らなきゃいけないことがあるの」
「どうかしたんですか?」
「うん。えっと……。毎年生徒会長の立候補が出ないって話してたんだけど、二年生の安達くんも立候補したんだ」
「安達って……安達カケル!?」
先輩がこくりと頷く。
あたしと同級生の安達カケル。ちょっとチャラついているけど、確か成績は悪くない印象。
人当たりがよくて、先生もよく怒ってるけど目にかけてるっぽいし。安達カケルが取り持って、クラスのいじめがなくなった話も聞いたことある。
あの人、生徒会長に立候補したんだ。そういうのは興味ないと思ってた。
そうすると、あたしと対立するってこと?
「それで、謝りたいことっていうのがね」
黙って考えていると、杠先輩が恐る恐る言葉をつなぐ。
え?? 生徒会長確定の話が流れたってことだけじゃないの?
「安達くんに応援演説を頼まれて、わたしが話すことになったの」
「!?」
慌てて周りを見渡すと、すでに知っていたらしく先輩全員が目を逸らした。
そっか。選挙になるなら、応援演説が必要なんだ。
どうしよう。あたしには手伝ってくれる友だちなんていない。応援演説なんて、誰に頼んだら……。
でもそんなこと、ここで愚痴れない。
「ごめんね。安達くんは幼なじみだし断れなくて。わたしが演説するから、生徒会みんなそっちの手伝いになっちゃって……」
だからこの雰囲気か。あたしがここにいることが居心地悪いんだ。そっか。
「でも、部田さんの演説のアドバイスや添削もしますよ。先に約束していたことですから」
「……大丈夫ですよ、生徒会長」
持ってきた紙をくしゃっと握りつぶして、ポケットに隠す。
「ライバルに手の内を明かすのは、お互いにとってもあまりよくないことですよね? あたしはなんとでもなりますから。失礼します」
心なしか、生徒会長の顔がホッと緩んだような気がした。
生徒会室を出ようと振り向いて、自分が立っている場所にようやく気づく。ドアまでたった数歩の距離。そんなところで立ち話してたんだね。
誰にも受け入れられていなかったことが身に染みて心がざわつく。
たった数歩を引き返し、部屋を出てからあたしは走った。向かう場所なんてないけれど、早く敵陣から離れたい。そんな感情だけでやみくもに走った。
あはは。あたしはなんとでもなる?
全然なんともならないよ。こんな仕打ち、あんまりじゃない!?
……ううん。これはあたしの見立てが甘かったせい。応援演説があることも考慮しておくべきだった。
なんにでもトラブルはつきもの。予定調和なんて夢ものがたり。これを対処しないと、生徒会長なんてなれないよね。
あたしが先輩たちを責めるのは、お門違いなんだから……。