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5/17(火) 日野 苺②

 下校時間になった。


 ロッカーから出ると、校門でこっちに向かって手を振る女の子が見えた。そのこけし頭……まさか……。



「知ちゃーんっ!」



 声張ってたから、下校してる生徒みんな振り返ってるけど、全然気にしてねーし……。

 でもありがたいな。なんか力が抜けた。


 そんな音和は、カバンを持ったままうれしそうにぴょこぴょこ駆けてきた。そして俺の前に来て顔色が変わった。その目は俺の隣に向いている。


 って、日野! そうだ、日野が一緒だった。こんな日に女の子連れてるとか俺最低っぽい!!



「て、転校生の日野!」


「日野苺ですっ」



 紹介すると、ぺこりと日野がお辞儀する。



「で、こっちは幼馴染でうちの隣に住んでいる音和。1年生」



 音和は突っ立ったまま日野をじっと見ていた。

 日野はにっこり笑って、



「音和ちゃんって呼んでもいいかな?」と話しかけるが、音和は言葉の途中で俺の腕を引いた。


「帰ろ、知ちゃんっ」



 うおお……。これは……。こいつの人見知りははじまったことじゃないけど、今回はまた一段とひどい。



 家までは2キロないくらいだ。


 学校前の緩やかな坂をくだって商店街を通り抜け、細道を線路に沿って歩き、途中で海側に曲がる。そこから少し進むと目の前に広がるポイントがある。海沿いのお土産屋や食堂が並ぶ通りの一角に、俺の家と音和の家があった。


 それを歩きながら日野に説明すると、パッと顔が明るくなった。



「いつも通ってるところです! うちのアパートはその一帯を抜けてすぐなんですよ」



 どうやら俺んちは通り道で、ご近所さんらしい。



「じゃあいつでも遊べるじゃん。仲良くしてもらえよ音和」



 音和に会話をふると、後ろにいる日野をチラッと見て、俺の腕をとんとんと叩いた。



「知ちゃん知ちゃん」


「なに?」


「お昼ごはん、やっぱり一緒に食べちゃだめかな」



 まったく関係のない話題になる。そしてそれは、何度も断ってきたことだった。



「音~」



 仕方ないヤツだなまったく。こうやって慕ってくれるのはうれしいけど。



「ダメっていうか、昼メシは友だちを作るチャンスだろ?」


「別にいいのに……。あたし知ちゃんと一緒にいたい」



 その素直な言葉が胸を刺す。相変わらず直球を投げてくるんだよな。


 受け止めたいのもやまやまだけど、甘やかしてばかりもいられない。心を鬼にしないと。



「良くない。1年なんだから、どんどん周りの人と仲良くならんと」



 頭をポンポンすると、音和は腑に落ちない表情で無言になった。


 この性格だから仲いいヤツが少ないんだろう。でも、友だちは作ってもらいたい。

 俺も野中と出会ってからがらりと変わった。


 そんな、気の合うヤツと出会えるチャンスが高校には潜んでいるんだよ。それを音和には逃してほしくない。



 それから日野と談笑し、音和にも会話をふりつつ歩いていたが、家の前で音和が立ち止まった。



「また明日ね」


「じゃあな」


「またね、音和ちゃん」


「……さよなら、日野さん」



おお、あいさつした。



「えらいぞー」



 頭をなでてやると、くしゃっと笑顔になった。そして玄関に入るまで俺たちは音和の後ろ姿を見送った。



「可愛いですね音和ちゃん」


「だろう。毎朝男女通学してるぜ」


「うらやまけしからんですねえ」


「俺もそう思うわ」



 日野は目を細めて、穂積家を見ている。



「それにしても、音和ちゃん、小鳥遊くんのことが本当に大好きなんですね」



 答えにつまると、日野が顔を覗き込んできた。



「照れてます?」


「ちがっ、これは……!」


「ふふっ。ステキなことじゃないですかぁ」



 顔を隠す俺にいたずらっぽくそう言うと、彼女はもう一度、穂積家を愛おしげに眺めた。



「大変高校生らしくて、良いと思うんです」



┛┛┛



カラン……。


 アンティーク調の古い扉を開くと、白を基調とした清潔感のある、アンティークのテーブルとチェアが部屋中に規則正しく並んでいる。



「いらっしゃいませ~!」



 奥からウエイトレスが出てきて、にこにこしながら俺たちに近づいてきた。



「ってなにー知じゃん。おかえりー」


「ただいま」



 ここは俺の家の1階『cafe little bird』。


 小鳥遊から取った“小鳥”という名のカフェだが、本来小鳥の綴りは“small biard”のほうが正しいらしい。でも“誰かさん”を意味する“little bird”のほうが可愛いと母親が主張し、この名前になったのだ。母強し。


 そんな名付け親当人は、にこにこと隣の日野に目を移す。



「あららら? 見かけない子ねえ」


「あ、日野苺と申しますっ!!」



 日野がペコリと頭を下げる。



「転校生だよ。うちのバイトに紹介しようと思って」


「そうだったの! 可愛い子ね」


「ん!? あ、いえ、そんな至極ありがたいお言葉、身に余りすぎます!!」



 俺の言葉にも母親の言葉にも驚きテンパった日野の姿が、母親のツボだったようで大笑いしている。



「なになにおもしろい子ね。そういえば知、今日お店入ってくれる?」


「うん、支度してくる。とりあえず日野、その辺に座って待ってて」



 店に客は日野のほかにひとりだし、話すのにはちょうどいい。俺は着替えるために2階にあがった。


 5分ほどで着替えて下りてくると、日野は俺を見て口元を手で隠した。



「え、小鳥遊くん……かっこいいです!!!」


「うるせえ」



 オールバックの髪型に、白いシャツに黒パンツ。長めの黒いギャルソンエプロンという“いかにも”という制服を見られて、つい恥ずかしくて反発してしまう。



「見られたくないから同級生が来ると隠れてるんで。誰にも言うなよ……」


「そんな、もったいない!!」


「うるせえ」



 日野はくすくすと笑いながらも了承する。



「知。話はいちごちゃんに聞いたわ。もし嫌じゃなければぜひうちで働いてもらいたいわ。今、お昼も食べられないんですって!」



 日野の隣に座っていた母親はハンカチを手に泣いていた。マイマザー、マジかよ……。


 1人だった客もすでに姿を消し、客は日野だけになっていた。



「働いてくれるのなら、学校の弁当はうちで作ろう。それから、もし苺さんがよければだが、ご兄弟も小学校が終わったらウチに来るように言いなさい」



 厨房から声がしたかと思ったら、タオルで手を拭きながら父親が出てきた。



「子どもたちの晩ごはんは2階で食べさせよう。その間、苺さんは働いてもらえるとうちも助かる」


「えっ!? でもそれは……」



 目を白黒させて、日野が俺を見る。



「その代わり、俺の分まで働いてもらうから」


「ああ。知はクビだな」


「無理やり働かせてたくせに……」


「そうか。苺さんが仕事を覚えるまでは知実がコーチしてやれよ」



 俺の肩を思いっきり叩いて、父親は厨房に戻って行った。くそう、肩超いてえ……。



「そんな感じでどうだろう、日野」



 振り向くと、日野は涙を溜めて放心していた。



「ひ、の?」



 もう一度名前を呼ぶと、はっと目を合わせてくれた。



「でもあたし、あたしなんてお礼を言っていいのか……」


「なに言ってるのよ~。いちごちゃんが活躍してくれると私たちも助かるわ」



 母親が日野の手を握る。

 日野は何度もうなずいて、涙を一粒こぼした。



「おばさま……、小鳥遊くん……」


「あらやだ! いちごちゃん、うちはみんなタカナシよ?」


「お、おいっ!」



 日野が俺を見上げて首を傾げた。



「知……実、くん?」



 その仕草にドキドキして、「トモミっていうな!!」ってツッコミのタイミングを逃した俺は、生唾を飲み込み、ただその場に突っ立っていることしかできなかった。

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