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8/11(木) 月見里 蛍①

「ちゃんといい子にしてるー?」


「はい」



 引越し前の最後のベッドで、少女はにっこりと微笑んだ。


 昨日、重篤患者が抜け出したってことで、いくら知らなかったとはいえ、コッテリ絞られたからな……二人の担当医のアタシが。厳重注意と半年の減給を食らったわ。担当の看護師もかわいそうに。


 まあ、あいつがなにか企んでいることには気づいてはいたけどね。だから、できるだけ誰も部屋に近づかないようにさせたんだから。たぶん担当じゃないけれど、看護師の佐倉エミも気づいていそうだったわね。



「昨日は遠出して疲れたでしょ。今日は大人しくしてなさい」


「はい。でも……」


「ん? どうしたの」


「小鳥遊くん、今日戻ってくるから。迎えに行きたい」



 はあ、まったく……。小鳥遊。罪は重いわよ。



「分かった。ただし無理はしないように。それから敷地内からはもう出たらダメよ」


「あはは。ありがと、先生」



 この子が、月見里蛍が。こんなにも穏やかな顔を見せる日が来るなんて、思ってもみなかった。

 本当になんてヤツなの、あいつは。



 月見里の病室を出て、別の患者のもとに回診に行く。

 んで、空き時間には喫煙ルームで、他所の患者とダベる。

 戻って書類を整理したり、診察をする。

 そうやっていると、一日なんてすぐ終わる。



 でも、あたしちょっと待ち遠しかった。小鳥遊が戻ってくるのがね。

 早くからかいたくて。何度も、用もないのに玄関まで足を運んでみたりした。


 それは月見里も同じだったみたいで。たまに出くわして、えへへと笑ってまた部屋に戻っていく姿を見た。

 それがとても微笑ましくて。本当にいい日じゃんと思ってたのよ。


 それなのにどうして――。



 今日、玄関の前を通ったのは何度目だっただろうか。


 日が落ちはじめていたころ。とんぼが窓の外をすいっと通り過ぎるのを眺めていると、玄関のすぐ外でドンッって大きな音がして。あたしすぐに飛び出した。


 外に出ると、軽自動車が病院の壁につっこんでいた。車のバックの窓が割れて、壁にめり込んで止まっている。



「ちょっと、大丈夫?!」



 運転席に駆け寄ってコンコンと窓を叩く。老いた男性がエアバッグに挟まれて、朦朧としていた。



「動かないで。今、人を呼んでくるから!」



 診察帰り? どこの患者? とりあえず引っ張り出して……早く検査を……!



「あ……うし……ろに」


「え?」



 窓が開いて、老人の声がしっかりと聞こえた。ぷるぷると震える手で後ろを差した。



「誰かが……いました」


「ええっ!?」



 あたしは顔を上げた。だって後ろはぐっちゃぐちゃで、壁だってボロボロで。そこに人影なんて……。


 と、思っていたんだけど。

 さっきは見えなかった赤いものが……地面に血が流れているのに気づいた。



「ちょっと、やだ……」



 嫌な予感しかしない。



 どうなってるの? 歩行者と接触した?



 嫌な予感しかしない。



 だとしたら、人影があるはずなのに。



 嫌な予感しかしない。



 全然、人が挟まってるようには見えないんだけど。



 嫌な予感なんて、どこかに行ってしまいなさいよ!!!



「うわあああああっ!! ちくしょおおおおおっ!!」



 駆け寄って、車体をつかんで、引きはがすために壁を思いっきり蹴る。


 指先に痛みが走る。手のひらの皮が悲鳴を上げる。それなのに! びくともしないとか、ふざけてんの!?



「どうしたんですか!? 大きな音がっ!」



 物音に気づいたスタッフが、何人か外に飛び出してきた。



「誰かおじいちゃんを運んで! そんで、誰か早くこれ手伝って!!!」



 運転席のドアが開く音と同時に、男の先生が3人、壁の周りに走り寄ってきてくれた。



「せーのっ!」



 声に合わせて力いっぱい、体重を後ろにかける。車体が少しずつ、動く。

 それにほっとしたのもつかぬ間だ。壁と車の間からどさりと、大きな塊がはがれ落ちた。


 あたし医者だから。そもそも神なんて信じてないんだけどさ。だからって。こんなの、あんまりでしょう。



「はぁ……っく……嘘……でしょう!?」



 変わり果てた少女の塊が目に飛び込んできて、アタシの膝は壊れたように崩れて、地面についた。

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