8/11(木) 部田凛々子②
楽しそうな音楽。それはまるで、どこか遠い異国にいるような、非日常な空間!
雰囲気に洗脳された人々の群れ。誰も彼もがポジティブなオーラ!
「姉さん、僕にはなんだかここが遊園地に見えるんですが」
「そうね、遊園地だもの。来たことないの?」
「……いやあるけど、また、なぜ」
「知らないの? 誕生日はキャラがお祝いしてくれるのよ。さあ行きましょう」
凛々姉はさくさくと先に進んでしまう。まったく強引だよな〜〜!
目の前のゲートには「FANTASY STUDIO」と大きく書かれている。
ファンタジースタジオ。通称ファンスタは、日本で一番有名な遊園地だ。
こういうところって金払ったことないけど、お高いんでしょ? 凛々姉にケーキ渡すだけだと思ってたから、現金、昨日の残りくらいしか持ってないぞ。今年の夏はろくにバイトもしてないんだから……。
「チュン太!」
チケット売り場で凛々姉が振り返っている。
えっ、やっぱり男のおごり的な!?
恐る恐る、窓口の上にある入園料金表に目をやる。
……。しばらく病院の売店、行けないな。
でもまー仕方ないか、誕生日だし。
財布を出しながら渋々と凛々姉に近づくと、顔の前にさっと、紙切れが出てきた。
「?」
「あんたのチケット」
「えっ、なんで俺の分まで?」
「父が仕事でもらってきてたのよ。使う機会なかったから1枚あげるわ」
背中を向けたまま、凛々姉は言う。たしかに、チケットに書いてある有効期限は今年の10月末までと書いてある。
「まったく。こんなところ興味なんてないけれど、もったいないから使うの。それだけよ」
そして、ひとりでスタスタと入場ゲートに向かって行った。
「これはついて行くので精一杯なパターンか」
と、ひとりごちる。
いやだって。
入って早々にキャラクターのぬいぐるみに超抱きついているんだけど。
あんな凛々姉、俺は知らん!
「まさか凛々姉がファンスタ好きだなんて」
ぬいぐるみから離れたあともなお、去って行く姿をガン見している凛々姉に声をかけた。
「別に普通よ」
あごを上げて、後ろにいる俺を肩越し細目で睨みつける。
「いやだって今、ロリス(ファンスタのメインキャラ・ウサギのラビリンに次ぐ人気を博す、リスのぬいぐるみ)に抱きついてたじゃん」
「見間違いね」
「なんで今さらすましてんの」
「それ以上言ったら投げる」
「なにを!?」
「あんたしかいないでしょう」
「人をかよ!!」
なんでこの人はこうも高圧的でけんか腰なんだ。おかげで友だちいないのも頷ける。
はあ。と、肩全体でため息をついていると、俺を睨みつけていたはずの凛々姉の視線は、バチッとひとつの場所に止まっていた。
次はなんだ?
その視線の先を追うと、おみやげの屋台があった。
もうおみやげ買うなんてさすがに早すぎるだろ。
……いや。違う?
凛々姉の目は小さく左右に揺れている。
視線は売り子のお姉さんの頭についている…………耳のカチューシャ!? いや、まさか、泣く子も黙る虎蛇会会長様が、いやまさか。
「凛々……」
「チュン太、あれどう思う?」
来なすった! どうも思いません!
「ロリスの耳……すね」
「ああ、ロリ耳というらしい」
「詳しいな」
「伝聞よ。……でも、チュン太がどうしてもつけたいっていうなら、別に付き合ってあげてもいいけど?」
澄まし顔である。
いやいや女じゃないんだから、男でそれつけたいっていうのはよっぽどファンタジースタジオが大好きな人かめちゃくちゃ女慣れしている男しか、思わねーーー!!!
と、刮目しつつも声には出せない。胸中でしか大きなツッコミが入れられない、自分の小ささにまじ追悼。
いや? 俺は間違ってないぞ。無駄口叩いて、凛々姉を夢の国で暴れさせてはいけないのだ。人類の平和を守ったといっても、過言じゃないな!
「どうした黙って。そうかそんなにつけたいのか、しかたないなお前は」
「凛々姉、ちょっと冷静に……」
「いいわよ買いましょう。うんうん、どれにしよっか!!」
言うが早いか、凛々姉は屋台のほうへ足早に向かった。
「すみません、コレを2つ」
うわーーーー!! カンベンしてくれよ! ぜっっっってー! つけたくない!!
財布から札を出して購入しようとする凛々姉とお姉さんの間に、俺は急いで身を滑り込ませた。
「ごめんくださーいっ!!!」
「いらっしゃいませ!」
「なによチュン太」
さすが夢の国スタッフ、超笑顔。接客が行き届いている!
「いや、凛々姉。思ったんだけど、今日は誕生日だろ?」
「それがなに?」
「俺がプレゼントしよう。コレください、ひとつで(強調)! すぐ使います!」
「っ!?」
「どうもありがとうございます♪」
お姉さんは手慣れた仕草で付属のプラスチックを外し、凛々姉にロリ耳を渡した。
「……いいの?」
「いいよいいよ、これで凛々姉が喜ぶなら安いもんだ!」
「はい? 別に喜んでないしどうしてそう見えるのか分かんないけどあんたがつけろっていうなら、っていうか人が買ってくれたものをつけないっていう無礼で非常識なことあたしにはできないから仕方ないよね、うわーい!」
早口で言い訳しながらも、屋台の鏡を使って耳をつける凛々姉。
その後ろで大きなため息をついている俺を、お姉さんはニコニコと見守ってくれていたのだった。
屋台のお姉さんに「お似合いですよ!」と言われて目を輝かせる高3女子。こうしてると普通に可愛いJKなのになあ。なんなんだろうな、凛々姉の突然野性的になる残念なあれは……。
ともかく、俺の分のロリ耳は忘れていらっしゃるようだ。助かっっっっっったーーーーーーー!!!!
「さて、せっかくだし何か乗るわよ」
「おっけー。じゃあ地図をもらってくるよ」
「そんなのいらない。とりあえずドリームエクスプレスの先パスを取りに行くのが最優先事項ね」
「えっと……それどこ……」
「一番奥に決まってるでしょ。さあ行くわよ! はぐれたら人生まではぐれさせることになるからその気でいなさい」
「そんな物騒なことここで言うなよ! つか、凛々姉詳しいって!!」
「勘よ!」
どんだけ好きなんだよ、この遊園地!!