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8/10(水) 月見里 蛍⑥

  ◆◇




 辺りはもうほとんど闇だった。


 泣きつかれて、二人で地面に座り込んだ。

 山だからか、日が落ちたからか。風が涼しかった。



「……あのナイフ」



 遠くに転がっているナイフを、ぼんやりと眺める。



「あれで何度か、腕を切った。ごよーたしナイフ」


「い、痛そうだな……」


「うん」


「死ぬつもりだった?」


「まさか」



 また肩に頭を預けてくる。今度は俺も落ち着いていた。



「……痛くて、血が出て。……なんか、生きている気がした」


「無茶してんな……」


「矛盾してるよね、小鳥遊くんには死のうって言って、なのに生きてる気がして安心してるなんて」


「そんなことないよ」


「でも……」


「うん?」


「痛くないのに、血も出てないのに、変なの。……今、すごく生きてる気がする。……あったかい」


「そか、奇遇。俺もそう思う」



 ふと空を見上げると、星がこぼれ落ちそうに瞬いていた。



「……あっ」



 そのとき、目の前を小さな光が通りすぎた。

 声を上げたほたると顔を見合わせる。



「今のって?」


「……行ってみる?」


「……うんっ」



 今度は抵抗しなかったほたるの手を引いて、一歩ずつ、ゆっくりと進む。


 砂利道を少し奥へ進むと、そこには小さな川が流れていた。



「きゃっ」



 ほたるの目の前をまた小さな光が通りすぎる。



「っと!」



 手のひらの真ん中に空洞を作って、それをうまくキャッチする。そして、それをほたるの前に差し出した。


 ゆっくりと片手を持ち上げると、手のひらにとまっていたそれはゆっくりと点滅した。



「きれい……」



 ほたるの声に呼応するように、ふわっと手から離れて空に舞い上がっていく。


 蛍を目で追ってから、俺たちは気づいた。

 頭上を見上げながら息を飲む。



 川べりの木々にとまる、たくさんの蛍。


 それはまるで、季節外れの。



「……クリスマスツリーみたい」



 ほたるが言うように、チラチラと光り輝く贅沢なその光景から俺たちは目が離せなかった。



「そういえば、ほたるは自分の名前、嫌いって言ってたけどさ……」



 ふと、ここに来る前に読んだ本のことを思い出した。



「蛍はものを食べる口がないから、餓死するんだって。だから命は約1週間」


「かわいそう……」


「うん。それでもこうやって力強く命を燃やし続けてる。健気なその姿は俺たちの中にずっと残るんだ。蛍ってこんなに小さな体をしているけど、一生懸命なすごいやつなんだよな」



 光が光を呼ぶかのように、少しずつ、確実に増えていた。

 ほたるの小さな手を強く握る。



 俺ですら、治療が苦しすぎて殺してくれと思った。

 それをずっと文句も言わずに受けているほたるは偉い。

「頑張ったよ」「もういいよ」って言ってやりたい。


 でも俺は残酷に、生きろと言ってる。

 命を燃やし続けることを強いている。


 彼女の人生は、俺には想像できないくらいハードだ。

 誰だって彼女のように次々と苦難が現れたら、絶望を感じてしまうだろう。


 だけど、喜びに目を向けるようになれば、見えなかった幸せは絶対に見つかるから。

 たとえ小さな幸せでも、どんなにショボくても、それを見逃さないで欲しいんだ。


 この世に生を受けたことを、俺たちなりに慈しもうじゃないか。

 ふたりで喜びを探せば好きになれるよ。

 だってそもそも、ここは俺がちょー愛している世界なんだぜ。



「こうやって話した言葉も、体温も、表情も、ずっと残る。人の心に残るからさ」


「心?」


「覚えているよ。俺がほたるを覚えてるから。看護師さんだって、家族だって。ほたるは俺たちの一部になってる。もうすでにお前はひとりじゃないんだよ」



 彼女はみんなに愛されている。だからその人たちのためにも。



「そんな誰かの一部になったほたるをさ、ふと思い浮かべたとき、いつものムッとした顔だったら?」


「……ちょっと嫌かも」


「おうよ。だから笑っていようぜ。もちろん悲しいときは泣いてもいい。だけどそんな思いはさせないように、俺は全力を尽くす気だけどね?」



 こくりと、ゆっくり彼女は頷いた。



「わたしが死んでも、世界に大きな変化なんてない。ちっぽけで、だから、死ぬのは構わないと思ってた」



 ふむ、と俺も頷いてからほたるを見た。



「ほたるの考える世界はでけーな。俺は、自分の見える範囲の小さな世界を幸せで満たせれば充分だよ」


「……小鳥遊くんって死ぬことに全然向き合ってないと思ってた。けど、ずっと、生きることに向き合ってたんだね」



 ほたるはこっちを見上げて泣きそうな顔で笑った。


ヴーヴー。


 そのとき、胸ポケットでスマホが鳴った。



「ちょっとごめん」


「ん」



 病院で待機中の野中からだった。


 うわ。病院にバレてやばいことになってるらしい。

 もうちょっと頑張ってくれ。……っと。送信。



「小鳥遊くん」


「うん?」


「連れてきてくれて、ありがと。……お父さんとお母さんにも、ほたるって名前、ありがとうって言う」


「喜ぶよ絶対」


「ねえ、小鳥遊くん」


「おう、なに?」


「私、部屋移っても、頑張るね」


「毎日会いに行くよ。何も変わらない」


「うん……小鳥遊くん」


「はいよ」


「だから……



 お兄ちゃんは、手術して生きて?」

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